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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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難民自治区

 直射日光が遮られるお陰で、砂漠のど真ん中よりは幾分か過ごしやすそうな場所だった。

 難民キャンプとは言いつつも、雨風が凌げるアパートメントをはじめ、人工魔力灯や水源といったライフラインなど、必要最低限のインフラは整っているらしい。仮設テントが集まった、文字通りのキャンプを想像していたが、それなりに文明的な生活は送れているようだ。


 体の一部を義肢――魔導兵装に換装した男たちに囲まれて、日の当たらないストリートを歩く。両手を縛った縄は、その気になればいつでも解けるが、今はまだ従順な姿勢を崩さないつもりでいた。

 外国から来た貧弱な観光客。そのスタンスを貫くべく、少し前を歩くアルルも俺と同じく静かに連行されていた。


 紛争の傷跡だろうか、破壊された建物や瓦礫の山が目につく。放棄された街を、そのまま居住区として利用しているのだろう。

 高く積まれた廃材や、建造物が密集してできた日陰で座り込む大人もいれば、そこらを走り回る子供もいる。サンドバギーの積荷に群がる人々は皆一様に薄汚れた格好をしており、飛び回る小蠅を気にするでもなく、本日の収穫に夢中になっているようだ。


「……なぁ、俺たちはこれからどうなるんだい」

「監禁だ。その後、幹部の指示次第で生かすか殺すかが決まる」

「おいおい、勘弁してくれよ」


 そして、やはり目を引くのは義肢率の高さ。老人と女子供以外、殆どが身体のいずれかの部分を人工物に換装している。通常の義肢であれば、なるべく本物の四肢に外見を近づけようと製作されるが、魔導兵装はその名の通り武器である。利便性は二の次に、これ見よがしに無骨な金属や樹脂が欠損部位を覆っていた。

 それでも日常生活に支障のない範囲で、己の手や足としても機能する物が大半だ。中には本当に金属の塊がくっついているようにしか見えないタイプまであったが、そんな物でもかなりの値が張るのは間違いない。


「たくさん人がいるんだな」

「殆どが戦争難民と孤児だ。お前たちのように外から来た人間にはわからないだろうがな。もういいだろう、黙って歩け」


 意外にも活気はある。しかし無秩序だ。すれ違う難民たちは男の比率が高く、皆一様に無遠慮な視線を向けてくる。好奇心と警戒心を含んだ目。そして目の前を歩く少女に注がれる視線。


「ダウワース、そのガイジンはいくらだ? へへ、体つきは貧相だが顔がいい。お前の言い値で買うぞぉ」

「……こいつらは売り物じゃない。我々の崇高な目的のために連れてきた。わかったら下がってろ」


 俺の隣を歩く男――ダウワースが義手の前腕一杯に刻まれた術式をちらつかせ、下卑た笑みを浮かべながら近寄ってきた初老男性を一蹴した。

 舌打ちをしながら離れていくその視線はしかし、名残惜しそうにアルルに向いている。

 俺に向けられるものとは種類が違う、飢えた獣のようなギラギラとした視線が、そこら中の男たちから、彼女に浴びせられていた。


 慰み者にしようという魂胆が丸見えなのだが、実際に俺が心配しているのは、アルルではなく襲う側の身の安全だ。俺は決して()()()()()()()()ため、アルルと一つ屋根の下で暮らしていても、こいつを女として見たことは両手と両足の指で数える程度しかない。

 その度に理性が働くのだ。手を出せば(物理的に)死ぬ、と。


 要するに、今のアルルは自分で自分の身を護る力を取り戻している訳で、今の俺は自分自身の進退について考える必要があるのだ。


「すまないな」

「……構わない」


 まさか謝罪されるとは思っていなかったのだろう、アルルが軽く目を見開く。この男、意外と根は真面目な性格なのかもしれない。

 

 ダウワースは、幹部に指示を仰ぐと言っていた。彼の言葉から、難民キャンプは、それなりに組織化されているのは明白であり、まずはその幹部とやらに取り入ることができれば良いのだが……。こういった状況で真っ先に殺されるのは大抵男だ。下手を打たないよう慎重に立ち回らなければならない。

 改めて気を引き締めた俺は、少しずつ周囲の立地、環境、逃走時に使えそうな建造物の把握に努めるのであった。



 ***

 


「――んで、俺はそこで考えたワケ。どうして全部脱がさない方がエロいのかって。お前にわかるか?」


「……実物に絶望したことがあるからだろう。貴様のように、成人するまでセックスの経験がない人間は、肥大化した妄想と現実のギャップに苦しむに違いない」


「わかってねぇ、わかってねぇよアルル。いいか、想像力だ。たった薄い布一枚、その向こうに皆がひた隠しにする恥丘があるんだ。見えるか見えないかの狭間、そうチラリズム。この言葉を考えた奴は天才だと思うね」

「素人童貞らしい、実に気持ちの悪い所感をありがとう。そのまま死ね」


 ――監禁され、二時間あまりが経過した。簡素な木造の天井や壁には所々隙間があり、外の光が薄暗い室内に差し込んでいる。

 一応、俺たちは捕虜という扱いらしい。難民キャンプに到着してからは、そこまで乱暴な扱いは受けていない。その代わり荷物は全て没収され、身一つで掘っ立て小屋に放り込まれる羽目になった。

 外へ続くドアの向こうには見張りがいるようで、時折話し声が聞こえてきている。


 見張りの男から飲み水が与えられたが、両手を縛られた状態でどうやって飲めというのか。仕方なく俺は、犬のように這い蹲りバケツへと顔を埋めた。

 そんな俺の姿に、憐れみの混じった冷ややかな目を向けるアルル。部屋の隅に座り込んだ彼女もまた、大人しく拘束された状態を演じている。

 

「……それにしても、あの魔導兵装とやらは大した技術だ。指が動かせるタイプまであるとは。術式で物体と神経を繋げているのか? 物体に魂を宿し使役する術は昔から存在するが、生きた人間の――それも末梢神経まで細かくコントロールできるとは」

「戦争国家の面目躍如ってところか。技術を発展させるのは、いつだって戦争とエロの力だ」

「貴様の女性遍歴もさっさと発展するといいな」


 彼女の余計な一言に舌打ちで返す。 


「……最近気づいたんだけど」

 

 一呼吸。


「お前の所為で俺が子持ち、もしくは変態だと思われてる節がある」


 これは常々感じていた事由である。俺だって普通にOLと付き合いたい。JDと合コンがしたい。しかし隣にアルルがいる所為で、周りから俺は危ない人物呼ばわりされている気がする。折角いいとこまで漕ぎつけても、こいつが俺の周りをチョロチョロするお陰で、女の子が引いていくのがわかるのだ。


 結果として俺の周りに残ったのは、散々たるラインナップ。

 商売女、ド腐れ大司教、性悪ロリータ、放火魔に狼女、エトセトラ……。いっそゴリラの方がマシである。

 

 

「ふざけるな。貴様自身の自堕落さと、生まれ持った顔面が招いた結果だろうがファニーフェイス。そうやって責任転嫁していると、貴様の代で血筋が途絶えることになるぞ」

「ああ、そうかよ。けっ、このままじゃ一生俺の横にはテメェがいることになりそうだな」


「え」

「え」


 リフレイン。

 はて……。なんだねその反応は。


「なぁ……」

「……」

「なぁってば」



「――甘酸っぱい空気を醸し出しているところ申し訳ないが、君たちに捕虜という自覚はあるのかな」


 突然、音を立てて開け放たれるドア。アルルの肩がビクリと震えた。

 部屋に入り込む光が眩しい。目を細めながら、声の主の姿を拝む。いざという時のために、いつでも手首の縄を解けるようにしておくことも忘れない。


「いや、失礼。しばらくドアの外で聞いてたんだが、あまりの緊張感のなさに驚いてしまった」

 

 これまで見てきた難民たちとは、やや気色の違う男だ。カーゴパンツに白いシャツという装いだが、そんな普通の格好をしているだけで、この場所での男の立場が理解できた。


「さて、まずは部下が手荒なマネをした非礼を詫びよう。その上で――」

 

 落ち着いた口調。俺よりも年上なのは間違いないが、老けているようにも見えない。三十から四十代くらいの大人の色気。

 こんな場所に不釣り合いな、ムスクの香り。ニヒルに笑うその男を、俺はどうしても好きになれそうになかった。


 何故なら――


「――指名手配中の異端審問官が、何の用があって砂と岩しかない発展途上国に参られたのか、是非教えてほしいものだね」


 真っ白な歯を覗かせる彼が、無茶苦茶なハンサムだったからだ。


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