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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
19/60

Lolly to me !

――寒い。

 

 吐いた息が薄く、白く虚空へ解けていく。


 かじかむ手に反して頬は上気し、僅かだが呼吸数が上昇している。

 背にしたレンガの壁から伝わる冷気が心地よく、立ち上がるのを躊躇わせた。少し離れた地点から響く爆発音が体を突き上げるように振動する。

 所々破れた黒い軍服から覗く四肢には新鮮な傷が見え隠れし、痛みとして自己主張を繰り返している。


 身体の震えが止まらないのはこの気温の所為か、それとも体内から血液が失われたからか、或いはその両方だろうか。どちらにしても、いつまでもここに蹲っているのは得策ではないだろう。


 日の当たらない陰鬱とした路地裏には鼠が徘徊し、ほんの少しだが積もった雪に足跡を残す。それをぼうっと眺めていると、自分の今までの生き方や他人との接し方が間違っていたのではないかと、そんな考えが頭を掠めた。


 今の生き方を選んだのは、とにかく人の役に立ちたいと思ったことがきっかけだったように思う。その考えがいつ、どこで、芽生えたかものは定かではないが、少なくとも他人に強制されたものではないことは確かであった。


 勧善懲悪。迷える者には救いの手を。


 特別に取柄の無い自分にも守れる物があるのだろうか。

 そんな疑問を晴らすべく、あの日騎士団の扉を叩いた。  


 思えば幼いころの自分は、他人のために生きてきたような気さえする。少なくとも、今手にしているサーベルで誰かを殺すために生きてきたわけではない、と思う。


 一体どこで何が狂ってしまったのか。

 娼婦の首に手をかける、マジックドラッグの禁断症状に襲われた父親を灰皿で殴り殺した時? それとも下品でクソッタレたれな上司に言われるがまま、無実の少年の手に手錠をかけた時?


 今となっては、見当もつかない。

 

 気持ちを落ち着けようと、煙草を咥え火をつけた。     

 揺蕩う紫煙を見ていると、次第に思考がクリアになる。急かすように響く衝撃に尻を突き上げられ、やれやれと独り言ちながら立ち上がった。黒い軍服の裾に付着した、茶色の混じった雪を払う。


 手は冷たくかじかみ、少しでも体温を上げようと筋肉が収縮と弛緩を繰り返していた。息を吐きかけ、手を揉み込む。


 出血は止まっている。魔力の循環も問題ない。

 正義執行のための刃を振るう分に支障はないと判断した。



 今の生き方を選んだのは、とにかく人の役に立ちたいと思ったからだ。それがたとえ血と臓物の匂いに塗れたものだとしても、何処かの誰かの役に立てれば良いと、そう思う。



 ***



 床に散らばった酒瓶とアダルト雑誌の山を掻き分け、クロゼットから厚手のコートを取り出す。身に纏うカビ臭さを誤魔化すために消臭剤を振りまくと、ミントの粒子が喉を刺激し思わず咳込んだ。

 

「なんだ海洋プランクトン、出かけるのか?」

 


 ――冬にトキメク絶品スイーツ! 隠れ家的ケーキダイニング☆


 スナック菓子を摘まみながらベッドにうつ伏せとなった金髪碧眼の少女が、女性誌の特集ページから目を離さないまま口を開いた。

 普段のフリルワンピースを脱ぎ捨てラフな格好をした彼女は、自称天才金髪美少女アルル。彼女には少々大きすぎる俺のTシャツを着た彼女は、長い裾からはみ出た人形のように白い脚をぱたぱたと揺らしている。


「ああ、ちょっと中央にな」

「ほう、休暇中にも関わらずミサへと洒落込むと。いつの間にそこまで信心深くなったんだ」


 毒々しいピンクの着色料に塗れた、砂糖の塊のようなスナック菓子を咀嚼しながらページを捲る少女。

      

「あー……教会じゃないんだ。いやちょっと調べたいことがあってな……七年前の件で」


 少し言い淀む。

 後ろめたい事情があるわけではないが、アルルにはナリと出会ったことを話していたなかった。

 そこで初めてアルルがその顔を上げ、その右目が俺を捉えた。少し思案するような表情を浮かべ、じっと俺を見つめる碧眼。

  

「七年前……といえば対魔女集団粛清作戦があったと聞いているが、今更そんなことを調べてどうするつもりだ?」


 心なしか、アルルの口調も厳しく感じ、なんだか咎められたような気分になる。

 

「なんだよ、アルル。今日はやけに詮索してくるじゃないか」

「む……。いや、すまない。そんなつもりはなかった」


 うへぇ……?

 あの傍若無人を体現したようなアルルが、俺に謝っただと。 

 

 驚天動地。

 思わず耳を疑い、彼女を二度見する。

 

 今日は雷でも落ちるのか?

 いつもの自信に満ちた彼女の表情は鳴りを潜め、逡巡するようにその視線は揺れている。


「……わかっている。私は別に貴様の保護者ではないし、むしろ立場としては本来逆、だ。ただ最近は、その……私も私自身のことを省みる機会があった。自分自身のことをもっとよく知りたいと、そう思うようになった」


「アルル――」


「アヤメ、貴様の手を煩わせるつもりはない。どちらにしても満足に魔力を振るえない今の私は戦力外だし、少し自分を見つめ直そうとしていたところだ。要するに」


「私も連れていってほしい」


 …………

 ……

 … 


 寒空の下、俺とアルルは街へと繰り出した。

 

 珍しく快晴。

 昨日までの曇天はどこへ行ったのか、口を開く度に白い息が冬の澄んだ空気に溶けていく。眩しい太陽光が陰鬱だった街を照らし、すっかり積もった雪を溶かしていく。

 貴重な天然の明かりに普段よりも街は活気づき、メインストリートは人でごった返していた。

 

 中央エリア――アルフヘイム区。 

 ミッドガーデンにおける巨大組織のひとつである騎士団がその本拠地を構える区域。教会が対魔女に特化した組織であるとすれば、騎士団は人間に対する治安維持活動を主に行っている。


 云わば警察組織。

 少数精鋭、個の力で魔女の対処に当たる異端審問官とは違い、騎士たちは集団の力を以て、人間の起こす事件や事故を解決するべく日々鍛錬を積んでいる。

 


 アルフヘイム区では、落ち着いた教会の周辺とは少し異なる様相を呈し、露店やファストフード店が立ち並んでいる。適度にラフで治安も良い騎士団のお膝元は、中央エリアでは最も人口の多い地域であった。

 マフィアによる不法なショバ代の取り立てや、チンピラ連中による強盗被害などの心配なく、安全な商売ができるアルフヘイム区は商業の中心地としても機能している。

 ショッピングを楽しむために行き交う人々に混じって、上下白で揃えられた制服の腰に、サーベルを帯刀した騎士の姿がちらほらと伺えた。


「ほう、随分賑やかなのだな」


 裾に白い花の刺繍がなされた臙脂色のポンチョを着込んだアルルが、キョロキョロと興味深そうに辺りを見渡している。

 

「あれ、お前ここに来たのは初めてだったか?」

「特に用事もなかったからな。しかし以前からここには是非来たいと思っていた」 

  

 初耳だ。


「へぇ? ここにお前の過去に関わる何かがあるのか?」

「過去? 何を言っている。この街に流通する商品はここの騎士どもの検閲を必要とするのだろう。そして無事に認可された物がまずアルフヘイム区に並び、順次他のエリアへ流通していく。云わばここは流行の発信地だ」

 

 答えになっていない。

 しかしお構いなしにアルルの力説は続く。 


「ここは激戦区。日々職人パティシエたちがその腕を競い合いながら、より高みを目指している。美しいではないか。お互いに切磋琢磨し、育まれていく魅惑のスイーツの数々! ああもう! 想像しただけで辛抱たまらん!! ほら、いくぞアヤメ! 私の体が甘味を求めている!!!」



 は?


「ちょ、ちょっと待て……」

「貴様は余計なところで財布の紐が固いからな! この前の報酬も入ったことだし今日はパーッとやろう! な? な!?」

 

 さっきのしおらしい態度は何処に行った?

 自分を見つめ直すって言ってなかった?

 

 ぐっと拳を握りしめるアルル。

 その手に丸められた、雑誌の切り抜き。



 やられた。


 その右目をキラキラと輝かせながら意気揚々と歩き出す彼女の背中に、思わず溜息が漏れるのであった。

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