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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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魔女に招かれて

 きらきらと星が零れ落ちるように輝く双眸に、暁色をツインテールにした少女。つかつかと、ハイウエストスカートを翻しながら早足で歩み寄ってきた彼女が、俺の顔を覗き込む。遠慮のない動作に思わず仰け反るが、それでもお構いなしに距離を詰めてくる。

 

「あまりにも起きてこねーから精神汚染でも受けたものかと思いましたが……症状はないようですね」

  

 年齢はアルルと同じくらいだろうか。きゅっと上がった目尻からは、勝気そうな雰囲気が醸し出される。


「あんたが何に対してそんなに腐ってるか知らねーですけど、助けた甲斐がなくなるからせめてナルヴィの前でくらい嬉しそうにしやがれってんです」


 ナルヴィ……とはこの少女自身のことだろうか。彼女の理不尽な言葉を血糖の足りない頭でぼぅっと反芻していると、何かを顔面に投げつけられた。

 思い切り鼻に当たった何かを手に取ると、それは水の入ったボトルと包装されたサンドウィッチだった。出来立てなのか、包装紙越しに温かさが伝わってくる。


「ここで死なれても困りますから、せめて何か口にしてください」


 じゃ、とツインテールを揺らしながら部屋を出ていく少女。随分とあっさりしている、というか彼女は一体誰なのだろうか。あの声はどこかで聞いたことがあるような気がするが……。

 食欲はない。しかし、包装紙から漏れ出る香ばしい匂いが胃袋を刺激した。体は正直である。少し震える手で包みを外すと、厚切りにされたパンの間から、こんがりと焼けたベーコンと卵が零れ落ちそうになり、慌ててかぶりついた。

 柔らかいパンとカリっとしたベーコンの歯ざわり、破れた卵黄が口一杯に広がる。一口食べたらもう限界だった。理性を失ったように夢中で貪っていると、とうに枯れたと思った水分がまた目頭を熱くした。

 


 食欲が満たされれば、思考も活性される。

 夢の中にいたような感覚から引き戻され、食べ終わった後、少しだけ泣いた。



 ***



「お、復活したね」

「……ふん、ナルヴィに感謝してください」


 空腹が少しマシになり思考が回るようになった俺は、とにかく現状把握に努めることにした。ここが何処で、自分をナルヴィと呼んだ少女が一体何者なのか。あの後、ヘリアンは、スルトはどうなったのか。


 ――アルルは無事なのか。


 足取り重たくドアを開けた俺を出迎えたのは、大きく溜息を吐くナルヴィ。そして、肩まで伸びた深紅を髪を揺らす焔心の魔女――スルトであった。

 

 ホールのような空間に彼女らの声が反響する。大きな円卓を囲むようにして配置された椅子に座る二人を見て、まず俺の中に芽生えたのは警戒心だ。

 事情はよくわからないが、スルトはヘリアンと敵対していた。つまりは教会に仇なす魔女であるということは揺るぎない事実。しかし俺を助けたと言うナルヴィと一緒にいるということは、少なくとも俺に悪感情を抱いているわけではないのだろうか。

 情報が少ない中で、いくら思考を巡らせても結論は出ない。


「体の調子はどうかな。君、三日間も臥せってたんだよ」


 俺を気遣うような言葉をかけてくるスルト。ヘリアンと対峙していた時と変わらない、どこか掴みどころのない態度ではあるが、その口ぶりからは少なくとも敵意は感じなかった。

 

「……あー、まずお礼を言うべきなのかな。あと一歩遅かったら、俺はきっとヘリアンにスライスチーズにされていたところだ」

「いやぁ、苦労したよー。あの子滅茶苦茶強いからさ。教会の防壁を維持しながらボクの魔力を上回ってくるんだもん。控え目に言って化け物だよね」

 

 彼女の言葉に、やはりあの惨劇が夢ではなかったことを実感させられる。

 ヘリアンの圧倒的な魔術の前に大立ち回りをしてみせたスルト。あの戦いがどういった結末を辿ったのかはわからないが、よくぞ生き残ったものだと思う。やはりスルトも魔女としては別格なのだろう。

 俺の謝礼に肩を竦め応えた彼女は、隣に腰かけたナルヴィへと視線を移す。


「ま、お礼ならナルヴィに言ってよ。あのお上品なティーガーデンにキミの墓標を立てずに済んだのは、この子がセジウィックばりの大逃走劇を成し遂げたからさ」

「そういうことです。理解したならナルヴィを崇め奉ってください」


 ツインテールをぴょこぴょこと揺らしながら、得意げに胸を張る少女――ナルヴィ。丁寧なのか不遜なのか、いまいち判断に困る態度ではあるが、その口調と声が俺の記憶と一致する。やはりあの狼は……。


「正直状況が呑み込めてないんだが……あの時、俺を背中に乗せてくれたのは君なのか?」

「ようやく気付きましたかこのボンクラ。第一印象に違わず察しが悪い野郎ですね」


 想像通りあの狼の正体は、目の前にいる少女。あの体躯を覆っていた体毛と、彼女のツインテールが重なった。

 変身、変化、模倣。きっとあれがナルヴィの魔法なのだろう。どういう仕組みかはわからないが、そもそも魔術とは全く違うプロセスで行使される魔法を理解しようという方が無謀な話だ。


 それにしても俺の周りにいる魔女は、なにか一言罵倒を付け加えないと死んでしまう呪いにでもかかっているのだろうか。強烈な既視感とともに、俺は相棒のことを思い出す。


「ええと、スルト……でいいんだよな。お前、アルルのこと知ってるんだよな」

「おい、ナルヴィを無視するなです」

「勿論。アウルゲルミルも、ヘリアンも古い友人でね。昔は皆それなりに上手くやってたんだけどさ、悲しいことに、いつからか仲違いしちゃってね」

「おーい」


 やはり既知の仲。しかし、こいつは今妙なことを言った。

 ――古い友人。つまりスルトは、アルルの失った記憶を、過去を知る人物であると。 


「……アルルは、無事なのか?」

「うん、捕らわれのお姫様、アルルはボクの部下が助けに向かったよ。もうそろそろここに到着するはずさ」

 

「……そ、うか」


 もういいです、と拗ねたように円卓に突っ伏したナルヴィを尻目に、胸を撫で下した。懸念事項が一つ解消できそうなことに安堵の溜息が漏れ、しかし同時に疑問が沸き起こる。

 まだまだ彼女たちを全面的に信じる気にはなれない。俺は、自分自身のことを異端審問官の中でも特に異端であったと思っている。異端審問官は、魔女狩りを生業としている。魔女狩りという言葉にはいくつかの意味が込められているが、基本的には魔女を処刑することで治安維持に努めよ、というのが教会から課せられた任務だ。

 その中で、更生の機会を与える魔女裁判なんて制度を利用していたのは、俺くらいだとヘリアンからは聞いたことがあるし、人間と魔女の境界線に疑問を抱えていたのは間違いない。

 しかしそれでも。

 恩知らず、と言われても仕方のないことかもしれないが、自分の置かれている状況を把握できていないうちに警戒を解くのは危険なことだと、よく解っていた。


「……なぁ、助けてもらったことに感謝はしている。だけど、俺はまだなにもわかっちゃいない。だから、その……」


 なるべくスルトの機嫌を損ねないように、言葉を選ぶ。言い淀む俺に、スルトはにこりと気の良さそうな笑みで返した。


「まだ信用できない、でしょ? キミの気持ちはよくわかるよ。とりあえずアウルゲルミルが無事に辿り着くまではゆっくりしててよ」


 上手くはぐらかされた気もするが、今は彼女の言葉に頷くことしかできない。

 次々と沸いては出る答えのない疑問に焦りを感じながらも、スルトの言葉に従うのだった。

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