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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
33/60

それから

「……」


 人の気配のない広間。中央の円卓に着く者はおらず、壁際の柱時計だけが一定のリズムを刻んでいる。


 『名無しの区域』での救出作戦からが一夜が過ぎた。あの戦いの後、ナルヴィの背に乗ってスルトの待つ潜伏場所まで辿り着いた俺たちは、一旦の休息を取っていた。

 アルルもフレデリクも怪我を負っている。特にフレデリクの負傷が大きい。しばらくの間、右肩は使い物にならないそうだ。

 


『ボクは焔心の魔女であると同時に、再生の魔女でもある。とは言っても、腕をくっつけたりとかはできないけどね。傷の処置と、感染症を防ぐくらいはできるよ』


 フレデリクの治療、というか応急処置はスルトが請け負うことになった。

 魔術による治療ができれば良いが、それは神父の領分だ。アルルなら術式を組み立てることもできるだろうが、高度な魔術を扱うには魔力の制限が足枷となる。地道な治療が必要になりそうだと、フレデリクは笑っていた。


 ぼんやりと、昨日の出来事を反芻していると、正面のドアが開いた。そちらに目を向けると、ホールへ入ってきたのは眠たそうに眼を擦りながら、欠伸をする少女。


「……よぉ」

「……む、貴様だけか。他の連中は?」


「ナルヴィはまだ起きてこないよ。スルトは……多分大尉のところだ」

「そうか……」


 頷きながら、俺から椅子二つ分、離れたところに腰かけるアルル。



「……」

「…………」


 沈黙。

 こうして二人で同じ空間いるのは、随分久しぶりなように感じる。何を話すべきか、どうやって切り出せば良いのか。

 喧嘩別れをした人物と、再開後いきなり二人きりになるというのは、どうも気まずい。横目で彼女を盗み見ると、落ち着きなさそうに金髪の毛先を弄っている。


 何か、何か話題はないか。いや、話すことはいくらでもあるのだが、まずどうやってその流れに持っていけば良いか……。



「……おい、クソムシ…………いや、アヤメ……その」


 意外にも、先に口を開いたのはアルルだった。  

 しかし珍しいこともあるものだ。あの毒吐きを地で行くアルルが言い淀んでいる。

 右へ左へ視線を彷徨わせる彼女は、そこだけ切り取れば年相応の気弱な少女にしか見えない。


 一体何を言われるんだ……。いつもみたく、さらっと罵倒してくれた方がこっちも気が楽なんですけど!?


「いや、その……助けてくれて…………アリガトウ」



 アリガトウ……有難う…………ありがとう!?

 ちょっと待ってくれ。ありがとうだと!? 誰だこいつは。お礼なんていうキャラじゃないだろう! 頼むから普段通りのアルルに戻ってくれないと、やりにくい!


 どんどん声がか細くなり、遂に俯いてしまったアルルの姿に、ぎゅっと心臓を鷲掴みにされた感覚に襲われる。

 もしかしてこれが、所謂ギャップ萌えというヤツですか?


「……あー、それは……いや、素直に受け取っておくよ。それに、今回の件は俺がお前の忠告を無視したことが原因だったわけだしな」

 

 内心慌てつつも、ここは紳士的にフォローをしておく。親しき仲にも礼儀あり。先人たちは実に良い教訓を残した。

 俺の言葉を聞いてアルルが顔を上げた。左右で違う色をした瞳が映す俺の姿が、どこか情けないように思えて、自嘲を込めてかぶりを振った。


「だからさ、そんなに気にしないでくれ。お前が無事だったことが一番だし、それに……やっぱり俺にはアルルの力が必要だって、さいかく……に……ん」


 続けながら、再び彼女へ視線を戻すと、にんまりと満足気な表情を湛えるアルルがいた。口の端が三日月型に吊り上がっていき、しょぼくれていたはずの目に光が宿る。

 腕を組み、大仰に頷き始めると、俺の言葉尻を待たずに口を開いた。


「ふっふふ……。そうかそうか、やはりそうか! こうしてアルル様の偉大さが理解できただけでも収穫だったな! まぁ結局? 私が言ったことが正しかったワケだし? なぁ、皮被り野郎、お前は一人じゃ何もできないんだからアルル様の言うことを聞いて良い子にしておけ……おっと、すまんすまん一人遊びは得意だったっけ(笑)」


「……上等だ、表出ろやクソガキ。魔力も満足に使えない役立たずには、そろそろブギーマンの恐ろしさを教えてやる頃合いか? そのお喋りな口に何発銃弾(たま)撃ち込めばてめぇは静かになるんだ?」


 すっかりいつもの調子を取り戻したアルルに、いつもの調子で返す。

 そう、俺たちはこれでいい。こうやってジョークを飛ばし合えるぐらいのラフさが、俺はたまらなく好きなのだ。



 と、そこに。

 

「――朝っぱからうっさいですね。おめーら乳繰り合うなら部屋でヤれってんです」


 割って入る少女の声。

 いつからそこにいたのか、ナルヴィが柱に寄りかかった姿勢で呆れ声を上げた。ツインテールを揺らしながら、じとっとした視線を遠慮なくこちらにぶつけてくる。


「おい、誰だこのガキは」

「あ!? おめーも十分ガキでしょうが! 助けてやったのに随分な態度ですね!?」


 開口一番、睨みあい。

 俺からすればどちらも可愛らしい少女であるが、どちらも恐ろしい力を秘めた魔女である。本気で喧嘩になっても、止めに入れる自信はない。

 それにしても今回はナルヴィにかなり助けられた。彼女の魔法――と呼んでいいのかは定かではないが、狼へと姿を変えた彼女の戦闘力と機動力は目を見張るものがあった。

 

 ――そういえば、アルルは人型のナルヴィに会うのは初めてだっけ。


「……ああ、この匂いは、なるほど」

「……匂いで判別されるのも、ちょっと気になりますが。まぁいいでしょう」


 狼のお前がそれを言うのか。

 そういえば、アルルも魔力や気配には敏感だと言っていたっけ。彼女曰く、魔力に制限のある今は、その嗅覚も鈍っているらしいが。


「アルル、こいつはナルヴィだ。お前を助けるのに、かなり力になってもらった」

「……おい、ポークビッツ。なんでこいつから、ナリ・ウールヴルと同じ匂いがするんだ」

「……は?」

「てっきり私は、あの時現れた狼はナリ・ウールヴルが姿を変えたものだと思っていた。だが違うと。そして目の前のガキンチョからは、あの女と同じ匂いがしている。……そもそもアヤメ、貴様の方が真っ先に気づきそうなものだが」


 どういうことか、アルルの言っていることがさっぱりわからない。ナルヴィとナリが同じ匂い? つまり、魔力の質が一緒ってこと?

 最近は、俺の理解を越えた話が多すぎる。アルルを助けるという目的があったから、それらを吞み込んできたが、そろそろ解説本が必要だ。

 頭の上に、疑問符を群生させる俺を尻目に、二人は剣呑な空気が漂わせている。 


「……フン」


 当のナルヴィはといえば、否定も肯定もせずアルルを睨み返していた。



「……くさい」

「もっと言い方あるでしょーが!!」


 鼻を摘まみ手を仰ぐアルルに、抗議の声を上げたナルヴィ。

 少しだけ、その場の空気が和らぐ。


「……と、とにかく、スルトが来たら詳しい話をしましょう。これまでのことと、これからのことを」


 ナルヴィの咳払い。その言葉に頷く俺たち。

 長かった。ここに至るまで、随分遠回りをした気がする。ようやく数多くの疑問に答え合わせができるのだ。


 スルトとナルヴィのこと。

 教会と騎士団のこと。

 ナリ・ウールヴルのこと。

 そしてアルルのこと。

 

 ――これまでのこと、これからのこと。

 再び俺は、選択を迫られることになる。

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