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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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ナルヴィの事情

「……結論から言えば、おめーが知ってるナリ・ウールヴルという女は、この世界には存在していませんでした」


 しばし逡巡があって、ようやくナルヴィは口を開いた。アルルが怪訝そうに眉を顰める。恐らく俺も同じ顔をしていたと思う。


 だがどこかで似たようなフレーズを聞いたことがあった。ここ最近の記憶を辿り――すぐに行き当たる。


『この資料の中に、ウールヴル姓はなかったでしょう。それは当然よねぇ。だって初めから、ナリ・ウールヴルを名乗る魔女に両親など存在しないのだから』


 それは大司教ヘリアン・ヴァーリに突き付けられた言葉。今の今まで、その意味はわからず仕舞いであったが、ナルヴィが語る中にその答えがあるのだろうか。

 知らず知らずのうち、肩に力が入っている。

 冷静なまま、この先の話を聞くことができるか、正直自信はない。   


 「いえ……存在していない、だと少し語弊がありますね。先ほどスルトが言っていた、魔女の力の抽出と移植の話に戻りますが」


 ナルヴィも言葉を選びながら、自身の感情を探っているようにも見える。

 勝気な目を伏せ、時々両手を握りしめながら。


「魔女の力を他の人間に移す、なんて簡単に聞こえますが、そんな生易しいものじゃありません。大体、人間と魔女じゃ魔力の使い方だって違うんです」


 ――そう、俺たち人間と魔女が根本的に異なるのはそこだ。

 魔力を自身の体内で変換し、何らかの現象として体外へ発揮できる魔女。それに対して、外部へ魔力を放出するための能力を有さない人間は、術式を介することで初めて、その力を発現させることができる。


 魔力が楽器だとすれば、魔術とは楽譜のようなものだ。決められた術式通りに魔力を扱うことで、ようやく魔法と同じステージに立つことができる。

 魔法はその過程をすっ飛ばして、直接スピーカーから大音量の音楽を発生させるのだ。その差は大きい。

 

「仕組みの違う物を無理矢理当てはめる。今は……成功例も増えているようですが、そこに行きつくまでの実験で、どれだけの魔女と人間が犠牲になったのか……ナルヴィには見当もつきません」


 表情は変わらず、絞り出すような細い声で続ける。

 

「……小さい頃のナルヴィは、自分の力を魔法だって知らずに使っていました。最初は動物の言葉が理解できる程度だったんです。でも、周りにそんなことをしてる人はいなくて、幼いながらにイケないことだって感覚はあったんでしょう。人に見つからないようにこっそりと使ってたつもりだったんです。……今考えればおバカな話ですよ。きっと誰かから通報されたんでしょう。ナルヴィは七年前の集団粛清で異端審問にかけられました。パパとママは普通の人間でしたが、ナルヴィを匿っていたとして処刑されることに」


「それは……」


 遠くを見つめるように、目を細める彼女に一体どんな言葉をかけられるだろうか。自分の所為で、両親が処刑される。幼い少女がそれを知って、理解して。そして――


「とにかくずっと泣いていたことは覚えてます。ああ、ナルヴィも死ぬんだって。でも、そうはならなかった。そんなことは許してくれなかった。死んだ方がマシだって思えるくらいに、その後は地獄の日々が続きましたよ。皮膚を剥がされて、内臓と脳を弄られて、呪術に染まり、そして死ぬ寸前で治癒される。それをずっと繰り返して、時間の感覚もなくなって、もう殺してくれって言いました。でも死ねない。自分で死ぬことすらできない。痛くて、苦しい。ナルヴィの頭の中には、それしかありませんでした」


「……」


 言葉が出ない。

 それは、清廉恪勤のもとに活動する教会の裏側。その、更に中枢。

 慈善団体を装いながら、血生臭い部分があることは当然知っていた。そもそも異端審問官事態、血溜まりの中に立っている存在だ。教会の闇の一端に触れている自覚はあった。

 しかし、ナルヴィの語る内容は俺の想像していたそれとは大きくかけ離れている。かけ離れ過ぎている。


「実験で使えない奴らはさっさと死んでいくか、()()()()()()()処分されていきました。皮肉な話ですが、ナルヴィはそれなりに優秀なサンプルだったようで、次々と新しい実験に参加させられ、生き長らえました。そうやって幾つもの夜を越えて、最後に辿り着いた場所が」


「肉体がダメなら――魂を」


 深すぎる血溜まり。全身が浸かってもなお、底が見えない闇の中の闇。


「源典……アルルの記憶の断片……魔女の遺伝子を複製し、それを人間に上書きする。ふふ……言葉にするだけでもおぞましいでしょう。人権とか尊厳とか……それ以前の話ですよ。あの時、ナルヴィはモルモット未満の、ただの実験道具でした」


「当然ナルヴィに拒否権はありません。道具に説明と同意を求める研究者はいませんから。この話も、後から自分で調べて知ったことですし」


 ナルヴィは淡々と語る。感情を排した機械のように。

 そうでもしなければ、耐えられないとでも言うかのように。


「っ……」

「精神が引き剝がされる感覚って想像ができますか? 正直、ナルヴィには言語化できる気がしません。まぁ……壮絶でした。ナルヴィはね、多分あの時に死んだんだと思います」


「で、なんと結果は成功! 人間の個体に、魔女の魂を複製して貼り付ける。人格も、記憶も上書きして。そんな悪魔の所業が遂に成ったんですよ」


 俺の中に出来上がる、一つの仮説。それが、少しずつ確信めいたものへ変化していく。

 イヤだ。聞きたくない。頼むからこれ以上は、やめてくれ。



「――もうわかりましたか? ナリ・ウールヴルっていう個体はね、私の複製なんですよ」



 最悪の想像は、現実のものとなった。

 とてつもない業。騎士団本部を訪ねたとき、フレデリクは根が深すぎると、そう言っていた。彼は知っていたのだろうか。平和を張り付けたすぐ裏側で、悪魔が互いの心臓を食い合っている。

 唾棄すべき醜悪な事実。本当にこの街は、終わっているのだと。

 

「やはり……な」


 合点がいったとでも言うように、アルルが頷く。こいつは最初から違和感に気づいていた。

 魔力の制限がある中で、何度も正体を探ろうとして。だからこそ、俺から離れようとしなかったし、ナリに対してあからさまに敵意を剥き出しにした。


「元のナリという人物がどういう人間だったのか……。調べようと思ったこともありましたが、辞めました。そんなことを知っても意味がないって、なんとなくわかってたんです。実験事態は成功と呼べる物だったんでしょうが、正確に言えば百点満点ではありませんでした。魂の複製を移植する過程で、ナルヴィの記憶と、ナリ・ウールヴルの記憶、あとはもしかしたら源典の記憶……それがごちゃ混ぜになっちまったんです」



 アメジストを思わせる薄紫の髪。物憂げな表情。

 柔らかな香り。


 アルルは、ナリを獣臭いと言った。



「存在しないはずの自分、存在しないはずの両親。教会の監視下で、貴重なサンプルとして人間社会に溶け込ませる。記憶も、魔力も管理されながら。そうして出来上がったのが、あのナリ・ウールヴルという魔女モドキです」


「……俺、は」


 何を言うべきか。それとも何を言わないでおくべきか。

 俺にできるのは、凄惨な事実を話す目の前の少女から、目を離さないでいることだけ。


「ん……ああ、気にしないでください。正直、ナルヴィも……この人格と記憶が、以前の私と同一のものか自信はありませんし」

「……」

「ま、こんなカンジです。つまらない話でしょう」


 語った内容とは正反対のあっけんからんとした態度で、彼女は言葉を結んだ。

 既に今まで通りの生意気そうな表情に戻った少女に、俺はどんな言葉をかければ良いのだろう。


 自分がとんでもなく小さな人間に思える。悲しみの質や大きさは他者同士で比較できるものではないと解っているが、それでも。

 ナルヴィの経験してきた過去に中てられて、どうしても自己嫌悪の念を禁じ得ない。

  

 そんな俺の肩を、ナルヴィが叩く。


「ぷっ、おめーなんて顔してるんですか……。ナルヴィに同情しようたってムダですよ! もうとっくの昔に受け入れてますからね」


 にっと笑う彼女。

 年下のはずなのに、こいつは俺よりもずっとずっと……強い。 



「……ナルヴィ、その…………話してくれて、ありがとう」


「っっハァッ!? き、気色悪いから辞めてください!! 別におめーに感謝されるために話したわけじゃねーんですよ!」

「貴様、見境なしか。このロリコンめ」 


 大声で騒ぐナルヴィと、ジト目のアルル。

 それをスルトが笑う。

 俺も、それに合わせて笑顔を作る。

 

 


 ああ、本当にどうかしている。俺も、アルルも、スルトも――ナルヴィも。

 

 ――誰の足も、腐敗した血溜まりの中に浸かっている。

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