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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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ワタリドリが見る夢

 がらんどうとした空間に、深く鋭い音が響く。もしかすれば、相当値打ちがありそうな、古いゼンマイ式の柱時計は正午を示し、やがて元通りに時を刻み始める。


 気が付けば、随分長い時間話し込んでいた。二人の魔女による語りが一段落し、傍らの少女が金髪を揺らしながら、ぐっと伸びをする。そのまま天井を見つめたままの彼女を見て、ふと気づく。


「アルル、魔力は戻ったのに瞳の色はそのままだな」


 そう、青色に澄んだ右目に対して、金色の光を湛えたままの左目。俺の指摘を受け、眉根を寄せながら左目を覆い隠すアルルは、口をへの字に曲げた。


「……そういえばしばらく鏡を見ていなかった。いつの間にか、違和感は無くなっていたから気にしていなかったな」

「こりゃまだ眼帯が必要だな」


 今後どう動くにせよ、いつまでもここで潜伏しているわけにもいかないだろう。外界に出れば、非対称な彼女の瞳は目立つ。教会と敵対関係になった以上は、手配犯として追われる身となるだろうし、特徴を隠す工夫が必要だ。



「……ところで今更なのだが」


 彼女は小さく頷き、視線をスルトへ走らせる。


()()は何処だ」


 勿論、アルルは突然記憶喪失になったわけではない。彼女の疑問は至極当然なものだった。


 ナルヴィの高速移動によって、ここまで連れてこられた彼女に、周囲の景色を楽しむ余裕はなかったに違いない。それは俺も何度か経験したからわかる。この空間を拠点として約一週間が経過したが、未だにこの広間が何処に繋がっていて、どうやって外へ出ればいいのかも理解できないままでいる。

 それを気にするどころではなかった、というのが実際ではあったが。


「うーん、その疑問はもっともなんだけど……それに対する明確な答えは持ち合わせていない、っていうのが答えかな。実はボクもよくわかってないんだよね」


 はっきりしない返答。上手く話をはぐらかすのが得意なスルトであるが、しかし嘘を言っているようにも見えない。


 今いる円卓の広間をベースとして、円状に点在する扉。それらが、シャワールームや書物庫、それからナルヴィの私室に繋がっているのは確認済みだ。後はフレデリクの治療室と、俺たちにあてがわれた部屋だが、それ以外は施錠されていて立ち入ることができなかった。

 不思議な空間だ。窓がなく外界の光も入ってこない。どこかの地下に作られた施設なのだろうか、とも考えた。


「ここはね、さっきいった大昔の大戦の後に見つけた場所なんだ。そう考えると、かなーり古し時代から存在しているみたいだけど、詳細はわからない。ただ一つはっきりしているのは、ここは現世と隔絶した空間であるということさ」


「現世と……隔絶?」


 聞き慣れない言葉にアルルと目を見合わせ、互いに疑問符を浮かべる。


「そ。気になってボクも出来る範囲で調べてみたんだけど、どうやらここは魔法で作られた空間みたいなんだ。普通の建造物は、いくら魔術でコーティングしてても経年劣化は絶対に起きてくるでしょ。でもここはメンテナンスも必要とせず、何百年も……いや多分もっと前から存在し続けている。わかるだけでも空間と時間の操作、それもかなり高いレベルの水準の魔法でもない限り考えられないよ」


 

 スルトが口にしたのは到底信じられないような内容であったが、先ほどの神話レベルの過去を聞かされた今となっては、もう何でもアリに思えてくる。我ながら順応が早い。


「誰がいつ、何のために作ったのかも不明。どうして持ち主がいないまま放置されていたのかも不明。でも、身を隠すには丁度良かったんだ」


 スルトの言うことが事実であったとして、もし現世と違う場所にあるのであれば、潜伏場所としてはこれ以上ない物件だ。一体そんなもの、誰が見つけられるというのだろう。


「ただ、この場所の名前は知っている。不思議とね、ここを見つけたときに頭の中に刷り込まれた感覚があったんだ。ボクが持ち主に選ばれたのかも……なんちゃって」


 悪戯っぽく笑い、すぐに真剣な表情を作る彼女の言葉を待つ。

 


「この場所の名前は――ニヴルヘイム」


「ニヴル……ヘイム」



 その名を口にした瞬間、広間に満ちる空気が変貌した、そんな感覚に襲われた。


 全身が総毛立ち、耳鳴りと嘔気が走り抜ける。空間全体の明かりが、薄暗く影を落とし、壁や天井から無数の視線が俺に向けられているような――そんな想像が頭を駆け巡った。


「……」


 何かを思案するような表情で腕を組むアルル。何か思い当たることがあるのか、それとも彼女の脳にある巨大な図書から知識を引き出そうとしているのか。



「ま、なんでもいーですよ。使える物は使う。それが五体満足に生きていく上で欠かせない教訓です」


 やれやれとかぶりを振るナルヴィの一言で、緊張していた空気が元に戻った。

 知らず知らずのうちに止めていた呼吸を再開する。足りなくなった酸素を取り戻すために大きく息を吸った。


「ナルヴィの言う通り。気になるけど、今は優先すべきことがたくさんある。そろそろ、話を戻そうか」



「――これからの話をしよう」




 ***



 明かりの落ちた執務室。

 珍しくカーテンを開けてみても、そこまで室内の明るさは変わらない。空全体を覆う陰鬱な雲は、太陽光の代わりとでも言わんばかりに雪を降らせている。


 全くもって気が滅入る。評議会のクソ老人どもは、いかにして教会の上げた利益を掠め取るかにご執着のようだ。今すぐ、机に積み上げられた報告書の山を燃やし尽くしてしまいたい衝動に駆られる。


 しばらく感じることのなかった頭痛に、思わず溜息が出る。あれ以降、アウルゲルミルとアヤメの足取りは掴めていない。神父を動員し残留思念を追わせるつもりだったが不可解なことに、ある地点から先は一つの痕跡も残さず彼らは消えてしまった。


 手にした書類に次々と目を通し、必要な物にはサインをしていく。悪党気取りの小物がバラ撒いているマジックドラッグに関することや、今月処刑された魔女の人数とその血縁者に関する報告書。どうでも良い内容に目が滑ってしまう。アルバイトでも雇おうか、とそんな気分になる。

 


 そしてそんなくだらない書類たちに紛れて目に留まったのは――

 

 切断の魔女を基に構築された魔導兵装の実戦データ。

 そして、ナリ・ウールヴルより抽出した、魔女の遺伝子の複製成功を記した報告書。

 ナリ・ウールヴル。つまり複製の複製。しかし、その力を並列化し全ての兵に行き渡らせるには、まだまだ精度を上げる必要がありそうだとデータが物語っていた。


 しかし、着実に事が進んでいる。唯一それだけが、私に安寧をもたらしてくれる事象だった。



「――」


 思考を遮るノックの音が、静寂を打ち破るように響いた。時計を見れば正午を少し過ぎたところ。今日は礼拝も、面会の予定もなかったはずだが。

 返事をし入室を促す。


 恐る恐るといった様子で執務室に足を踏み入れたのは、濃紺のキャソックを纏った司教の男だった。 

 名前は――なんといったか。反ヘリアンと呼ばれる勢力に、名を連ねている人物ではなかったはずだ。


「と、突然失礼致します、大司教。ご報告したいことが……」

「手短にどうぞ」 

 

 彼から視線を外し、再び書類へ目を通す。


 印象にないということは、目立った功績を上げたわけでも、私が進めている計画に関わっているわけでもないということだ。敵対する者の名前と顔は記憶しているし、無害な人間なのだろう。


 一般人A。彼のことはそう呼ぶことにする。

 どうせ私の興味を引く話題を持ってきたわけでもあるまい。適当にあしらって、さっさと雑務を片付けなければ。



「……大司教が捜索令を出されていた神父見習い、テオー・レイヴンが発見されました」


 前言撤回。

 彼から飛び出た思わぬ言葉に、顔を上げる。

 

 ――彼が告げたのは、ここ最近で最も価値ある情報であった。

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