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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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小さな願い



「アタシは人間が嫌いだ」



 蹲りながらも顔だけはこちらへ向けながら、魔女が言い放つ。


 嫌い。きらい。キライ。


 


 人間と魔女。


 姿形は同じでも、その本質は異なる。魔法という不可思議な力を生まれながらに持ち、太古から人間に害をなしてきた魔女。


 それに対抗すべく、魔女の魔法を解析、模倣し魔術という概念を生み出した人間。


 遥か昔に両者の間で大規模な戦争も起こったと伝えられている。


 血を血で洗う争い。その過程で両者の間には埋められないほどの溝が出来上がった。


 今となっては魔女の個体数は減り、力関係は完全に逆転した。表舞台から消え去った魔女の存在は人々の記憶から薄れていき、しかしそれでも魔女を忌避する心は様々な形で受け継がれていた。


 


 童話、歴史、教育、娯楽。その全てにおいて、魔女は悪の化身であった。



「オマエにわかるか、異端審問官。こんな力を持って生まれただけで、親も兄弟も周りの人間全てがアタシを恐れた。ただ普通に生きたいだけなのに、ただ静かに暮らしていたいだけなのに、叩かれ、蹴られ、貶され、侵され、嬲られ、そして最後には魔女として、異端者として処刑される。だから……」



 魔力中毒に陥り震える唇で、それでもはっきりと己の感情を吐露する。


 怒り。悲しみ、諦め。


 先ほどまでの無表情な仮面は剥がれ落ち、深紅の瞳には確かな感情が透けて見える。



「……」



 正直、同情する。人間と魔女の戦争なんて、童話になるくらい昔のことだ。


 現代においても魔女に関連する事件は度々起きる。己の快楽のために、或いは儀式のために、残酷な手段を以て人間を攫い、殺す。それでも絶対数で言えば人間同時のいざこざの方が圧倒的に多いのが事実。魔女による被害よりも、人間が人間を傷つけることの方が日常的だ。


 


 しかし、子供のころに読み聞かせてもらった絵本で。学校の教育で。


 魔女に対する迫害が肯定される。彼女たちはヒトではないのだと。



 項垂れる魔女の顔を、あまり手入れされていないであろう黒髪が覆う。



「普通にヒトとして生きて、学校に通って、友達を作って、恋をしたかった」


 


 人間が嫌い。それでも人間の営みに憧れを抱き、その胸を焦がす。


 魔女が抱える矛盾。


 日の当たらない世界で過ごす彼女らが故の、羨望。



 ――魔女をヒトと思うな。


 俺もそんな教育を受けてきた。異端審問官の見習いであったときも、そう教えられてきた。


 姿形は俺たちと同じ。


 ただ特異な能力を持って生まれただけ。


 感情も知性もある。


 


 ならば目の前のコイツは、俺たちと一体何が違う?



「……だから殺したのか? 人間が憎くて憎くて仕方がないから?」


「そうだ! アタシはオマエら人間が憎い!」


「……でも、それでも、アタシは人間になりたかった」


「そして、この魔術を知った。今まで散々仲間を殺してきた、忌々しい魔術になんか頼りたくなかった……! それでも、それでもアタシがヒトとして生きられるなら――」



 拳を握りしめ、四肢に力を込める魔女。


 勢いよく顔を上げたその瞳には。



「だから、アタシはオマエを殺して儀式を完成させる――!」



 金色の光。



「っ!?」


 


 その姿を見失った。


 空間のトリミング。



 ばかな。魔力中毒が解けるには早すぎる。まだ動けるはずがない。


 しかし、間違いなく魔法は発動した。


――ならば!



(まずは現象への対処が先! だが――!)



 気配は後方。明らかな殺意を以て現れたそれは、濃厚な死の臭いを撒き散らしながら迫る。人体など、簡単に切断可能な魔法。物理法則すら凌駕する不可視のソレが、今俺に牙を向いている……!


 


 最早回避も、防御も、間に合わない。



「――伏せろ」



 凛とした声が響く。疑問が生じるよりも先に体が反応した。ただその命令に従い、だらりと体の力を抜き前のめりに倒れる。


 次の瞬間、魔女がその凶刃を振るわんとしているであろう空間を、極大の魔力が貫いた。



――紫電。



 キと耳をつんざく轟音と、目を焼くような光。


 うつ伏せで目と耳を塞ぎ、破壊が過ぎ去るのを待った。


 


 そして静寂が訪れる。


 しばらくして肉の焦げるような臭いが鼻をつき、恐る恐る立ち上がる。



「相変わらず詰めが甘いなイソギンチャク。足の一本くらい切り落としておかないからこうなる」



 粉塵が晴れ、逆十字が揺れる。


 真っ白なフリルワンピースに、人形を思わせる白磁の肌。


 傷どころか汚れひとつない姿で不遜に言い放つ。


「天才金髪美少女たる私の防壁に、あの程度の攻撃は通用せんよ。まぁ、防壁を張った空間ごと切り取って吹き飛ばしたのは誉めてやろう」


 背中に、ドンとオノマトペを背負い立つ金髪少女B。


 


 コイツ、今頃起きてきやがった。



「いてて……。助かったアルル」



 とはいえ命拾いしたのは事実だ。感謝しておこう。


 ていうか下手したら巻き込まれて死んでたよな、コレ。



 辺りを見れば地面や壁はくり貫かれたように抉れている。



「だが決してびっくりして気を失っていたわけではないぞ。少し意識を手放して魔法陣についての考察を深めていただけだ!」



 何も言ってないけどな。


 天才金髪美少女(笑)



「っう……」


 


 数メートル先に、倒れ伏す魔女。


 極大の魔力を受け、服は焼け焦げ煙が上がっている。その下から覗く皮膚も酷い火傷をしているようだ。皮下脂肪まで焼け、所々に水泡が形成されている。雷の直撃を受けたようなものだ。並みの魔女なら文字通り跡形もないだろう。その程度で済んでいるのは、身体強化の賜物か。



「急所は外してある。まだ確認したいことがあるからな」


 


 あまりの衝撃と痛みに意識を手放そうとした魔女の髪を掴み、頭を持ち上げるアルル。



「お前の話を聞いてピンときたよ。視覚、嗅覚、聴覚、味覚、触覚、そしてをうちのチンパンジーを殺して儀式の完成といったな。あと一つは意識、脳か或いは魂か? 本来の手順と違ったから思い出すまでに時間がかかった」


「六根浄。随分と古い手法を使ったものだ。身体の強化はあくまでも副産物だな? 魔女の力を穢れと定義し、その浄化を図ることで人間へとその身を変化させようとした。違うか?」


「なぜ、それを……。オマエは、一体」



 べらべらと考察を披露するアルルの予想は、果たして当たりだったらしい。


 掠れた声で答える魔女に、アルルは更に続ける。



「これは昔の大戦で滅んだ島国に伝わっていた概念だ。今では教会が保有する古文書にしか残っていないと思われる知識だが……。さて、どうやってお前はそれを知り得た? そしてどうやってこの歪なアレンジに至った? 質問を変えようか。一体誰の入れ知恵だ?」



 アルルの口元が三日月型に歪む。


 教会の牧師も裸で逃げ出しそうな、世にも恐ろしい悪魔的な笑み。


 魔女の深紅の瞳を、深緑の碧眼が覗き込む。


 魔女の顔に、明らかな怯えの色が混じった。



「あっ、アンタたちに話すことなんてない……!」


「おい、コイツ私のこと舐めてるぞ。もう一発いっちゃっていいか」


「ヒッ」


「おいやめてやれ……。なぁ話してくれないか。悪いようにはしないから」



 猛るアルルを抑え、俺は魔女にひとつの提案を持ちかけた。



 ***



 魔女裁判。


異端審問官が現場での魔女狩りを執行せず、捕縛した場合に施行される。


教会立ち合いのもとで魔女の犯した罪を数え、それに応じた判決が下される制度だ。


犯した罪の重たさによっては、即処刑の判決が下されることもあるが、更生の余地があると判断されれば、罪を償う機会が設けられる。生涯教会の監視下に置かれ、場合によっては労働力として駆り出されることもある。


ほとんどの異端審問官が現場で処刑を済ませてしまうため、今ではほとんど施行されない制度ではあるが、俺は魔女にも贖罪の機会があった方が良いと考えている。



「し、しかしそれは……、アタシは人間を殺した。ご、五人もだ。それにさっきもオマエを」



 傷を庇うように座る魔女の表情に、困惑の色が浮かぶ。


 人間と魔女。


 姿形は同じでも、その本質は異なる。


 それでも、さっきの彼女の言葉。そして垣間見えた感情は、俺たちと変わらないヒトのものであると信じたい。



「物好きめ」



 ボソッとアルルの呟きが聞こえた。



「だからこそ罪を償わないといけない。きっと辛い思いもするし、死んだほうがマシって気持ちにもなるかもしれない。それでも、俺は必要なことだと思ってる」


「……また繰り返すかもしれない」


「そのときは俺が止めるさ。お前、名前は?」



 キラリとイケメンスマイル。体に下水の臭いが染みついてるがそこはご愛嬌。


 呆然と俺を見つめる深紅の瞳に、じわりと涙が浮かぶ。



「アタシは――」



「オイオイオイオイ、なアァァに甘いこと言っちゃってんのぉ?」



 魔女の声を遮り、突如響くテノール。


 その主は足音もなく下水道の入口側、暗がりの中から現れた。


 着崩した黒のスーツに咥え煙草。灰色の髪を後ろで束ねたその男の第一印象は不良中年。


 そして一際目を引くのは、左目を跨ぐ縦一文字の傷跡。


 一目で堅気ではないとわかる風貌。街ですれ違えば絶対に目を合わせたくないタイプの男が、踵を打ち鳴らしながら近づいてくる。その胸に下がっているのは、外見とは似つかわしくない、信仰心の象徴たる十字架。


 教会が発行する十字架のうち、漆黒を帯びたオニキスで作られたのものは一際異質さを放つ。


 それが意味するのは――



 異端審問官?


 どうしてここに。



「誰だあんた」



 警戒心を隠すことなく問いかける。


 フーっと、大きな息とともに紫煙が舞う。べっこう飴を焦がしたような独特な甘い匂いが鼻をついた。



「新しく担当エリア振られたってんで様子見に来たらよォ、なぁんかしょうもねー奴らがしょうもねーことやってんなぁ!?」



 下水道内に響く不愉快な声。


 オーバーに手を広げ観客に聞かせるが如く、演説を繰り広げる。



「ガキの使いじゃねェんだ! 魔女はぜーんぶ殺す!! それがオレらのお仕事だろーがよォ!!?」


 


 制止する間もなく、男はズイと魔女に近づき煙草の煙を吹きかける。



「贖罪ィ? テメーまさか自分が赦されるとでも思ってんじゃあねぇだろうなぁ!!? いいか魔女、テメーは人間様五人も殺してんだ。どーやって償うつもりなんだァ?」


「まさかよォ、殺した奴らの家族に向かって『許してください』とでも言うつもりか!?


 冗談じゃねーよなァ! 殺された奴の家族はよォ、今すぐにでもテメーを八つ裂きにしたいって思ってるはずだぜ。目の前に出てってみな。今まで以上の仕打ちを受けることになるぜ」



 徐々にトーンを落とし、最後は耳元で囁くように冷徹な言葉を吐きかける男。


 魔女はカタカタと肩を抱き震える。彼女の顔面は蒼白に染まっていた。



「だからよぉ、いっそここで死んどくか?」



 大口径のリボルバーを懐から取り出す。その銃身に刻まれた術式。


 対魔女用の武装。



「まて。彼女は俺の獲物だ。勝手な真似をするな」


 


 銃身を掴む。



「アァ? あー、なるほど。テメーが噂の半端者か」


「……」



 俺、アルル、そして魔女を順番に眺め、ニタリと口の端を吊り上げる男。


 奥歯を噛み締める。


 この男の言動全てが不愉快だった。



「特例だかなんだか知らねーが、そこのクソガキも今ここでぶっ殺してもいいんだぜ!? アァ!?」



 俺の手を振りほどき、アルルに銃口を向ける。


 格納式ブレードを取り出した俺を制止したアルルは、銃口を向けられてなお動じることなく、冷ややかな目を男に向けた。


 飽きれたように顎をしゃくる。



「そんな豆鉄砲で私の防壁が貫けると? どうでも良いが、貴様の口は酷く臭うな。さっさと禁煙して総入れ歯にすることをお勧めする」



 アルルの言葉にピクリと鼻を歪ませる男。


 睨みあう二人の間に一瞬の沈黙が降りる。



「……ケッ、まァいいや。あんまり勝手やるとジジイどもがうるせーからなァ。今日のトコはとりあえず顔見せってことで」



 リボルバーを懐に仕舞い、こちらに背を向ける。



「あんまり俺の前でウロチョロすんじゃねーぞ。次はマジで殺すからな」



 そう宣言して、男は消えた。



「……」 



 無言の俺たちと、怯えたように体を震わせる魔女、そして冷たく張り詰めた空気を残して。



***



 その後。


 俺たちは件の魔女を拘束し、教会への引き渡しが完了した。


 かくして魔女裁判は行われ、魔女はその場で処刑されることとなった。


 彼女は一切の弁明や懺悔を口にすることなく、ただひたすら黙秘を貫いたという。



 結局俺は、最後まで彼女の名前を知ることはできなかった。



 これが物語の始まり。


 俺と、アルルを。


 いや、世界そのものを巻き込んだ壮大な茶番劇が、ひっそりとその幕を開けたのだった。


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