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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
22/60

裁きの日

 眼帯の下に隠れた左目が、熱を発するが如く疼いている。

 喫茶店でのやり取り、あの程度の何でもない防壁魔術を使っただけで、体に反動が返ってきていた。

 このまま魔力を使い続けたとき、私はどうなるのだろう。満足に力を振るえないもどかしさと、焦燥に、どうも精神が安定しない。


 これもナリとかいう女の影響かもしれない。

 恐らくは精神支配の一種。どうも自覚はなさそうだが、自然と他者をコントロールするような力を行使しているような気配が感じ取れた。長くあの女の傍にいれば、私も危うかったかもしれない。


 魔術を使えない人間にも、ああいった人種は存在することは知っていた。彼女らの持つ特異な性質は、F分の一ゆらぎ、カリスマ、などと表現される。



「……ちっ」


 人の気も知らず、この街は変わらず騒がしい。立ち並ぶ露店の一画では、鼻の周りを赤くした女性が手を暖めるべく息を吐きかけている。ホットワイン売り場には火が焚かれ、それを囲うように多くの人々が集まり笑顔で談笑していた。


 普段であれば無意識下での魔力制御により、自然と周囲の温度を最適化しているため気温の変化など気に留めもしなかったが、魔力の使用を控えて以来、寒さというものをかなり身近に感じるようになった。


 体が自然と、焚火の傍へ吸い寄せられる。


「マスター、ホットワインをいただこう」


 客と談笑していた店主に声をかけ注文する。ホットワインには、アルコールの他に香辛料が含まれていたはずだ。体内に摂取すれば、一時的に寒さは凌げるだろう。


 私の言葉に、露店の店主がきょとんとした顔を作る。

 聞こえなかったのだろうか、もう一度注文を繰り返そうとした、その時。

 時間が止まったように感じた次の瞬間、堰を切ったようにその場にいた何人かが大きな口を開けて笑い出した。

 

「くっ……だはははは!! っくく、こりゃ失礼。お嬢ちゃん、いやご麗人。すまないがホットワインってのは怖い飲み物でな。アソコの毛が生えないうちに飲むと、ションベンが真っ赤になるってのはハイスクールに上がる前のガキでも知ってる話だ」


 一画に突如起こった笑いの渦に、何事かと通行人も足を止めてこちらを注目する。


「……」


「何が言いたいかっていうと、まだ君には早いよお嬢ちゃん。ほら、そんな怖い顔しなさんなって。ここで暖を取る分には構わないから、あっちで甘ーいミルクでも買ってきな」


 余程面白かったのか、喋りながら唇の端を痙攣させる店主。

 

 普段の私であれば、軽い皮肉やジョークを返していたかもしれない。

 しかし、今日の私は苛ついていた。


 無精髭に雪のついた、汚い面。

 何故か無性に心がざわついた。



 疼く左目にお構いなく、魔力を全身に循環させて。

 それを一気に放出する。


「うおおっ!!?」



 絶対零度――氷の魔法。

 物理法則を無視して表出された冷気は、一瞬にしてホットワイン売り場と、焚火の周りを凍り付かせた。


 瞬きの間に変わり果てた周囲の景色を唖然とした表情で見る人々の目が、そのうちに恐怖や怒りといった感情に染まっていく。

 他の露店に居た人や、通行人も遠巻きにこちらの様子を覗っている。



 後悔が襲った。

 今更になって冷静になった頭が、街中で魔法を行使してしまったという事実に支配される。


「な、魔術……? あっ、おい待て!! 誰か、その子を捕まえてくれ!!」


 幸いにして、魔術だと勘違いしてくれたようだ。

 踵を返して、その場から駆け出す。


 

 足が鉛のように重たい。

 空を飛べないのは不便だ。空気抵抗が、自分の体重が、こんなにも足を引っ張るなんて。 

 頬を切る風が冷たい。耳たぶの感覚が鋭敏になり痛みを伝えてくる。

 

 身体的にも、精神的にも、こんな痛みを感じるのは、久しぶりだった。

 アヤメからは魔法も魔術もはしばらく使うなと言われていた。体の負担になるからと、心配そうな顔で。



「……お人好しめ」


 アヤメに対して、厳しいことを言った自覚はある。

 だが、それだけあの女は危険だった。ナリから感じ取れた僅かな魔力の残渣。それが無害であればどうでも良かったが、彼女の魔力からは嗅ぎ慣れた血の臭いがした。


 どういったプロセスを経て生じた現象かはわからないが、恐らくナリはアヤメの感情、精神に干渉している。


 精神操作系の魔術であれば、先のアヤメの態度も仕方ない部分もあるかもしれない。だがそれでも。あいつは私の忠告を無視し、あのナリとかいう女の味方をした。


 それに、無性に腹が立った。

 もやもやと心の中がすっきりと晴れない。これはここ数日で常に、私の中に居座った感覚だった。



 しばらくの全力疾走の後、路地裏へ姿を隠し、呼吸を落ち着けながら通りを警戒する。

 どうやら、見える範囲には私を追う者の姿はなく、ようやく安堵する。


 

「……くそ」

「――相変わらずお上品な言葉遣いだなァ?」


 大きく息を吐いた瞬間――。

 背後から、男の声。


「っ!?」


 振り向こうとして、頭部に衝撃に走った。


 視界が揺れる。

 次いで上半身と顔に受けた衝撃で、地面に突っ伏したことを理解したと同時に意識を失った。


 

***



『これは集団粛清で処刑された人たちのリストです』



 指輪デバイスを通じて、正面に座るナリへ思念を送る。

 アルルがこの場を去って、俺はようやく本題へと移った。俺が騎士団の伝手で入手した、ナリの両親の生死に繋がる資料。

 


「っ! これって――」

『声は出さないで。内容が内容なので、他人に聞かれるのは避けたい』


 口を抑えながら、ナリはテーブルに置かれたファイルを凝視する。


『一応、俺も中身は見ました。ただ、君の目で直接見てほしくて』

『こんなもの、一体どうやって……』

『言ったでしょ。俺は教会や騎士に顔が利くって』

 


 集団粛清において魔女狩りが行われる中、教会や政府に消された()()()()()()が記されている可能性がある資料。

 いち異端審問官程度に閲覧、ましてやコピーとはいえ持ち出すことなどできないであろう代物。それが今、目の前にある。一般的には公開されないはずの資料。反教会、反ヘリアン勢力にとっては喉から手が出るほど欲しい文書だろう。

 あの中年大尉が、一体どのような経由でこんな爆弾を手に入れていたか定かではないが。


『あなたは、一体……』


 彼女の疑問を適当にはぐらかし、俺がファイルへと目線を促す。緊張からか、ナリが震える手でページを捲る。一文字一文字、しっかりと確かめながら、そこに記された名前を追っていく。


 しばらくページを捲る音だけが続き、俺の前に置かれたコーヒーカップが空になった頃。



『……ない』


 ページを捲っては戻ってを繰り返していたナリが、遂にその全てに目を通したようだ。


『ええ、ウールヴル姓に該当する人物はその中には見当たらなかった』


 そう、モルガン大学院で魔女に関する研究をしていたナリの両親。その名前は、この資料には記されていなかった。


『じゃあ……』

『ナリさん、君の両親は生きている可能性がある』


 勿論、そこに載っているものが全てではない可能性もある。不都合な真実があるとして、それをわざわざ残しておくかというのも疑問が残るところではあるが……。


「っ……」


 彼女に目に涙が浮かぶ。


「あ、わ……私、そんな……でも」

「もう生きてないって、思ってた……。でもっ……」


 通信魔術を使うことも忘れ、しゃくり上げるように彼女は泣いた。

 七年前に消息を絶った両親。それだけの月日が流れれば、心のどこかで諦めも芽生えたに違いない。悲しかっただろう。辛かっただろう。広い家に独りぼっちだった彼女は、一体どんなことを思いながら、この七年という月日を歩いてきたのだろう。


「これで一つ希望が見えました。あとは、どこに居るのかを一緒に探しましょう」

「あ……ありが、とう……!」

 

 明日から、今度は本格的に両親の手掛かりを探すことになる。

 まだ、生きているとは限らない。でも死亡したとも限らない。少なくとも、このファイルがそれを証明した。今日のところはこの事実だけで十分だろう。


「今日は帰りましょう。家まで送りますよ」



 ***



「アヤメさん、今日のこと本当にありがとうございます。実はもう、半分以上は諦めてたんです。だって七年も消息がわからなくて、もう処刑されたんだって。でも、心のどこかで引っかかってて……。でも、アヤメさんが私のために動いてくれて。なんだか、本当に希望が見えてきちゃいました」


 俺たちをヴァナ区まで送り届けたキャブレター車が去り、その場には俺とナリの二人だけが残される。

 日が落ちたヴァナ区の住宅街は、点々とした街灯が足元に積もった雪を照らし、不自然なほどに静けさを保っている。住宅同士の間隔が広いために、窓から漏れる光も住民の声も届かず、まるで世界に二人だけが残されたかのような錯覚さえ覚えた。 


「……私も、頑張ろうと思います。私なんて、何の力もない人間だけど……それでも精一杯」


 齢十三という若さで家族を失うという絶望を味わった彼女は、それでも希望を捨てず今日という日を迎えた。辛かったであろう。淋しかったであろう。

 でもこれからは、孤独を抱えて生きてきたナリを俺が支えたい。もう一人で戦う必要はないのだと、そう伝えようとしたとき――。


 ふいに、俺の体が彼女に引き寄せられた。彼女の細い腕が、俺の体を抱き締める。薄紫の髪が胸元に当たり、ふわりと香る。俺の胸に顔を埋める彼女の体は、見た目よりもずっと小さく感じた。


「……はしたないって思いますか? でも、多分初めて会ったときから私きっと――」

「……」

 

 無言で彼女を抱き締める。

 白いセーター越しに彼女の体温と心臓の鼓動が伝わってくる。



「今日だって本当はずっと一緒に居たい。でも、アルルさんを怒らせちゃったから……」

「……いいんですよ。あんなわからず屋放っておいても」


 脳裏に浮かぶのは、去り際に一瞬アルルが見せた悲しそうな顔。あいつのあんな表情を見たのは初めてだった。

 ちくりと、一瞬胸に棘が刺さったような痛みが走る。今頃あいつはどこに居るのだろう。

 でもそれもナリの声を聞いていると、思考が霞がかったように全てがどうでも良くなってくる。


「ううん、だめよ。だって大事な助手さんじゃない。今日は帰ってあげて。今頃きっとお腹を空かせているわ」




「――ああ、その手間ならもう必要ないわ」


 その声は質は、平穏なヴァナ区の住宅街に響くにはあまりにも不釣り合いだった。

 その声の主は、何人もの武装兵士を引き連れて突如現れた。  



 いつの間にそこにいたのだろう。


 音も、気配もなく、俺たちを包囲するように展開する兵士たちは、皆一様に黒衣を身に纏い夜の闇に同化していた。

 彼らの抱える自動小銃。その全てが俺たち二人に銃口を向け、一切の有無を言わさぬ圧力を生じさせている。


 思えば、日が落ちているとはいえ、ここはあまりにも静かすぎた。

 たとえ閑静と言えど、あまりにも人通りがなさすぎる。


 なぜ、そんなことに気づかなかったのか。


 突然のことに、一瞬頭が空白になる。しかし訓練されたこの体は、最適解を導き出すために、自然と相手の数と距離、地形を把握するべく視線を巡らせた。


 懐に隠した格納式ブレードの柄に手をかけようとして、悟る。

 ――抵抗は、不可能。


 包囲は完成している。

 今俺たちの体が穴あきチーズのようになっていないのは、()()相手に殺す意志がないからだ。

 ならば現状で俺にできることは状況の理解が追い付かず震えるナリの体を支えることだけ。



 こいつらは一体何者だ。

 なぜ、こんな状況に陥っている。


 マフィアの意趣返し? それとも資料を持ち出したことが、騎士団にバレた?

 そうだとして、あの中年大尉は無事なのか?


 狙いは俺? それとも……。


 逆行する思考に沈みかけたその時。


 視線の先。ふいに包囲が割れた。

 その中から、一人の女性が堂々とした佇まいでこちらへ向かってくる。

 薄闇の中、目を凝らす。それは見覚えのある姿だった。

 


「二人とも、手を頭の後ろに回して這い蹲りなさいな」


 その名を、ヘリアン・ヴァーリ。 

 教会という巨大組織の実権を掌握する大司教が、その姿を現したのだった。

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