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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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腐海

 ――パームハウスにダマスクが、戦場では血と硝煙が漂うように、その空間を支配する者によって、匂いというものはがらりと姿を変えるものだ。

 それが心地良いものであれば僥倖。しかしどれだけ歳月を重ねようが、鼻を摘まみたくなるような醜悪さが、この街には満ちている。


「――では次の議題に」


 スクリーンに投射された映像が切り替わり、近頃出回っているというマジックドラッグの概要が映し出された。

 この場にいる、私を含めた十人の人間が同時に資料を捲る音が響く。


「ミッドガーデン内の若者を中心に流行しているようですが、未だに出所が掴めていない状況です。北エリア内のマフィアの動向は見張っていましたが、()()()()()()地下に潜った者が多く、足取りを追うために人員を割いている現状です」

 

 そう説明を始めた、軍服の襟を正した男の粘着質な視線に、気づかない振りをして思案に耽る。

 退屈な評議会の定例会議。政府から派遣された役人と、教会、騎士団によるくだらない協定の場。相互利益などといった温い信念を掲げながら、その実情はただの監視と牽制。抜け駆けは許さないと、相手の足を引っ張ることだけを考えた愚か者の集まりだ。


「――依存者に対する治療や教育といった面での対応と、魔女が関与している可能性も捨てきれないため、当方としては教会と連携して大元の駆除にあたりたいと考えていますが……。ヘリアン・ヴァーリ大司教殿はいかがですかな」


「――えぇ、我々としても騎士団のお力添えがあれば、頼もしい限りですわ」


 建前だけで構成された定型文で返す。



 ……腐ったミートパイは捨てて、そろそろ新しい料理を並べる頃合いかしら。



 ***

 


 珍しく、苛々が収まらない。ここ最近、計画外のことが起き過ぎている。年齢を重ねる毎に感情的になっているのが、自分でもわかる。

 ルサンチマンは諦観へ姿を変えた、とは言っても限界はある。自分が駒として使われる立場になることに、どうしても抵抗が生じてしまうのは根底にある支配欲ゆえだろうか。

 

「……全く反吐が出るわ。あの馬鹿ども、マフィアの残党狩りを私たちに押し付けようとしてきた」


 建物を出た先、四輪駆動のキャブレター車が私を待ち構えている。後部座席へ乗り込むと、運転手へ愚痴を零す。


「……」

「要するに、現場を荒らした責任を取れということでしょう。おまけにボランティアですって? それもこれも全部、あの礼儀のなってない愚か者の所為だわ」


 頭に浮かぶのは、最初から最後までへらへらと軽薄な笑みを浮かべるスルトの姿。計画を進めるうえで障害になることはわかっていたが、奴が潜伏していたマフィアまでもが私の足を引っ張ることになるとは。とんだ置き土産だ。


「……自らの無能を棚上げして形成された自尊心というのは、維持するためにそれなりのコストが必要ということでしょう」

「そう、ね……」


 口を開いた運転手――エーギルの言葉に、喉元まで出かかっていた激情を抑え込む。


「……焔心は、騎士団に所属していました。それに、アウルゲルミル捕獲の際にも騎士団幹部の邪魔が。そのことについて言及すれば、少将殿も引き下がったのでは?」

「今回のことはムカついてるけれど、この程度で、そのカードはまだ切らないわ。糾弾はここぞという時まで温存しておく。……はぁ、もうこの話はいいわ。あの禿げ頭を思い出すだけで虫唾が走るもの」


 私に対して勝ち誇るような表情を浮かべ、今回の提案を迫ってきた騎士。退行する頭髪に逆らうように蓄えた髭も、はち切れそうな軍服も、いちいちセンスを感じない男だ。どうやって少将という地位に就いたのか、是非ともこの街の七不思議に推薦したい。


「……エーギル、例の魔導兵装は順調かしら」


 大きな溜息で話題を転換する。そうでもしなければストレスで髪が抜けてしまう。

 一応、手鏡で生え際をチェック。オーケー、無問題。

 纏めた白髪には枝毛は見当たらないし、爪も綺麗に整っている。目元の皺もなく、肌は透き通るように輝いている。


 大丈夫、今日も私は美しい。


「今のところ、大きな不具合はありません。しかし魔法の出力はオリジナルと比較すると、半減といったところでしょうか」


 このエーギルという男は実に優秀な異端審問官だ。勤勉で、要領が良い。そしてなにより寡黙であること。私が裏で進めている計画の一端を彼に任せているのは、余計なことを喋らないという理由が大きい。口が軽くないというのは、この世界では何よりも大事なことなのだ。


「そう……。ナリ・ウールヴルの方は?」

「……従来通りの方法で抽出を試みていますが、特殊な個体のため慎重に進めています。腸と骨盤周囲の組織が無傷であったので、そちらの移植を検討しているところです」


 ただし、決して面白くはない。真面目でユーモアがない。

 聖職者としては珍しくないタイプではあるが、それだけに件の異端審問官、アヤメのようなタイプは得難さが際立つのである。

 惜しい男を手放した。怠惰ではあったが、ジョークのセンスはある。あれはあれで優秀な男だった。


「よろしい。また何かあれば報告しなさい」

「はっ」


 窓から見える空は相変わらずだ。

 この街に巣食う者たちが、腐敗臭を纏っているというのであれば、そこには間違いなく私も含まれている。


「……エーギル」

「は」

「アヤメを見て、あなたどう思った?」


 バックミラーに映る目が、ほんの少しだけ揺れる。きっと彼自身も気づかない程度に。


「……質問の意図が解りかねます。が、率直な感想を言うなら、不愉快な男でした」


 客観的に見れば、それは極めて正しい評価だった。不躾で、怠惰で、自己中心的な偽善者。

 エーギルの報告によれば、今は狼の姿をした正体不明の魔女と行動を共にしているらしい。アウルゲルミルは結局彼の手に渡ったと。

 

 それならば、彼は正式に教会の敵となったわけだ。魔女と行動を共にし、魔女狩りを妨害した異端審問官。


「――そうね」


 アヤメはこの街で、どんな景色を見ていたのだろう。

 彼と話がしてみたい。今はそんな気分だった。

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