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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
14/60

染まる

「……ってて」

 

 天井からパラパラと音を立てて落ちた小さな瓦礫が、俺の頭とそれを庇う腕に当たって弾ける。


 耳鳴りと、埃を払うためにかぶりを振った。

 

 手榴弾の衝撃から逃れるべく、転がった書斎机の影へ咄嗟に隠れたことで、どうにか爆発の直撃は避けることができた。

 

 足元に転がった悪趣味なオブジェを退かし、スーツに付着した埃を払いながら立ち上がる。

 

 無理な態勢のまま飛び込んだ所為で、体の節々が痛む。スーツにも所々破れた箇所を見つけ、思わず溜息を吐いた。

 これではまた新調する必要があるだろう。金ばかりが飛んでいくことに憂鬱な気持ちが募る。


 ただ幸いなことに、五体満足。怪我には至っていない。



 入口周囲と廊下の一部は焼け焦げ半壊してしまっているが、部屋の中の損壊は案外少ない。割れた硝子と砕けた調度品が酷く散乱した程度で済んだのは、手榴弾の威力がそう大したものではなかったからだろう。

 

 ジャリと硝子片を踏み砕きながら、廊下へと向かう。




「……」



 目立った外傷もなく、しかし不機嫌そうな面持ちで階下を眺めるアルルがそこにいた。身に纏う純白のフリルワンピースにも、特に汚れは見当たらない。

 至近距離での爆発であったにも関わらず、彼女の体躯を覆う防壁は手榴弾の爆発すら正面から受け止めて見せたらしい。



「逃げ足の素早い奴だ」


 開け放たれた玄関扉。

 屋敷の外まで続く血痕から目を離さず、静かに呟くアルル。 

 


「油断したな、アヤメ。鹿を相手にしていたつもりが、いつの間にか手負いのイノシシになっていたというわけだ」



 クリストフェル・ノルンの放った最後っ屁。

 片手を失いながらも、見事に俺たちの視界を遮り逃走を果たしてみせた。


 彼の行動は予想を上回るものであったが、今回はその身柄を拘束することが最終目的ではない。マフィアの掃討は行き掛けの駄賃だ。


「……構わないさ。俺たちの目的はあくまでコイツだ」


 アルルに向かって、黒銀色の箱を掲げて見せる。


 テオーの思念観測により投影された映像に出てきた箱と同一のものであれば、教会に後ろ足で泥を浴びせた背信者により持ち出された文書が、その中に保管されているはずだ。



「む、もう見つけたのか」

「まぁね」


 クリストフェル・ノルンの銃弾から身を隠したとき、書斎机の下に置かれているのを発見したのだった。

 彼の杜撰な管理のお陰で、改めて捜索する手間が省けた。


「でかしたぞ。たまにはやるじゃないか。おい、中身を確認しておけよ。念のため防壁を忘れるな」


「オーライだ……どれどれ」 


 こういった機密性の高い品の輸送や取引には、ヘマタイトを触媒として防御性を高めた器を用いることが多い。


 ヘマタイトの正座は火星。主に火の属性を用いているため、反属性となる水の魔力を以て解錠を行っていく。


 箱へ向けて魔力を流し込むと、表面に幾何学模様が浮かび上がった。

 カチリと、小気味の良い音を立てて蓋が外れる。

 

 

 さぁご開帳。



「う……」


 中に保管されていたのは紙の束。

 見た目はなんの変哲もない獣皮紙のように見えるが、問題はそこに書かれた内容だった。



 赤い文字でびっしりと記された文字と記号の羅列。

 乾ききったそれは、血液なのか、赤いインクなのか最早判断がつかない。

 

 眺めるだけなら、問題はない。 

 

 しかしその意味を理解しようとした途端、脳が焼き切れそうな感覚に襲われた。

 


 咄嗟に目を逸らす。

 

 間一髪。

 アルルの忠告を守って、予め防壁を何重にも張っておいたことが幸いした。たった数文字読んだだけで、幾つか防壁が破壊されたことが伝わってくる。もう少し長い時間直視していれば、完全に防壁が破られ廃人になっていたかもしれない。


 そう思わせるほど、強烈な力がその文書には内包されていた。



「どうしたゴミムシ」


 制止しようとしたが遅かった。

 ひょいと横からアルルが箱の中を覗き込む。

 


「っ!!!」



 次の瞬間、弾かれたようにアルルがその場を離れた。



「おい、大丈夫か!」

「っ……早くその不愉快なブツを仕舞え!」


 駆け寄る俺を、彼女は手で制しながら声を荒げる。



「あ、ああ」


 確かにヤバいブツではあるが、些かリアクションが過剰な印象を受ける。俺に忠告した以上、彼女もしっかりと防壁は張っていたはずだが。



 呻き声を上げる彼女の姿に少し動揺しながら蓋を閉じると、再び封印を施す。



「よし、終わったぞ。もう大丈夫――」


 振り返り、思わず言葉を失った。



「……」


 そこにはバツの悪そうな顔をしたアルル。


 鎖骨まで伸びた綺麗なプラチナブロンドの髪も、吸い込まれそうな深緑をした右目も、これまでと何も変わりない。


 しかし、左目を隠すように抑えた手。

 その指の隙間から――金色の輝きが覗いている。



「……迂闊だった」


 首を横に振りながら恨めしく呟くアルル。

 チョーカーから垂れる逆十字が、何かを訴えるように揺れていた。



***


 

 先ほどまでの喧騒が嘘のように静まり返ったマフィアのアジト。


 しばらくは銃声や怒号といった戦闘音が続いていたが、数分前に比較的小さな爆発音が屋敷内から聞こえたのを最後に、不気味なほどの静寂を保っていた。

  

 屋敷は酷い有様だ。

 いや、正確には屋敷の周りが、だ。

 

 敷地をぐるりと囲っていた塀も、高級感ある装飾がなされた立派な門も、無残な姿となってそこらに転がっている。芝が敷かれた庭園は掘り返されたように土まみれになっているし、中央に設置されていた噴水は、決壊したダムのようにだらしなく水は吐き出し続けていた。


 マフィアの構成員はほとんどが戦闘不能になったか命惜しさに逃走。トップであるクリストフェル・ノルンは異端審問官との戦闘で片腕を失い、その姿をくらました。



 そろそろ異端審問官の男と碧眼の少女が文書を見つけた頃だろうか。

 少女は、アレを見ただろうか。



 そんな屋敷を、少し離れたアパートメントの屋上から見つめる影が二つ。



「さて、これで仕込みはお終いかな」


 焔心の魔女スルト。

 肩まで伸びた、燃えるように真っ赤な髪を風に靡かせながら、彼女は満足気に呟いた。

 黒を基調とした軍服は長身に映えるが、今はあちこちに穴が空き白い肌が露出している。

 

「本当にこれで良かったんですか? 随分あの子に負担をかけるやり方になっちまいましたけど」

 

 スルトの呟きに疑問をぶつけたのは、その隣に立つ小柄な少女。

 二つに纏められた紫がかった髪が、夜に溶け込むように艶めいている。

 

「こればっかりは仕方ないよ。いつまでも囚われの身なんて、可哀そうじゃない。」


「スルトは回りくどいんですよ。ちゃんとあの子に教えてあげればこんな手間をかける必要もなかったんじゃねーです? 折角手に入れた文書アレは結局教会に逆戻りですし」


 肩を竦めるスルトに対して、少女は特徴的な口調で抗議を続ける。


「まぁまぁ、ちゃんと種は蒔いたんだから、あとは気長に待つとしよう」


「はぁ、もういいです。ナルヴィは慣れましたから」


 自らをナルヴィと呼んだ少女は、言葉とは裏腹に納得いかないといった表情で、後ろを振り返った。


「……で、あれはなんなんです。あんなもの連れてきてどうするつもりですか」


 ナルヴィの視線の先には、地面に寝かされた人間。

 意識を失ったように倒れているその少年の顔はまだ幼さが残る。さらりとした瑠璃色の髪とは対照的な黒いコートから、深緑のキャソックが覗いている。

 特に目立った外傷はなく、胸辺りは呼吸に応じて静かに上下していた。


「ふふふ……。可愛かったからつい、ね」

 

 先ほどまでとは打って変わって、恍惚とした表情を浮かべ少年を見つめるスルト。

 そんな彼女から距離を取るべく、ナルヴィはその場から後退る。


「うげ、おめーのその悪癖まだ治ってなかったんですか。不潔です、近寄らないでください」


「冗談だってば。これも保険で使えるかなって思ってさ。ってちょっとナルヴィ、そんなに離れなくてもいいじゃない」


「ちょ、やめてください! えんがちょ!!」


 一気に騒がしさを増す屋上。

 

 ナルヴィを捕まえその胸元をまさぐるスルト。

 抵抗するように、その腕へ歯を突き立てるナルヴィ。



 彼女たちの声は、夜空に吸い込まれていく。空一面を覆う雲は、それさえも養分とするかのように肥大していき、ちらちらとした雪を降らせる。


「わ……見てよナルヴィ」

「はぁ、どおりでおめーの近くにいるのに寒いと思ったわけです」



 夜明けを待つ街に雪が降る。それは血と硝煙に染まった街の色を塗り替えるように。白く白く、今夜の出来事を上から覆い隠すように。

 夜を生きる者たちは、皆一様にその初雪を歓迎した。


 

 スルトは舞い降りる雪の結晶へ、まるで救いを求めるように天を仰ぎ、その思いを巡らせる。

 彼女が何を願い、何を成そうとしているのか。それはまだ、彼女にしか知り得ない。


 東の空が灰色へ変化していく。

 長い夜が明けようとしていた。

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