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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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再会の狼煙

 円卓に集められた俺とナルヴィは、スルトからアルルの置かれた状況を知らされた。とはいっても、具体的なことは何もわからず、彼女がピンチに陥っている可能性が高いということだけ。

 

「部下と連絡を取ろうしたんだけど、どうにも通信が邪魔されているみたいなんだ。ボクの部下の中でも手練れを寄越したんだけど……相手がそれを上回る戦力を投入してきたと考えるべきだろうね」


 あの夜、ヘリアンはアルルを拘束したと言っていた。魔力の使用に制限のある状態とはいえ、そこらの一兵卒に捕らえられるほど彼女はヤワじゃない。思い当たる戦力としてはヘリアンの私兵部隊と異端審問官。どちらかだけでも厄介だが、最悪のケースとしてその両方が動員されていることを想定するべきだ。


「いくら何でも到着が遅いと思ってたですが……。おめーが無駄にうじうじしてた所為ですよ、このドアホ」

「俺の所為かよ」

「……ヘリアンの目的は既に一つ達成されている。残るはアウルゲルミルの身柄だけど、一度逃がしている以上、全力で確保に向かってくるはずだよ」


 全力で……となれば、異端審問官が出張って来ていると考えていいだろう。一人で一個小隊を相手できるほどの戦闘能力を有し、対魔女に特化した教会の最高戦力。しかもそれが複数動員されているとしたら……。

 

「一つ達成って、ヘリアンの目的は……」

「――ナリ・ウールヴルの殺害及びその死体の回収」

「……なんだって?」

 

 殺害なら、まだ理解はできる。彼女が魔女であったならば、教会としては順当な対応だ。

 しかし、死体の回収とは……。

 思い返せばあの時、私兵部隊に死体の回収を指示するヘリアンの声を聞いた気がする。

 でも、なぜそんなことを。


「……詳しい話は後にしましょう。今はアウルゲルミルの救出を急ぐべきですよ」


 ナルヴィの言葉に、湧いて出る疑問を振り払う。確かに、今は目先の危機に集中する必要がある。


「本当はボクが駆け付けたい気持ちで一杯なんだけどさ、やらなくちゃいけないことあってここを離れられない。だから、アウルゲルミルの救出はキミとナルヴィに任せたい」

 

 いつも飄飄ひょうひょうとした態度を崩さないスルト。しかし今は、彼女の声色から、表情から、悔しさが滲み出ている。

 彼女はアルルのことを古い友人であると言っていた。自分もその現場に……というのも、本心から出た言葉なのだろうか。

 彼女がどんな目的で、どんな思惑でアルルを助けようとしているかはわからない。成り行きで行動を共にすることにはなっているが、その腹に抱えた物がどす黒く腐敗した毒林檎でないとは言い切れないのだ。


 裏切られることになるかもしれない。間違った選択をしているのかもしれない。


 それでもスルトの発した想いに、俺は心の中で頷く。異端審問官と魔女という対極の位置に存在する俺たちだが、共通の目的を持った今、こうして手を取り合うことができている。

 俺はもう、一度死んだ身だ。スルトが来なければ、あの夜ヘリアンに殺されていた。だから拾ったこの命を、今度こそアルルのために使いたい。


 ――お人好し。

 アルルによくそうやって揶揄されていたことを思い出した。

 つくづく自分でもそう思う。


「……あいつは今どこに?」

「大まかな場所ならわかるよ。驚くなかれ、彼女が監禁されていたのは君たちのテリトリーさ」

「俺の……?」


「正確な位置は現地に着いてからで大丈夫です。ナルヴィは鼻が効きますから」


 ドン、と効果音を背負って胸を張る少女。欲を言えば、もう少し大きければ良かったのだが……。


「……今猛烈におめーを殴りたい気分になりました」 


 半目でこちらを睨みつけるナルヴィ。

 なるほど、確かに勘が鋭い。

 

「……まぁいいです。時間もねーですし、さっさと行きますよ」 


 その言葉を皮切りに、ナルヴィの纏う空気が変わる。彼女の小さな体に魔力が集まり、淡い光となって包み込んでいく。手が、足が、人型のそれから強靭な獣の四肢となり、遂に四足歩行の狼へ変貌した。


「さぁ、乗ってください」

「……なぁ、ナルヴィ? お前に一つだけ頼みがあるんだが」


 ふいに蘇る一瞬の記憶。生身には耐え難い加速度を思い出して、自然と身震いする。


「イヤです」

「ボク、誰かのために自分を犠牲にできる男の人って、素敵だと思うな」

 

 にこやかな笑顔を張り付けたスルトに、狼の背中へ押しやられる。


「行きますよー!」

「ちょ――」


 俺の抵抗などお構いなしに、がっしりと固定される体。走行を開始するための予備動作。盛り上がる四肢の筋肉。大きな牙が覗く口から漏れだす、獣の吐息。


「れっつら――」

「ヒッ――」

 

 その瞬間、俺たちは世界を置き去りにする。


「ごー!!!」

「イヤアアァァァアアァ!!!?」


 くして俺は、人生で二度目のブラックアウトを経験することとなった。

 


***



「……ねぇ、耳とか取れてない? 死ぬかと思ったんだけど」

 

 ナルヴィの尻尾にはたかれて目を覚ました俺は、まず酷い頭痛に襲われた。脳の虚血による一時的な発作。防壁魔術を張っていてもこの有様だ。一般人にはまず耐えられまい。

 

 辺りを見回し、慣れ親しんだドブの臭いに顔をしかめると同時、どこか安心感を覚える。

 見覚えのある景色。この街の無法者たちが、膝と拳銃を突き合わせて暮らす、灰色とネオンのコントラスト。ミッドガーデンにおける快楽と退廃の象徴、北エリア。離れていたのは、ほんの一週間足らずであったにも関わらず随分懐かしく感じるのは、ここ数日で俺の人生でも上位に入るほど激動の時間を過ごしたからであろう。


「オメー人間の癖に意外とやりますね」

「あのさ、次はせめてヘルメットとか用意してくれない?」


 ナルヴィが大きく振り回す尻尾が、繰り返し頬を叩く。その度に脳が揺れ、折角収まっていたはずの嘔気に再び襲われる。

 それを知ってか知らずかイヌ科の獣らしく顎を突き出し、ひくひくと鼻先を動かしたナルヴィは思い切り()()()()()

「……ちっ。嫌な臭いがしますね」

「ご、ごめん……替えのパンツがなくて」

 

 もしかしてちょっと漏らしたのバレてます?


「……ちょっと黙っててください」

「マジごめん」


 頬に一際強い衝撃。


 冗談はさておき。

 昼前だというのに薄暗い路地。ひび割れた石畳に溜まった汚水へ群がる鼠と羽虫が、このエリアに暮らす人間たちの生き様を表している。捨て置かれた廃棄物から漂うカビと、加工食品の残渣から生じる腐敗臭。それらに混じって鼻をつくのは。

 それは、嗅ぎ慣れた悪臭。


「……血の臭い」

「えぇ、それと知らない人間の臭いが複数。恐らく追手のものでしょう」


 ちょっと転んで怪我をした、程度ではないだろう。撃って撃たれて、斬って斬られての果し合いでなければ、空気中に漂う鉄臭さは生じ得ない。それは一体、誰が発したものであろうか。この場所を根城とするアウトローたちが、微妙な均衡を保つ魔窟。そこに紛れ込んだ異物がいる。

 

 アルルは一体どこに――。

 鼻が効く、と豪語していたナルヴィに彼女の居場所を尋ねようとした、その時。


「――っ!」


 ここから少し離れた地点で、爆発音。遅れて突風が吹き、振動が鳴った。老朽化した建物の外壁が音を立てて細かい石材を降らせ、鼠が蜘蛛の子を散らしたように安全地帯へと逃げていく。

 


「アルル――!」

「あっ、ちょっと!」

 

 狼の鼻に頼るまでもない。そこに、アルルがいる。

 ナルヴィの制止の声を振り切り、俺は走り出した。

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