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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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閑話休題

あれから更に二日が過ぎた。

 スルト曰く、アルルは今この場所に向かっているということらしいが、今のところ状況に変化が見られない。


「あの子も今や潜伏を余儀なくされる身さ。ここに来るまでに追手を引き連れたままじゃ意味がないだろう?」

 

 教会からの刺客を撒く必要があると。どうも彼女の呑気な口調と、俺の想像するアルルの現状がマッチしない。何かできることはないかと問うが、大人しくしていろの一点張り。どうもヤキモキさせられる。

 俺を運んだように、ナルヴィに任せられないのかと提案してみたが、どうやら彼女は彼女で別に用事があるらしい。確かに、二日前とは違って、忙しそうに動き回っている様子だった。


 とにかく暇を持て余してた俺は、自分で出来る範囲の情報を集めることにした。


 まずは滞在場所。そもそもここが何処なのかすら知らない。窓が見当たらないため外の景色から得られる情報もない。円卓の近くに柱時計が設置されていたため、時間感覚を失うことはなかったのは幸いだった。

 二日前に二人の魔女と話をしたホールは、ちょっとしたダンスパーティが開けそうな広さだ。いくつかドアがあったが、そのほとんどは施錠されており中に入ることが出来なかった。一体どれが外界と繋がるのかもわからない。

 そのうち何ヶ所かは鍵のかかっていない場所があり、シャワールームや書物庫に繋がっていた。ナルヴィがよく出入りしているドアがあり、気になって中を覗こうとしたらナルヴィに思い切り殴られた。


「入ったら殺しますよ!」


 どうやら彼女の私室らしい。隙間から一瞬見えた空間は、一面ピンク色の壁と家具で埋め尽くされていた。その後、隙を見てもう一度侵入を試みたが、狼に変身したナルヴィに尻を噛まれたため断念。口をきいてくれなくなった。


 そういえば度々、彼女たちの姿が見えないことがある。部屋に引き籠っているのか、どこかへ出掛けているのかは定かではないが。

 食事は、二人が用意してくれた。出来合いばかりであったが、贅沢は言えない。円卓で食べても特に咎められないため、そこが俺の食事スペースとなった。がらんとしたホールで、味気ない食事。そういえば彼女らはいつ食事を摂っているのだろうか。


「んむぅ……。ん、軍服? ああ、キミのお察しの通りだよ。え? 盗んだわけじゃないってば」

 

 俺の疑問に答えるが如く、もさもさとパンを頬張るスルト。

 スルトの着ている軍服は騎士団で支給されるものだった。階級の低い騎士は上下白の制服と定められているが、少尉以上になれば黒の軍服を身に着けることが義務付けられる。俺が尋ねた際、フレデリクは随分ラフな格好をしていたため、実際そこまで規律に厳しいわけではなさそうだが。


「ボクが魔女だってことは、もちろん隠してたよ。意外と多いんだよ? 騎士として仕事をしている魔女は。今回の件で、ヘリアンには騎士団に所属していたことがバレちゃったから、そのうち彼女も動くだろうね。ま、その辺は()がなんとかしてくれると思う」


 スルトに尋ねれば、ある程度のことは教えてくれた。ただ、彼女たちの目的やアルルの過去など、核心の話になると上手く躱されてしまう。

 スルトもナルヴィも、ナリのことについては触れてこなかった。単に興味がないだけかもしれないが、それでも有難かった。まだまだ気持ちの整理はできていない。ヘリアンはナリを魔女だと言ったが、それも正直実感がない。都合の良い解釈かもしれないが、どうしてもナリのあの態度が演技とは思えなかった。


 あの夜からまだ五日。俺がベッドから起き上がってからの二日間、余計なことを考えずに済んだのは、今置かれている環境があまりにも現実感に乏しいものだったからに違いない。


「二人とも、ちょっといいかな」

 

  

 柱時計の針はまだ午前中であることを示している。寝起きでぼさぼさの髪を搔くと、周囲にフケが舞う。少し嫌そうに俺から距離を取るスルトとナルヴィに、内心傷つきながら彼女の言葉に耳を傾けた。


「ちょっと不味いことになってるかもしれないんだ。予想以上に、アウルゲルミルについた追手がしつこい」

「おいおい……」

「ゴメンね、ボクの見通しが甘かった……。ヘリアン、どうやら本気みたいだ」


 頭から雪を降らせている場合ではない。

 困ったように眉根を寄せるスルトの言葉に、ようやく俺は現実へ引き戻された。


 

***



「どどめを刺すべきだった、なんて言わないでくれよな」


 雪解け水が滴り、波紋を作る。レンガ造りの壁は冬の冷たさをダイレクトに伝え、割れた窓から流入する外気が体温を奪う。

 生活の痕跡が立ち消えた廃墟の群れ。北エリアに群生する見放されたアパートメントやモーテルが立ち並ぶ一画。残留思念すら残っていない高層建築に、新たな記憶を上塗りするように、フレデリクの声が響いた。


「どう考えても貴様の手当てが先だった。次に活かせればそれでいい。それで大尉殿、今後のプランは?」

「とにかく、撒き切るしかない。まったくどうかしてるな。今頃俺の上官が用意してくれた隠れ家で優雅にコーヒーブレイクのつもりだったんだが……糞、煙草も切れちまった」


 異端審問官オリヴェル・スカーシュゴードから、私を救い出した中年騎士のフレデリク。戦闘で負った傷の応急処置を済ませた私たちは、廃倉庫から抜け出し、彼の言う隠れ家へと向かおうとしていた。

 外の景気には見覚えがあった。慣れ親しんだ酸っぱい臭い。真っ当な生き方を辞めたロクデナシがひしめく犯罪の温床であり、私とアヤメの生活拠点でもある北エリアの廃墟群。


 その間を縫うように進む私たちの前に、追手が姿を現した。

 人数は目視できるだけで十人以上。服装、性別ともにバラバラ。共通しているのは、全身が黒い十字架をぶら下げているということだった。


 ――異端審問官。

 本来スタンドアローンで動く彼らが、徒党を組んでこの廃墟群に押し寄せてきている。物陰から様子を覗うと、顔の下半分をマスクで隠した男と、先ほど倒れたはずのオリヴェル・スカーシュゴードが何やら言い争いをしていた。

 

 順当に考えれば目的は私だろう。

 幸いまだこちらには気づいていない様子。

 気配を絶ち、足音を忍ばせ、彼らの目から逃れるようにこの廃墟へと避難することになったのである。 


「度し難いな。銃創を抱えた騎士に、魔法の使えない魔女。ここからどうやってハッピーエンドまで辿り着けるか想像もつかない」


 フレデリクの右肩と左腹部に巻いた布に赤く染みた血液。銃弾が貫通したお陰で、傷を穿ほじくる必要がなかったのは幸いか。

 彼の傷を考えると、いつまでもここに居るわけにはいかない。一刻も早く、フレデリクの上官とやらと合流して、治療を行うべきだ。


 思わず歯噛みする。魔力が満足に使えれば治療も、迎撃だってできたはずなのに。そもそもフレデリクだって撃たれることはなかっただろう。明らかに足を引っ張っているという事実に苛立ってしまう。


「ただの兵隊ならともかく、相手は異端審問官。それも複数だ。あのガラの悪い野郎も、ピンピンしていやがった」

「あの顔をみたか。大尉。何が何でも私たちを始末するつもりだぞ、あれは」

「しかもお仲間まで、ときた。流石にあの数からお嬢ちゃんを守り切れる自信はねぇな」


 絶望的な状況。通信魔術でアヤメとのコンタクトを試みたが、距離が離れすぎているのか、それとも何らかの干渉を受けているのか、ノイズが返ってくるばかりだった。


「ずっと思っていたんだが、そのお嬢ちゃんというのはやめろ。私のことはアルル様と――」

「――静かに」


 ――足音。

 建物を支える壁と、柱。それ以外は何もない空間。別の階の足音までよく響く。


 今こんな廃墟を訪れる人間は二種類しかない。

 追われる者と、追う者だ。


 近づいてくる。明確な意志を持って。

 階段を昇る音。それは、一つ、二つと増えていく。


 

 そして遂に――私たちのいる階まで。

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