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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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死地を過ぎて

「……クソ、どうなった?」


 ヘリアンが放った六つの光線。突風とともに生じた衝撃波は、ヘリアンの後方で這い蹲っていた俺を遠慮なく襲った。何重にも張った防壁が破られ、体が軋む。直接俺を狙ったわけではないにも関わらず、ただの余波でこの有様である。


 では直撃を受けたであろう、スルトは一体どうなっているのか。突然、ノコノコと敵の真っただ中に現れた魔女は、驕った魂ごとその身を消滅させてしまったのか。

  

 しばしの沈黙の後、閃光が立ち消え、炎が上がる。舞い上がる土煙とに遮られて、周囲の状況が掴めないが、恐らくは死闘続行。茶と灰色に染まった世界で、火炎が舞い、光が瞬く。

 その度に地面を揺らす振動と衝撃波が伝い、無様に這い蹲る俺を嬲っていく。


 正直、どちらが勝っても負けても構わない。あの魔女が絶好のタイミングで現れたお陰で命拾いはしたものの、過去にアルルと敵対したという事実には変わりない。それに今となってはヘリアンも敵だ。ナリを殺し、俺に剣を突き立てようとした冷酷なサディスト。勝手に敵同士潰し合ってくれればそれで良い。

 


 地面に転がった、刃が剝き出しとなった格納式ブレード。ナリの体をバターのように斬り裂いた刀身には、血の一滴だってついていない。


 魔力の残滓に反応して弱い光を放つ刀身を眺めていると、どす黒い感情が湧き出てくる。


 ――どうせこのまま逃げても、俺は追われる身となる。ならばいっそのこと、この隙に乗じてヘリアンを背後から刺し殺して、ナリへの鎮魂とするべきではないだろうか。

 


「……」


 わかっている。こんなものただの独り善がりだ。ヘリアンの言う通り、俺は意気地なしの偽善者。ナリのためと言いながら、それを利用して、自分の羞恥心と無力感を拭い去りたいだけのクズ野郎だ。


 ――そもそも俺の攻撃でヘリアンの防壁が破れるはずがない。


 今だって脳の中の冷静な部分が、逃げるための口実を探している。

 全部、自覚しているんだよチクショウ。結局そうやって迷って、戦うことも逃げることもしない、卑怯者。どっちつかずの半端者。


 目が熱を帯びる。ナリの死を見て、次元の違う戦いを見せられて、色んな感情がごちゃ混ぜになって、涙として排出された。

 思い返せば、失敗続きだった。下水道で出会った魔女だって、救うと豪語しながら結局は処刑されてしまった。神父見習いの少年は残留思念に取り込まれ行方不明。追い詰めたマフィアのボスには逃げられるし、好きになった女性は上司に殺されてしまった。

 そして仕事の相棒には愛想をつかされる始末。


 俺は一体何なんだ。何になれるんだ。


 考え始めると涙が止まらなくなる。今なら、声をあげて泣いても誰にも気づかれないだろうか。



「え、なんか泣いてるんですけど。キモッ」

 

 キモくねーし、ほっとけ。


「なんなんですか、悲劇のヒロイン気取りなんですか」


 だからほっとけっての。


「大体なんでこんな奴助ける必要があるんですか、全く……」

 

 は? 誰が助けろなんて言ったんだよ。いい加減ブツブツうるさ……



「……え?」

「あん?」 


 だ、誰?

 慌ててと涙を拭い、辺りを見回す。

 右、いない。左、いない。

 後ろ――


「おら、さっさとずらかりますよインポ野郎。今回だけ特別に背中に乗せてやります」


 狼と、目が合った。


「えぇ……」

「なにボサっとしてるんですか! ほらさっさと乗ってください!」

 

 その声は、確かに目の前の狼から発せられた。

 俺の身長よりも大きな体躯。少し開いた口からは俺の上腕と変わらない太さの牙が覗き、鋭利に尖った爪は地面を砕くよう捉えている。朝焼けの青と夕闇の紫が混ざったような不思議な色をした体毛を湛え、俺を見つめる目からは確かな知性を感じさせる。


 状況が呑み込めない。まず何故こんなところに狼がいるのかもわからないし、何故喋っているのかもわからない。わからないことだらけだ。果たして今日一日だけで、俺の感情や思考はどれだけ揺さぶられているのだろうか。

 

 しかし、体は生を求めて勝手に動く。

 混乱しながらも、狼の背中へと跨った。見た目よりも体毛は硬質であったが、乗り心地は存外悪くない。


「よし、ぶっ飛ばしますから振り落とされないようにしっかり捕まっておいてくださいよ。一応こっちでもサポートはしますから。あ、でも変なトコ触ったら後で噛み殺しますからね」


 狼の変なトコってどこだよ。声は女の子だけど、雌なの?

 え、それで誰なの? 敵なの? 味方なの?

 

 ごわごわとした体毛が伸び、俺の手足や体幹にハーネスのように巻き着く。なるほど、サポートというのはこれのことか。すごく便利な体ですね。


「あ、あの……」

「質問はあとです! れっつごー!!」

「ご、ごー!」


 狼の脚が大地を蹴る。

 

 その瞬間、世界が引き伸ばされた。景色がただの色彩へ変化し、夜色が後方へ流れていく。それを認識したと同時、体にかかる強烈なGにより脳が虚血状態に陥った俺は、すぐに意識を失ったのだった。



 ***



 それから、何日が経ったのだろうか。


「……」

 

 突然現れた狼の背に乗った俺は、意識を失っている間に何処かへ運ばれていたようだ。

 体がバラバラになりそうな程の加速度にブラックアウトした意識で、よくぞ狼の背中から振り落とされなかったものだと思う。狼の体毛により、余程しっかりと固定されていたのだろう。転落しなかったのは幸いであったが、首や四肢の関節がまだ痛む。ちょっとした鞭打ちのような症状だとは思うが、あれだけの速度で移動したにも関わらず、この程度で済んでいるのは腑に落ちないところである。



 俺は今、自分がどこにいるのか知らない。気がついたら、この部屋の中で寝かされていた。パイプのベッドに固いマットレス。あまり快適とは言えないが、疲労の蓄積した体を休めるには申し分のない環境である。

 壁も床も天井も金属で覆われ、隙間も窓もない。狭くはないが広くもない部屋は天井に埋め込まれた人工魔力灯のお陰で視界は保たれており、自由に動き回れるくらいのスペースはある。人間一人が生活する分には支障なさそうな空間だった。

 部屋の外とは、無機質なドアで隔絶されている。内鍵はついていない。外から施錠され監禁されているのかもしれないが、それもどうでも良い。


 なんだか、今まで起きたことが全て夢だったかのような感覚だ。アルルと喧嘩別れしたことも、大司教と魔女の頂上決戦を特等席で観戦したことも、人の言葉を話す狼に出会ったことも――


 ナリが死んだことも。


 あの光景がフラッシュバックする。あっさりと両断されたナリの体。あまりに現実感の乏しい記憶に、悲しいという感情もどこか希薄だった。気を失うまで、あんなに強い悲哀と自己嫌悪に支配されていたというのに、安全が保障された途端これだ。つくづく自分のことが嫌になる。


 だから俺は、ここが何処なのか、現状がどうなっているのか把握しようともせず、ただ固いベッドに転がって天井を眺めているのだ。ただ、寝て、たまに起きて、それを何度か繰り返す。腹は減っているような気はするが食欲はない。とにかく無気力に支配され、このまま死ぬのも悪くないと、そう思った。


 無機質な金属が張り巡らされた、冷たい天井。天井の継ぎ目が、打ち付けられたボルトが、誰かの表情を作って俺を恨めしそうに睨みつける。

 

「……仕方がないだろ。俺をそんな目で見るな」


 声が掠れている。

 わかっている。これはパレイドリアだ。異端審問官だのなんだの言われても、結局俺は何も守れず、弱いままだった。



 飲まず、食わず。寝るだけでもエネルギーは消費するし、脱水も起こす。じっと寝ているだけで頭痛に苛まれ始めた頃――


「……?」


 コツコツと、ドアの向こうから足音が近づいてくる。

 重怠い体をのそりと起こす。どれだけ体力が消耗していても、異端審問官として訓練された体は無意識に程よい緊張を作った。近づいてくる足音が一人分であることや、その音から主が小柄であること、銃器などの武器は所持していないであろうことまで、自然と分析が進んでしまう。


 万が一に備えて武器を探すが、いつも携帯している武装は、先日の戦いの中で失くしてしまったようだ。

 遠慮のない足音から敵意はなさそうだ、と予想を立てるが、油断はせずに正面のドアを見据える。

   

 「――」

 軽いノック。

 こちらの返事を待つことなく、ドアが開かれた。



「なんだ、生きてるじゃねーですか、このチンカス異端審問官。さっさと部屋から出てこいですよ」


 ツインテール。

 深い紫の髪を二つに纏めた少女が、その可愛らしい顔に似つかわしくない暴言とともに現れた。

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