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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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砲煙弾雨

「……――ィ――ャッッッ……ヤアアアアアアアアア!!!!」



 悲鳴。着地。轟音。土煙。

 質量のある何かが、天から降り注ぎ大地を揺らす。


「っ! 一体……!」


 サーベルを後方に構える私と、魔力を充填するエーギルの間に割って入った、突然の珍入者。衝撃は数秒に満たない。舞い上がった塵が少しずつ晴れていく視界の中、それは姿を現した。


 地上から三メートルはありそうな巨大な体躯。紫色の尻尾が左右に揺れ、土煙が舞う。


 犬……? いや、狼。

 なんだこいつは。精霊? 召喚された? エーギルが呼び出したのか?


 その大きな脚の間から、異端審問官たちの姿が見える。いずれも唖然とした表情で、その場に立ち尽くしていた。どうやら、彼らにとっても予想外の出来事であったらしい。突然のことに事態が呑み込めないのは私も同じだ。きっと間抜けな顔をしていたに違いない。

 

 振り返った横顔が私を捉えた。吊り上がった口の端から牙が覗く。

 そいつは、獣らしからぬ表情で笑った。


 そして、この狼が纏う尋常ではない魔力の密度に気づく。異変を感じ取ったのは、エーギルたちも同様のようだ。私を守るようにして現れた、明らかに規格外の異形に警戒心を隠すことなく、三人の異端審問官が臨戦態勢へ移行する。



「――さぁ、変態お漏らし野郎! 出番ですよ!!」

 

 間抜けな台詞とともに突如響き渡る、この場にはそぐわない声色。


「……」

「……」

「……」


 ――沈黙が満ちる。

 どこか幼さを感じさせる少女のような声に、しかし応える者はいない。 



「ってハァッ!? お、おめーまた気絶してんじゃねーですか!!」


 狼が喉を鳴らし、その巨体を震わせる。その動きと声のタイミングから、緊張感のない言葉を発しているのが目の前の狼であることを認識させられた。


「ああもうっ! さっさと起きろってんです!! こンの――――ノロマァァァァアア!!!!」


 

 苛立ちを含んだ声色のまま、狼が吠えた。

 耳をつんざく咆哮。びりびりと空気が震え、鼓膜を揺らすほどの爆音が老朽化した建物を破壊する。突風、そして衝撃波。それはソニックブームと呼ばれる、音の圧力。廃墟に残った窓ガラスを割り、剥がれた石畳が空中で細かく砕かれ塵となる。

 指向性を持った巨大な魔力が、そのまま異端審問官たちに襲い掛かった。現象としては実にシンプルで、それ故に高威力。



「――!」


 動いたのは女の異端審問官だ。

 発動は一瞬。

 圧倒的な破壊を生み出す爆音に対抗するべく、放出された魔力が一種の特異現象を引き起こす。


 不可視の攻撃に対抗するのは不可視の防御。狼と異端審問官たちの間に見えない壁が生じた――ように思えた。音波も、衝撃波も、ある一定のラインを境に掻き消される。

まるで()()()()()()()()()()()()()()()()()。咆哮は最早彼らには届かず、行く先を失った爆音波はその場に消失する。


 一瞬の攻防。その光景に強烈な既視感を覚える。

 

 あの異端審問が振るった力は――。

 私は、あの力を知っている……。つい最近、あれと同じような現象に遭遇した。

 霞がかった記憶を掘り起こそうとした時――



「……あークソ、頭いってぇ。……どうなってる、ナルヴィ。アルルは無事なのか?」


 気怠げな男の声が、鼓膜を叩いた。

 その声の方向。狼の背の上へ視線を向けると、ワインレッドの髪を搔きむしりながら、ゆっくりと体を起こす見覚えのある後ろ姿。



「……あ」

 

 思わず、声が漏れた。

 たった一週間足らず。しかしこの一年間、ほとんど離れずに過ごしてきた所為もあったのか、随分と長い間会っていなかったような、そんな気がする。

 頼りない背中。怠惰で能天気で、女に甘くて情に脆い。こいつといると、いつも苛々しっ放しだ。何度尻拭いをするハメになったかわからない。

 だからこそ、目が離せない。私がいなければ、こいつはもっとダメになる。そのはずなのに。


「アウルゲルミルなら、おめーの後ろですよ! 起きたらさっさと加勢しろってんです!!」

「……オーライ。ちょっと待ってろ」



 ――なぜ、こんなにも安心するのだろう。 


 拮抗する魔力。咆哮しながら言葉を発するという器用な真似をする狼に、彼は口の端を持ち上げて応える。


 よっ、と軽い掛け声と同時、彼が狼の背から飛び降りる。

 見知ったへらへらとした態度。ただその顔は少し、やつれたような気がする。


「お待たせ」

「……遅い…………馬鹿者」


 異端審問官アヤメ。


「酷い格好だな、天才金髪美少女様」

「……お互い様だろうが。それと貴様、ちょっと臭うぞ」

 

 私の罵倒に不細工なウインクで返し、サーベルを受け取ったアヤメが再び私に背を向ける。

 

 蘇る一年前の記憶と重なるその背中。



 ――ああ、そうだ。

 この姿に、あの日も私は救われたのだ。 


「大尉殿と安全な場所へ」

 

「……死ぬなよ」

 

 ひらひらと手を振って応えるアヤメ。

 魔力の残渣に吹きすさぶ風の中。再び戦いの火蓋が切って落とされる。



 *** 



 体が軽い。

 思考は研ぎ澄まされ、己に向けられる複数の殺気を浴びながらも、根拠のない全能感が体全体を支配している。

 アルルから受け取ったサーベルの重たさが心地良い。切っ先にかかる遠心力に任せ、刀身を一振りし深呼吸。

 そして、異端審問官と対峙する。


「……お前か。あの場から逃げ出したことは聞いていたが」


 こちらを無感情な目で見やる、口元をマスクで覆った黒衣の男。その目は、よく覚えている。無様に這い蹲った俺を鼻で笑った、大司教子飼いの兵を率いる異端審問官。


「なぁエーギルよォ、こいつは俺に殺らせろ。ムカつくンだよ、いちいち出しゃばりやがって」

 

 そしてこいつの顔も、忘れるはずがない。蘇る甘い煙草と下水の臭い。恐怖と後悔に震える魔女に、その銃口を突きつけた張本人。


「アンタ……! また勝手なこと言って!」


 俺を半端物となじったオリヴェル・スカーシュゴード。

 蔑んだ目で俺を見下したエーギルと呼ばれたマスクの男。

 あと一人は……いいおっぱいだ。


 彼らが俺に下した評価は、果たして正解だったのだろう。 

 俺の弱さは俺自身がよく知っている。勿論それは戦闘における身体能力や精神的な強さの話だけではなく、自分が何のために戦っていたのか、という一点に尽きる。

 今まで、身の回りの物に流されるまま生きてきた。教会の意向のままに魔女を狩り、反乱分子へ刃を向け、そして自分の甘さが招いた結末からは、思考に蓋をすることで逃げ続けた。気まぐれに誰かを救ってみたいという衝動に振り回され、気づけば背負うつもりのない荷物まで抱え込んでいた。


「……油断しないでください。こいつら、何か妙です」


 ナルヴィが喉を鳴らす。彼女の警戒心を表すように、その両耳をピンと立て姿勢を低く構えている。


「ああ……わかってるよナルヴィ」 


 言葉はいらない。

 俺とこいつらの間には、語れるだけのものは何もない。


 手にした漆黒のサーベル。重力に逆らわないよう剣先を地面に這わせ、駆けた。

 

「多分、今まで俺は無理をしてたんだ」


 他人の考えなどわかるはずがない。それはきっと、向こうだってそう。それなのに俺は全て理解しようとして、その度に雁字搦めになって、遂には大事なものを取りこぼしてしまった。

 こいつらとは相容れない。それでいい。今度は、俺のエゴを押し通す番だ。


 ただ前進する。地面に擦れた切っ先が、金属音を奏でる。

 迎撃するように、即座に散開する異端審問官。中央で撃鉄が起き、左右からは大気中の魔力が渦を作り出す気配。


 疾駆する俺に向かって、最速で撃ち出されたのは銃弾。内部機構から供給される魔力を纏った一撃必殺の鉛玉は、鋭く空気を斬り裂き、瞬きの間に肉薄。ステップは踏まず、頭の位置を僅かにずらすことで避ける。


「はッ」

「――!」


 息つく間もなく次々と射出される銃弾は、大きく横へ飛ぶことで回避。その勢いを保ったまま、壁を蹴り体を捻る。遠心力に逆らわず跳躍し、一気に距離を詰めた。


「このッ!」


 舌打ちとともにオリヴェルが飛び退く。弾は撃ち尽くした。リロードで生じる一瞬の空白へ刃を突き立てる。

 その瞬間、悪寒が走った。

 追撃のため更に加速しようとしたところで、踏み留まる。


「!」 


高速で飛来した刃が、線状に俺の足元を砕く。地面の小石を巻き込んで跳ね返ったのは水滴。勢いよく飛び散った破片に防御を強制させられる。


「……」

  

 エーギルの前方に展開された魔法陣から、ほとばしる超高圧水のウォーターカッター。人体など容易く切断できるであろう水流が即座に生み出され、射出される。


 激流。

 一つの水刃につき広範囲の破壊。直感が告げる。サーベルで受け止めれば確実に、その刀身毎斬り裂かれ、瞬く間にバラバラ死体が出来上がるだろう、と。

 無理な態勢で生じた体の軋みを黙殺し、全力で回避へと思考をシフトする。

 

「だあぁりゃああぁぁぁ!!!」


 叫び声とともに、突如として視界を塞ぐ狼の巨躯。俺とエーギルの間に割って入り、力任せに体当たりをかましたのは、圧倒的質量を誇る狼だ。


 音速を超える回流を泡沫と化し、ナルヴィが吠える。

 踏みしめる四肢が大地を陥没させ、振るわれた爪は凶暴な音を響かせながら大気を切り裂く。ただ動いただけで突風を起こし、接触する物を粉々にする、破壊を体現する速度。


「む……!」


 前時代的な戦闘スタイルには戦術もへったくれもない。ただ、その巨体とそこに纏う濃密な魔力を以て、衝突するだけで水流を塞き止め、矮小な人間の体を弾き飛ばした。

 跳ね上げられるように空中へ投げ出されたエーギル。上体を仰け反るように宙を舞い、しかしその勢いのまま回転し何事もなかったかのように着地する。


「……っ厄介だな」

 通常ではあり得ない耐久力。あれだけの衝撃を受けてなお、その体躯は健在。ただ完全に無傷では済まなかった様子だ。左腕を庇うように押さえ、痛みに耐えるように眉根を寄せている。


「……ノート、助かった」

「あっぶないわね! あのケダモノから目を離さないで!」


 しかし、攻撃の規模に対して明らかに損傷が少ないのは、女――ノートによる援護があったためらしい。  


「あれを防ぐのか……!」

「……得体が知れませんね。衝突のエネルギーをごっそり切り取られた感じです!」

 

 

 切り取られた……という表現に、引っかかるものがあった。

 単純な防壁とは、違う方法であの攻撃を防いでみせたのか。


 切り取り――切断。

 魔術による切断力の強化。それは俺も自分の武装に施している術式だ。重力に任せて刀身を振るうだけで、生身の四肢程度なら簡単に切断できる力を付与する魔術。


 しかし物体ではなく、運動エネルギーに直接作用する魔術など聞いたことがない。それは、明らかに魔術の限界を超えた出力。


 急速に芽生える違和感。

 ――似たような事象を経験したことがある。思い当たるのは、距離すらゼロにする奇跡。空間すらトリミングしてみせた神の御業。それはかつて、下水道で戦った魔女が使った魔法だ。


 一瞬の静寂の間に、お互い態勢を整える。


 戦闘開始から三分足らず。この攻防で、相手との力量が拮抗していることを理解した。

 三人の異端審問官よる手数と、俺たちのコンビネーション。

 俺が仕掛ければ、銃弾と水の刃による挟撃に襲われる。しかし相手の火力もまた、ナルヴィの皮膚に傷をつけるには至らない。

 ノートが操る異能が攻撃に応用できるとしたら厄介だが、それならばもっと早い段階で繰り出してきてもおかしくない。

 

 お互い、決定打に欠ける戦闘。それは一つの焦りを生み出す。


「埒が明かないですよ。このまま長引けば、多分増援が来ます」


 懸念していたのはそれだった。アルル強襲のために一体何人が送り込まれているかは定かではないが、恐らくこのエリア全域をカバーするだけの戦力は投入されていると考えた方が良い。かなり派手な戦闘をした所為で、もうこちらへ集まってきている可能性が高い。

 時間をかければかけるだけ不利になる。戦闘は拮抗しているが、アドバンテージはあちらにある。


「……アルルたちの怪我も心配だ。ここは戦略的撤退を推奨するぜ」

「珍しく気が合いましたね。ナルヴィも賛成です」


 俺たちの目的は、あくまでアルルの救出だ。わざわざこいつらとの死闘を演じる必要はない。


「させると思ってンのかァ!?」



 オリヴェルがリボルバーの引き金に力を込める。

 ――瞬間。

 ナルヴィの咆哮が迸った。

 ソニックブーム。喉を震わせ魔力そのものを音に乗せ撃ち出す。 

 

「っ! こんのっ!!」


 対抗するようにノートが魔力を発現させ、再び空間が断絶される。行き場を失った魔力が四方へ飛び散り、ハウリングを起こした。

 


「これは消耗が激しいので、そう連発はできないです。こいつらが動けないうちに行きますよ!」

「合点!」

 どのような仕組みなのか、爆音波を放出し続けながら合図するナルヴィの背中へ飛び乗った。


「クソがァ! 逃がすかよ!!」


 ナルヴィが口を閉じ、その場から跳躍する。自由になったオリヴェルが、必死の形相でリボルバーを撃ちまくるが、既に最高地点に到達したナルヴィの体に掠めることなく通り過ぎていく銃弾。

 一気に変化する景色に、いい加減慣れてきた俺が眼下を覗き込むと、エーギルと視線がぶつかった気がした。


「……」


 ただこちらを見上げて立ち尽くす彼の表情からは、なにも読み取ることができない。俺もまた、ただその目を見返す。


 そしてナルヴィが虚空を蹴ると同時、その姿は見えなくなった。


 

 ――その後、ナルヴィが匂いを辿り、廃屋に身を隠していたアルルとフレデリクを発見。

 

 こうして、ようやく俺たちは合流を果たしたのである。

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