スルトの事情
「さて、何から話そうかな」
フレデリクの怪我の処置が一段落したと、スルトが円卓に合流した。俺たちは揃って、スルトへと視線を集める。それぞれがそれぞれの思惑を持ってこの場所にいる。
俺は疑問の答えを聞くために。ナルヴィは現状の再確認のために。そして、アルルは――
「待て」
アルルの視線は、鋭くスルトへと注がれる。そこに含まれる感情は複雑。敵意と、疑問と、戸惑いと。自分が失った過去を知っている人物。そして一度敵対し、命のやり取りをした相手。今回助けられたのは事実だが、警戒心を持つなという方が難しいだろう。
例えば今、スルトとナルヴィが俺たちに牙を剥けば、間違いなく二人とも殺される。簡単に、あっけなく。自分で言うのも情けない話ではあるが、この魔女たち相手にアルルを守りながら生き残れるヴィジョンは全く見えない。
「まずは、私と貴様の関係をはっきりさせておく必要がある。それ次第で、私の立ち位置も変わってくる」
あくまでも、スルトの話す内容次第。アルルは決してそのスタンスを崩さない。
「おめー、助けてもらっておいてそれは――」
「いや、構わないよ。アウルゲルミル、キミとは一度敵として戦っているわけだしね。助けたっていえど、裏を疑うのは至極当然のことさ。それじゃあ、まずはそこから話そうか」
ナルヴィの抗議の声を遮り、肩を竦めるスルト。深紅の髪が物憂げに揺れ、ナルヴィは不満が残る顔で口を噤む。
「キミの過去にも繋がる話だ」
「アヤメ君には一度話したかな。アウルゲルミル、キミとボクは友達だったんだ」
アルルの救出前に、ちらりと聞いた話だ。
友達。その言葉にどんな意味が含まれているか。それとも、その字面通りに受け取って良いのか。怪訝そうに眉を顰めたアルルはどのように判断したのだろう。
「どれくらい昔なのか、もう分からないほど、昔の話さ。今となってはもう神話の時代の話だよ」
「ヘリアンもね、友達なんだよ。あの頃のボクたちは朝から歌って、夜にはお酒を飲みながら夢を語り合って、時には当て所もない旅をして、そうやって仲良く過ごしてたんだ」
まるで、吟遊詩人が謡うような語り口。その後、スルトの口から飛び出たのは、にわかには信じ難い話。本当に昔から伝わる神話のような内容だった。
「でも、ヘリアンは変わってしまった。正確には、彼女の父親が死んでしまってからかな。彼女は父親から何かを受け継いだみたいなんだけど、それからヘリアンはボクたちを遠ざけるようになった。その時はちょっとした喧嘩くらいに思ってたんだけどさ」
「……それはどんどんエスカレートしていった。彼女はボクたちに槍を向け、弓を引いた。それは周囲の人々を巻き込んで……遂に戦争へと発展していった。そしてそのくだらない争いは終結せずに、今もだらだらと続いているってわけさ。ヘリアンの願いはね……魔女の根絶。ボクはそれを止めたい」
……イカれてるとは思っていたが、こいつはかなり重症だ。スルトは顔もスタイルも良い。だが、ジャンキーは駄目だ。最近のマジックドラッグは、妄想幻覚の症状が強く出るらしい。そういえばコイツ、マフィアの一員じゃなかったっけ。
「……」
途端に胡散臭い話になってきたが、アルルもナルヴィも真剣な表情を崩さない。
嘘だろ。お前らもかよ……。
「……貴様は私をゲンテンと呼んだな。あれは?」
「原点、源典、どっちでもいいんだけどさ。今、魔女と呼ばれている存在。あの子たちはね、皆キミの記憶から生まれてきた存在だと言ったら、信じる?」
もう手遅れだ。こいつが満面の笑みでロートスの木の周りを走る姿が想像できるぜ。
「ああ、正確にはキミの記憶を元に……かな」
「さっきも言ったように、一度大きな戦争があってさ。ボクたちはヘリアンと戦ったんだけど、その戦いのあとにキミと彼女の間で何があったかはボクにもわからない。ただ、アウルゲルミルの記憶は失われて、そして魔女の力を持つ子供たちが生まれるようになった。キミの持っていた力の一欠片を持って。ボクはそれを魔女の遺伝子と呼んでいる。だからアウルゲルミルは原点にして源典。今キミに宿っている力、そう例えば氷盾はその残渣さ」
「……そう…………か」
「…………」
おいおい、チミ達一体何歳よ? アルルちゃん、すっごい真剣な顔してるけどマジで信じているカンジ?
噓でしょ? ねぇねぇ。
「……なぁ、冗談……だよな?」
「あはは、いきなりこんな話されて、素直に受け入れられる方がどうかしてるよ。キミの反応は至って正常。でもね、全部本当のことなんだ」
自嘲気味に笑うスルトの言葉に、自分の表情が固まるのがわかった。
「マジ……かよ」
「本当はね、ボクたちは表舞台に上がるつもりはなかったんだ。魔女に対しての差別とか迫害とか、そんなものは正直どうでも良くてさ。でも、ヘリアンはくだらないプロパガンダに留まらず、異端審問と称して魔女狩りを始めた。何のためだと思う? 魔女の力さ。どういう方法か知らないけど、ヘリアンは魔女の力を自分の兵隊に移植して、並列化し始めた。そうやって、自分の駒を強化している。何のためだと思う? 彼女はね、もう一度戦争がしたいんだよ」
はっとしてアルルへ視線をやると、彼女と目が合った。どうやら思い当たったことは一緒らしい。
魔女の力。その移植。
ノートと呼ばれていた女異端審問官。彼女の使っていた力は。
「ボクはそれを止めたいと思ってる。誰かのため、だなんて崇高な理由じゃないよ」
いよいよ真実味を帯びてきた話に、肌が粟立つのがわかった。
では、今まで処刑されてきたとされていた魔女。魔女裁判にかけられてきたとされていた魔女。彼女たちのその後の行方は、勿論わかっていない。贖罪のために遠くで生活していると、或いは死んだと聞かされていたから。
それが……全て欺瞞だったとしたら。
「ボクは意外と今の生活が気に入っててさ。騎士団の皆はむさ苦しくて、お酒好きで、馬鹿ばっかりだけど……でも、いい奴らなんだ。戦争が始まればきっと全部滅茶苦茶になってしまう。ボクはそれがたまらなく嫌なんだよ」
ここにきて、ようやく俺はスルトの言葉へしっかりと耳を傾ける。まるで現実感のない神話じみた話が、いよいよ真実味を帯びてきたのだから。
「これはボクのエゴさ。ヘリアンが理を越えて、自分の願望を押し通そうとするのならば、ボクも自分のエゴを貫くよ」
エゴ。
そう言った彼女の目は、決意に満ちているように見えた。彼女も、自分の我儘を通そうと藻掻いている。
きっと、昨日の俺もこんな目をしていたのだろうと思う。
大きな溜息。言いたいことは言ったと、スルトの表情から緊張が抜け、元の飄飄とした空気が戻ってくる。
何かを思案するように、眉間に皺を寄せていたアルルが顔を上げた。
「……貴様の言い分は理解できた。全てを信じたわけではないが、少なくとも私の記憶の手掛かりを持っているのは確かだ」
「それじゃあ……!」
「……だが私の一存では決められない。何せ、今の私には業務上のパートナーがいてな。そいつの意見も聞いておかないと、また拗ねたりでもされたら面倒だからな」
誰のことか、など聞くまでもない。
こちらをしっかりと見据えたアルルを、俺も見つめ返す。
誰かに頼られるというのは嬉しい。それが、大切な相棒からであればなおさら。
「……そりゃお互い様だろうが。正直話が大きすぎてついていけてないんだけどな。でも、アルルがこの件に関わっていくつもりなら、俺は全力でお前を守るよ」
「……!」
目を見開いて、しかしすぐ取り繕うように咳払いするアルル。そっぽを向いた彼女の頬が、ほんの少しだけ染まっているのは、まぁ見間違いではないだろう。
「……ロリコンです」
うるせぇぞ、クソ犬。
「……ふ、ふん、偉そうに。コホン、まぁそういうことだ。あとな、アウルゲルミルって呼び方は好かん。過去の私がどうだったかは知らんが、今の私はアルルだ」
「……そっか。了解だよアルル」
意味深な笑みを浮かべるスルトを睨みつけながら、アルルは話題を変える。
「しかし、協力とは言っても今の私が役に立つとは思えんがな」
俺もそれは懸念していた。アルルの力は強力だが、魔力の制限がある以上はそこらの子供と変わらないのが現状だ。
「もしかして封印の話? それならもう元に戻せるはずだよ?」
「なに!?」
あっさりと。マーケットに朝食を買いに行くくらいの気軽さで、スルトは解決策があることを示した。
「その封印、二重構造なんだよね。ヘリアンの作った防壁が第一段階。アヤメ君の魔力による中毒が第二段階。アヤメ君の魔力は特殊で、魔女に対して毒性を持ってるでしょ? 第一段階が何らかの理由で破壊されると、アヤメ君の魔力が流入するようになっているのさ。だから上手く魔力が扱えない状態になってたんけど……。ヘリアンがアヤメ君とアルルを組ませたのは、それを狙ってのことだしね」
「それはわかるが……」
それは、アルルに封印を施した際にヘリアン自身から聞かされた封印構造だ。俺の特異体質……と表現して良いのかわからないが、俺の魔力は魔女に対して毒となる。俺が異端審問官として魔女に対抗できていたのは、この体質によるところも大きい。
「アヤメ君から流入する魔力量は無意識のうちに調整されてたはずだけど、精神的な繋がりが希薄になるとコントロールが効きにくくなる。それによって、魔力を使ったときの身体的負担が増加してたんじゃないかな。思い当たるコト、あるでしょ?」
「……あー」
「あの日、ボクが黄金の林檎に施したとある仕掛けで、ヘリアンの封印は破壊された。本来ならあれで、アルルの持つ魔女の力が強まるはずだったんだ。ただ、計算外だったのはアヤメ君がナリ・ウールヴルと出会ってしまったこと。それによって、キミたちの繋がりが希薄になってしまった。しかもまさかあそこまで親密になるなんて、ね。あれもヘリアンの狙いだったとしたら……恐ろしいね」
「…………ナリ、さん」
まさか、そこまで考えた上で?
いや、あの出会いは偶然だろう。あれが意図的に起こせるのであれば、この街はとっくにヘリアンの色に染まっていても可笑しくはない。
「ま、今のキミたちを見ていれば大丈夫だと思うよ。試しに魔力、使ってみたら?」
懐疑的な反応を返すのはアルル。
魔力を使った反動はかなりの身体的負担を伴っていた様子だった。恐る恐る、アルルが魔力を循環させる。
魔法の発動を示す淡い光。
――氷盾
空間を凍てつかせる絶対零度の防御機構が、そこに顕現した。
「おお……!」
「戻った……」
「さむっ!」
ナルヴィが身震いする。周囲の温度を一気に下げたそれは、途方もない魔力を内包している。
きらきらと氷の結晶が舞った。人口魔力灯の暖かな光を反射し、イルミネーションのように輝くいている。
「これは、出力が……」
「うん、ヘリアンの封印は破壊されたまま、第二段階の封印が上手くコントロールされている。明らかに魔力伝達の効率が良くなってるはずだよ。ただ、第二段階の封印はかなり複雑だ。それを解く鍵はアルルの記憶にあると思うけど、それはヘリアンが握ってると思う」
「そうか……しかし、これなら」
確かな手応えを感じたのだろう。ガッツポーズするアルルは、年相応にはしゃぐ少女にしか見えず、微笑ましい。扱っている魔法は、物騒な代物ではあるが。
「うんうん。これで無力な少女からは卒業さ。但し、キミたちが仲良くしないとまた同じことが起こっちゃうからね」
精神的な繋がりによって、封印は安定するとスルトは言った。逆に言えば、また俺たちが離れるようなことになれば、アルルの力は再び制限されることになってしまう。
もう二度とそんなことがないようにと決意すると同時、俺の脳裏に蘇る一人の女性。
「……ナリさんのこと、教えてくれないか」
ナリ・ウールヴル。
失踪した両親を探していた、薄幸の美女。ヘリアンとアルル曰く、俺の精神に干渉していた、魔女。
あの日、最後に見た彼女の表情。最後に聞いた彼女の言葉。
俺は、向き合わなくてはいけないと、そう思う。
「……」
気まずい沈黙が流れる。
ややあってスルトとナルヴィが目配せし、頷いた。
「――それは、ナルヴィから説明します」
今まで聞き役に徹していた少女がその口を開く。




