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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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邂逅

「文書、確かに受け取ったわ。報酬はあなたの口座に振り込んでおくから、後で確認しておいて頂戴ね」


 

 教会の保有する機密文書――通称「黄金の林檎」を巡る戦いから一夜明け、俺は中央エリアに本拠地を置く教会へと戻ってきていた。

 昼間だというのにカーテンを閉め切った部屋は、常に暖かな人口魔力光に照らされ、長い時間ここに居ると時間感覚を失いそうになる。



「随分大変だったみたいね。マフィアが囲っていた魔女――スルトだったかしら。取り逃した奴の足取りは全勢力を以て追跡させるつもりよ。この街を生きて出ることは絶対にないわ」

 


 伸びた爪をやすりで削りながら、淑女然とした口調で物騒なことを話す女は、大司教ヘリアン・ヴァーリ。

  

 今だ男性優位の考えが根付く教会という組織を物ともせず、その圧倒的なカリスマで大司教という地位まで登り詰めた女傑。


 魔術について深く精通し、彼女の構築した防壁魔術は世界でも有数の堅牢さを誇る。攻撃力に関しても、同じく強力な魔術を操り、過去に起きた大規模な魔女狩りでは、当時尼僧という立場でありながら数多の魔女を処刑したという。

 


「なーにあなた、今日は随分小さく見えるけど、何かあったワケ?」 


 その影響力は勿論今でも健在であり、教会に対して不逞を働いた者へは容赦なくその牙を剥く。今回文書を持ち出した張本人である司教コニー・アッペルバリは既に拘束されたらしく、今頃壮絶な尋問――いや拷問を受けていることだろう。



「は? 殺す? あなたを? わたしが? どうして?」


 しかしながら、前述のように男性優位の考えが蔓延る教会では、自分たちの上に女性が君臨するという事実を認められない者が多いのも事実。

 反ヘリアン派と呼ばれる彼らは、ヘリアン失墜を目的として日々(はかりごと)を巡らせることを生き甲斐としているらしい。誰が反対勢力なのか、ある程度は把握しているようだが、なかなか尻尾を出さない彼らにヘリアンも苦労しているようだ。



「あぁ……テオーのことは、私の落ち度だったわ。あなたたちに同行させたのは、経験を積ませる意味合いが大きかったのだけれど、相手を見誤った。安心して頂戴。北エリアの魔力の流れが戻り次第、捜索隊を出すわ。むしろあなたには感謝しているくらいよ。ゴーストの迅速な討伐のお陰で、汚染災害の被害拡大を食い止めることが出来たといっても過言ではないわ」

 

 今回の動機も、ヘリアンの失墜を狙ったであったとの見方が濃厚だ。

 

 ――ひとつ気になる点としては、どうして今更こんなにも分り易い方法を実行しようとしたのか、という点だ。

 歓楽街の情報屋や思念観測など、司教コニー・アッペルバリの足取りは、実に容易に追うことができた。

 


「追加報酬? あらごめんなさい、手が滑ったわ」

 

 司教コニー・アッペルバリのはかりごとと、調度そのタイミングでマフィアに囲われた魔女。

 マフィアがあの文書を求めた理由は?

  


「ところで、今日はあなただけなのね。折角だからアウルゲルミルの顔も見たかったのだけど」


 或いは、本当に文書を求めたのは魔女であり、マフィア利用された?

 考えれば考えるほど、そっちの方が自然な気がしてくる。


 ただ腑に落ちないのは、その文書を置き去りにして魔女が姿を消したという事実。


「別に理由なんかないわよ。ふふ、そんなに私があの子を気にするのがおかしいかしら? まぁいいわ、《《封印》》もしっかり機能しているようだし、あの子が教会の利となる内は、面倒を見るのが筋だもの」


「さて、そろそろ礼拝の時間ね。今日はゆっくり休んで頂戴。その内また仕事を任せると思うわ」



 ***



 ――伏魔殿パンデモニウム

 

 誰かがこの街のことをそう例えた。


 様々な勢力が膝を突き合わせて、牽制し合うことで微妙な均衡を保つ街。

 政治、信仰、商業の中心である中央エリアでは、矮小な人間を見下ろすように巨大建造物が立ち並ぶ。しかし表向きは華やかに見えるその景色も、中を開けてみれば腐った泥のように不快な臭いが嫌でも鼻につく。


 飢えた獣のように目を光らせた悪魔たちが、相互利益を建前としながらお互いを監視し合っているのだ。


 外にも内にも、敵。

 本当の意味で信頼できる者たちが一体どれだけいるのだろうか。

 疑心暗鬼にその身を支配されながら、しかし唯一この場所だけは全てから解放される。

 

 自分が一から育て上げた兵士と、その他信頼のおける極一部の者のみが出入りを許される場所。 


 殺風景な執務室。

 

 元々物は持たない主義だ。欲しいものは欲しい時に手に入るし、必要以上に荷物を背負ってノロマになるのは御免だ。


 この街では、弱みを見せた者からその生命を散らしていく。

 


 騒がしい異端審問が去り、しんとした空間が戻ってくる。


 大司教ヘリアン・ヴァーリは、鴉の装飾がなされた椅子に腰かけたまま人工魔力灯の光に一枚の写真を透かす。

 その写真に写る人物――小憎たらしい笑みを湛える赤髪の魔女。



「……忌々しい女だ」


 異端審問官が報告書とともに差し出した写真をぐしゃりと握り潰す。

 大きく息を吐き、その指にはめた指輪デバイスへと魔力を満たした。



「……ハロー、ご機嫌いかがかしら? そう、私よ」


『――』


「ええ、話が早くて助かるわ。そう、例の件であなたにお願いしたいことがあって」

「あの子の周りで動きがあった。あなたには引き続き監視と、必要と判断すれば然るべき処分を」


『――』


 ヘリアンの視線が、机に置かれた黒銀職の箱へ移る。


「ええ、また定時報告で。それでは」


 会話が終わると同時、指輪への魔力供給が失われた。

 


「さて、最後に笑うのはどちらかしら」



 殺風景な執務室。

 大司教ヘリアン・ヴァーリは、静かに嗤う。


 

  ***

 


 どうもみなさん、俺です。


 本日、ミッドガーデンに初雪が降り本格的に冬の到来を知らせました。

 最近は魔女絡みの事件続きで、街にも暗い雰囲気が漂っていましたが、真っ白な雪が積もるだけで少し活気が戻ってきたように感じます。


 さて、教会の大司教様から依頼された仕事を終えまして、かなり懐事情が改善されましたので、本日は平和な中央エリアでショッピングに洒落込もうと思っている所存であります! 敬礼!!


「んふふふ……」


 口座に振り込まれた金額を確認して思わずエレクチオン。

 思わず笑みもこぼれるってもんですよ。


「なにあの人キモっ」

「こら、見ちゃいけません!」

 

 おっと失礼。

 愚息の元気が有り余ってるもんで。

 

 通りすがる親子から冷たい視線を浴びても関係ねぇ。

 今日の俺は無敵だぜ。


「騎士に通報したほうがいいんじゃないの?」

「うわ、ヘンタイだ」


「……」

 


 街を守る異端審問官に向かって失敬な。

 だが郷に入っては郷に従えだ。

 静まり給えマイサン。


 軽蔑を含んだ群衆の目からそそくさと逃げ出し、真っ白な雪を纏った街路樹の下を通り過ぎていく。


 俺の住まう北エリアとは違い、ここでは非常に高い水準で治安が保たれている。


 街中の公共施設や植えられた木々が荒らされていないだけでも、騎士の皆様による治安維持がなされていることが伝わってくる。

 

 俺の住処といったら、新しく店を構えればその日の内に強盗が押し入り、何も知らない余所者が踏み入れれば、身ぐるみ剝がされるどころか臓器まで盗られて売られてしまう。

 現在北と中央の間には騎士が常駐し、人の出入りを監視しているが、最近お役人の間では、エリアを隔てるために馬鹿でかい壁を建設する話も挙がっているらしい。 



 しばらくの引き籠り生活で消費した食料と日用品を目的にマーケットへ向かう俺の横を、子供たちが無邪気に走り抜けていく。

 体の芯から冷えそうな空気を物ともせず、笑顔ではしゃぐ少年少女。

 


 ははは、転ばないようにな。

 

 ああ、平和っていいよね。

 間違っても北エリアには来るなよ。



 ***

 


 目的の建物に到着した俺がドアをくぐると、人工魔力灯の柔らかな光と暖かい空気が体を包んだ。


「あったけぇー」


 スーツ一枚と、明らかに季節感を間違えた服装には冬の外気は堪える。

 

 建物全体を覆う術式が熱を発し、その熱から生まれた魔力が再び術式を活性化させる。

 ビバ永久機関。

 政府お抱えの天才様が作った魔術は、瞬く間に人々の生活を豊かにした。



「んーこんなもんかな」

 

 シャンプーそれからトイレットペーパー。

 お肉、お野菜に保存食。

 そうそう、お牛乳とおバターも。

 

 

 おっと忘れてた。



「卵は、えーっとどこだ?」


 活気溢れる店内を物色。

 買い揃えたのは北エリアでも手に入る品ばかりではあるが、やはり中央は品質が違う。

 少々値は張るが、やはり体が資本。一流の異端審問官は一流の生活をしなければ。



「お、みっけ」



 食品売り場で目的のブツを発見。

 これより確保に入る。


 鍛えられて肉体を駆使して、人々の群れをすり抜けていく。

 血統付きの鶏が生んだ高級卵。


 残り一ケースとなったそれに素早く手を伸ばす。



「あ」

「え」



 そこに伸ばされたもう一本の手。



「あー……」

「あ、これ最後……」

 


 アメジストを思わせる艶のあるロングヘア―。

 その髪と同じ色を湛えた、汚れなど知らないとでも言いたげな透き通る瞳。

 厚手のコートを身に着けているが、決して着膨れすることなく、そのスタイルの良さが伺える。

 困ったように、俺と卵に視線を行き来させている仕草から醸し出される上級の香り。 


 年のころは二十歳前後だろうか。いかにも令嬢育ちといった雰囲気を纏った婦人がそこに居た。


 

一目見た瞬間に、体中を電流が走り抜けたような感覚に襲われた。 




 ***

 

 これが彼女との出会い。

 きっかけはこんな何でもない日常の一コマ。


 でも。


 この時の俺は、まさかこの出会いが絶望の序章になるなんて。

 そんなこと、考えもしていなかったんだ。 


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