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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
24/60

瑞光は暗闇の中で輝く

 体が沈んでいく。

 真っ暗な水の中。吐き出された酸素が気泡となり、上へ上へと昇る。呼吸が苦しい。藻掻けば藻掻くほど次第に自分の手足まで泡へ分解されていき、存在が希薄になりつつあるのがわかった。

 

 寒い。 

 頭が痛い。

 酸素が、足りない。

  


「う……」

 

 軽い、金属を叩くような音に深海から意識が引き戻された。

 目が霞む。喉が痛い。後頭部にずきずきと痛みが自己主張を繰り返している。二日酔いよりももっと酷い。目覚めとしては最悪。

 無意識のうち、痛みの発生源を押さえようとして――両手の自由が利かないことを自覚する。


 

 目を強く瞑り、そして開く。それを何度か繰り返すと徐々に視界がはっきりしてきた。違和感が徐々に遠のいていき、やけに視界が広いことに気づく。

 眼帯は、外れているらしい。


 まず視界に入ったのは、雑多に積まれた廃材。雪解け水だろうか、木造の天井の隙間から水滴が廃材へしたたり、規則的なリズムを奏でている。

 辺りを見渡しても、景色はそう変わらない。床も、壁も、正面にあるドアも木造。あちこちに廃材やドラム缶が転がっている。どこかの倉庫、廃材置き場のような空間だ。


 立ち上がろうとして、明らかな抵抗が返ってくる。どうやら、椅子に縛り付けられているらしい。椅子の背もたれに、後ろ手で縛られている。両脚の自由も利かない。

 魔術で手足の束縛を解こうとして――失敗に終わる。魔力が全く反応しない。何かで上から押さえつけられているかのように、ウンともスンとも。


「くそっ、ここは……どこだ。私はどうなった……」


 どれだけ意識を失っていたかもわからない。断熱性などとても期待できないような木造建築の所為で、冬の冷たさに身体が震えている。 



 私の名前は……アウルゲルミル。世界が羨む天才金髪美少女。一年前から異端審問官の男を下僕とし、世界征服まであと一歩のところまできていた。ちなみに異世界転生はしていない。


 よし。自分のことは理解できている。後はどうしてこんな状況になっているか、だが。

 確か、あのゴミムシがナリとかいう女と会って……。そうだあの女。あの女に正体を聞いて、それから――

 


 そこまで思考を巡らせた時、正面のドアが開き黒いスーツを身に纏った男が姿を現した。


「よォ、お目覚めかい」


 咥え煙草から舞う紫煙に、首から下げたブラックオニキスの十字架。陰鬱なこの街の空を体現したかのような灰色の髪。

 そして何より、その左目を跨ぐ縦一文字に刻まれた傷跡。

 


 忘れろという方が難しい、特徴的な外見をしたこの男は――。


「貴様は……」

「久しぶりじゃねェか、特例。俺のことを覚えていてくれたみたいで嬉しいねェ」



 『――オリヴェル・スカーシュゴード。先月から北区の魔女狩りを担当してもらっている異端審問官よ』



 脳裏に蘇る大司教ヘリアン・ヴァーリの言葉。長らく教会所属の異端審問官が不在であった北エリアに、新たに配属された魔女狩り。

 思い出されるのは下水の臭いと、皮膚の剝ぎ取られた子供の死体。そして、絶望の表情に染まった黒髪の魔女。

 

 そして思い出した。

 露店で魔法を使って逃げ出した後、私はこの男に背後から殴られて意識を失ったのだ。

 

 教会に対して、やましい事実は幾らでもある。ついむしゃくしゃして魔法を使ってしまったし、今が金色に輝く左目を隠す眼帯もない。


 遂に異端審問の対象となったということか。

 

 身を捩り、なんとか両手を自由にできないかともがく。


「あァ、無駄だ無駄だ。そりゃあテメェの首輪と同じ性質の呪物だ。クソババアの術式で縛られている以上、魔女には絶対に解けない」

「……」


 要するに封印。物理的な束縛ではなく、魔女の力を封じるための術式によって縛られているということか。

 ならば抵抗する意味が薄いことは理解できる。結局できることと言えば、嘆息し、目の前の男を睨みつけることだけ。


「そう、その目だ。相変わらずムカつく目をしてやがる。こんな状況だってのに、全部理解(わか)ってますみたいな、余裕に満ちたその目だ」



 私に向かって紫煙が吹きかけられる。べっこう飴のような独特な臭いに、思わずむせ返った。

 こうなった以上、私は断頭台で首を落とされるの待つ死刑囚だ。ならば出来ることは、助けが来るまでの時間稼ぎだが……。都合の悪いことに、うちのポンコツ異端審問官とは喧嘩別れをしたところだった。


「コホッ……で? 貴様が私を拘束しておく理由は? こんな幼気いたいけな美少女を縛り付けているところを、誰かに見られでもすれば社会的に終わるぞ」


「興味ねェんだよ、このガキ。自惚れるのも大概にしやがれ。テメェがあの半端者のダッチワイフだってことは教会の中でも有名な話だ。変態司教に売り飛ばしゃ、さぞイイ金になンだろうよ。 ……どっちにせよ、ここには誰も来ねェさ。俺と、お前と、あのいけ好かねェクソババア以外はなァ」


「フン、それで貴様は飼い主の到着をいじらしく待ち続けているわけだ。お留守番ができて偉いな? そら、お手をしてみろ。おかわりでも良いぞ?」


「あンまり調子に乗んじゃねェぞ、阿婆擦れ。あのババァからはテメェを処分しても構わねェと言われている。次余計なこと喋りやがったら、そのお上品な口がもう一つ増えることになるぜ」


 スーツの懐へ手が伸ばされる。取り出されたるは鈍く銀色を放つ銃身に、術式の刻まれた大口径リボルバー。

 これ見よがしに構えたソレの照準が、私の額を捉える。


「……」

「……あン?」


 視界の端に、僅かな動きがあった。


 奴の背後、木製のドアが静かに、ゆっくりと開いていく。

 私の視線の動きに気づいたか、オリヴェルが振り返ろうとした瞬間――

 

 ドアの隙間から、それが投げ込まれた。


「――! 閃光手榴弾!?」


 オリヴェルの足元に落下して、刹那。

 

 一瞬の強烈な光と耳をつんざく轟音が襲い掛かった。咄嗟に目を瞑り顔を背けたが、両手が使えない所為で耳が塞げない。封印のお陰で魔力による防御もできなかった。

 鼓膜が破れたのではないかと思うほどの、強烈な爆音。平衡感覚までもが機能不全に陥り、自分が座っているのか転がっているのかもわからない。光に対する防御も、目を瞑ったくらいでは足りず、瞼の向こうが白く染まっている。



 しかし、何者かに抱き抱えられた感触が、皮膚を通じて伝わってきた。

 


 ***



 どれくらいの時間が経ったのだろう。


 徐々に、白んだ視界に色が戻ってきたことで、自分が目を開けていたのだということがわかった。目線の先では規則的に地面が揺れている。

 木材を調達するくらいの感覚で、私の体を肩に担ぎあげた人物が走っているのだと理解できた。

 


「――どうだ? 鼓膜がやられてなきゃ、そろそろ聴こえる頃か?」


 はっきりと聞こえる。どこかで聞いた渋みのある声も、走っている割に抑えられた足音も、その体躯が揺れる度に起こる衣擦れも。頭が逆さまになっている所為で、血が昇りそうだということを除けば、概ね問題はない。

 今私を抱えているのは、閃光手榴弾を投げ込んだ人物だろうか。少なくとも、あのヤニ臭い異端審問官ではないことだけは確かだ。



「うむ」

「よし……お嬢ちゃん。間一髪だったな」


「お前は――」


 間違いない。この声を私は聞いたことがある。しかもつい最近。

 しかし、そこに疑問が重なる。


「おっと質問は後だ。あの野郎、流石にタフだな。もう追ってきてやがる。お嬢ちゃん、封印ソイツが消えれば魔力は使えそうか?」


 未だ縛られたままの両手足には、防壁魔術に長けた大司教ヘリアン・ヴァーリが仕掛けた封印の魔術。



「……万全、ではないな。初歩的な迎撃用魔術程度なら」

「上等だ。ここで止まるぞ」


 男の肩から、体が降ろされる。呆れたことに、この男は椅子ごと私をここまで運んできたらしい。

 辺りは薄暗く、声が反響する。倉庫、のような建物だろうか。広い空間にぽつぽつとコンテナやドラム缶が積まれている。


 男へ目を向ける。

 白髪交じりのオールバックをバッチリと決めた偉丈夫。目の下のクマは、以前会ったときよりも多少薄くなっているようだ。私を縛る封印をまじまじと観察しているその男――騎士団大尉フレデリクは、懐へ手を入れ何かを取り出した。

 

「よし、あいつの予想が正しければこれで……」


 フレデリクが取り出したのは、薄紫の液体が入った小瓶。コルクで蓋をされた液体が半透明に揺れる。


「飲んで、魔術が使えるようになったらすぐに、解毒しろだそうだ。トリカブトだってよ」


 彼の発した単語に眉を顰めて……しかし最終的に納得する。いや、正直この時点ではかなり懐疑的であったが、彼の指示に従い小瓶の中身を飲み干した。

 味はしない。代わりに焼け付くような痛みが口の中を暴れまわり、本能が拒否反応を起こす。

 しかし効果はてきめん。すぐに両手と両足が自由になり、体に流れる魔力の制御が可能になったことを実感する。毒が体に回るまではまだ猶予があり、すぐに体内の解毒に魔力を回した。


「……トリカブト、ヘカテイアの象徴か。ヘリアンの封印を解くにはあまりにも拡大解釈が過ぎるような気もするが……助かった」

 

 ついでに首元の逆十字まで消えてくれれば良かったのだが、アヤメの魔力を組み合わせて作られたそれを解くには、また異なるプロセスを踏む必要がありそうだ。

 相変わらず、魔力を行使すれば左目が疼く。鏡を見ればきっと、左眼は魔女特有の金色に染まっているのだろう。

 

 そこで改めて、彼――フレデリク大尉を観察する。

 彼が身に纏う、黒い軍服。金の刺繍が散りばめられた衣装。


 その服装に眉を顰める。

 思い出すのは――深紅の髪を湛えた、魔女。


 しかし、私の事情を知っていて、私を窮地から救った。その口ぶりからして誰かの入れ知恵があったのだろうが、魔術や魔法は専門外であるはずの騎士という立場でありながら、オリヴェルの仕掛けた封印に対処してみせた男。


 この男は……何故、どうやって私を助けた?


「お喋りはここまでだな。来るぞ、俺に任せて下がっていろ」


 不意に第三者の気配。

 私がそれを察知すると同時、フレデリクが立ち上がり、即座に戦闘態勢へ移る。

 腰に帯刀したサーベルが、抜かれた。



 軍服よりも濃く、黒い刀身。薄暗い倉庫の中でも一際その存在感を示す漆黒。しかし異質なのはその形状だ。

 普通のサーベルよりも遥かに大型の柄。持ち手の部分に銃の引き金のようなパーツ。そして柄から先の部分にはシリンダーを思わせる機構があり、そこから刀身が伸びている。

 一言で表現するならば銃剣。しかし奇妙ことに、その刀身には銃口がない。ではあれは、何を装填し何を発射するための機構なのだろうか。



「ったくよォ……。このオリヴェル様の不意をつこうなんざ肝の太い野郎が居たもンだなァ!?」


 反響するテノール。

 暗がりの中から足音もなく、ゆらりと姿を現した異端審問官。この男もまた漆黒。黒いスーツと同色のロングコートが、私たちを嘲るように揺れている。だらりと垂らした両手には二丁のリボルバーが鈍い光を湛えていた。


「その軍服、テメェ階級持ちの騎士だな? だったら俺が教会の異端審問官だと解ってねェはずないよなァ?」

「……さて、な」


「俺が魔女狩り執行中だってことは、おつむの足りないガキでも見りゃわかることだ。それでもなお邪魔するってンなら、ここからはオーケー牧場の殺し合いってことで構わねぇンだよなァ」

「……随分とお喋りな奴だ」

「あァ?」

「多くの言葉で少しを語らず、だよ。お前さんの程度が知れるぜ?」


「上等だよ、クソ野郎。テメェの墓には大マヌケって刻んどいてやる」


 ――静寂。

 二人の放つ気配が、硬質なものへと変貌していく。

 空気が引き伸ばされ、時間が圧縮される。息が詰まるような、一瞬。



 そして弾けた。 

 

 銃声。

 先手を取ったのはオリヴェル。二丁のリボルバーは、二人の間にある距離などお構いなしにその威力を発揮する。弾丸を纏う高濃度の魔力は、防壁魔術など簡単に引き裂き、その奥にある身体を抉るだろう。

 亜音速に至る大口径の弾を、その場から飛び退くことで避けるのは、片手にサーベルを握る騎士。銃口の向きとトリガーに込められる殺意を察知することで、回避の隙を最小限にと留めている。

 

 疾駆する黒い刃。

 そこに定められる照準。


 放たれる弾丸が空気を切り裂き、魔力の残滓を軌跡として残す。

 対するは跳躍とステップを駆使し、徐々に距離を詰める鋭い双眸。


 リロードは素早い。翻ったコートの中、ブレイクアクションしたリボルバーを後ろ手に交差すると、背中に装着したホルダーからシリンダー内へ弾が供給された。

 

 ほんの一瞬の空白を以て再度放たれる凶弾が、フレデリクの体躯を掠める。

 しかし、リロードにかかる一瞬の隙。ステップからの着地の反動を利用して、爆発的な加速で一気にその距離を詰めた。

 

 ショートレンジへ踏み込んだフレデリクは、低い姿勢から逆袈裟にサーベルを振り上げる。

 至近距離での相対を余儀なくされたオリヴェルは、それを片方のリボルバーの銃身で受け止め、もう一丁でフレデリクを狙う。

 

 二人の視線が交差する。

 目を見開いて獰猛な笑みを浮かべる虎と、鋭く細められた冷徹な瞳で牙を剥く狼。

 

 銃身に刻まれた術式。そこから生じる魔力でコーティングされたリボルバーは、最大威力で振るわれたサーベルの刃すら受け止める。

 

 それを目視したフレデリクがサーベルに備え付けられたトリガーを、引いた。 

 瞬間、淡い光がその刀身を覆う。


 しかし至近距離、既に構えられたリボルバーは確実にフレデリクの頭部を狙っている。

 対して受け止めた刃、魔力で強化された銃身の耐久値を越え、あっさりと切断される。


「――!」


 フレデリクは体を捩るが、連続して発射された凶弾が肩と腹部を撃ち抜いた。眉を顰めながらもしかし、その回避姿勢の勢いを利用して上半身を回転させる。

 刀身が黒く弧を描きながら、オリヴェルの胸を横薙ぎに斬り裂いた。


「ぐっ……!」

 

 だが浅い。

 距離を取るべく、オリヴェルは大きくバックステップ。

 そうはさせまいとフレデリクが追うが、銃創の所為で先ほどまでの勢いは既に失われてしまっている。

 明らかな失速を認め、オリヴェルの顔が愉快に歪む。


「終わりだなァ!?」

  

 引き金に力が加わる。


 その瞬間、私は魔力を解放した。

 封印が解けて間もない、微々たる力。

 それでも――光球一発を生み出す程度の時間稼ぎは、フレデリクが果たしてくれた。



「!?」


 所詮は初級魔術。 

 致命傷にはならない。精々軽い衝撃程度。

 しかし今はそれでも十分。

 光球は、オリヴェルの手に吸い込まれるように軌道を描き、リボルバーを弾き飛ばした。


「ナイスアシストだ、お嬢ちゃん!」


 既にショートレンジへ踏み込んでいたフレデリクが、がら空きとなった胴体へ上段からサーベルを振り下ろす。


 オリヴェルが更に目を見開く。今にも自分の体を斬り裂かんとする漆黒の刃から視線を外さずに。

 

 自信を守る術を失った異端審問官の体が、鮮血を噴き出しながら崩れ落ちた。

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