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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
13/60

祈るように

「……やってるねぇ」


 屋敷の外で銃声と爆発音が断続的に響いている。小さく響く振動は、アルルの魔術によるものだろうか。


 ダマスカスの刃を携えながら夜の闇に紛れる。

 アルルと分かれた俺は、彼女の起こした騒ぎに乗じてマフィア邸敷地内への侵入を果たしていた。


 ここは丁度、屋敷の裏側に当たる。


 時折、バタバタと騒がしい足音が正面玄関の方向へ流れていくが、それ以外に人の気配は希薄となっていた。

 見張りの連中は完全にアルルのいる正面へ集中しており、手薄となった裏口へあっさりと到達する。



「ご開帳~」



 魔力を纏った刀身で、鍵のかかった分厚い鉄製の扉を両断。崩れ落ちる扉を音が鳴らないよう受け止めると、そっと脇に置いた。


「セキュリティ意識が足りてないゾ」


 あっさりとアジトへ侵入する。どうやら普段から使われている通用口らしく、雑多に置いてある空瓶に煙草の吸殻がねじ込まれていた。

 恐らくは休憩スペースなのだろう。数人がたむろできる程度のちょっとした部屋のようになっていた。


 しかしどうにも掃除は行き届いていないようだ。適当に積まれた空き箱や、ドラム缶の上には埃や煙草の灰が積もっており、カビ臭さが鼻をつく。


 その先、薄暗い廊下を抜けるとメインホールだろうか、人工魔力灯の光がその空間を明るく照らしているのが遠目に見えた。

 


 さて、ここからはお宝探しだ。

 

 例えば重要な書類――お役人どもを脅すネタであったり、あまり人目に晒せない領収書や発注書を保管するとすれば。


 金庫、あるいはそれに準ずる物。

 責任者の執務室のような部屋が可能性としては高いだろうか。或いは地下部屋がある可能性もある。


 ある程度のアタリをつけることは可能だが、生憎この屋敷の見取り図がないのが現状だ。


 しばし考えて、持ち主本人に直接聞くのが手っ取り早いという結論に至った。



(……おっと)



 思考を中断する。


「……冗談じゃねぇぞクソっ。あんな化け物相手にどうしろってんだ。見たか? 銃が通用しねぇ。まるで要塞だ」


「だからってよぉ、尻尾巻いて逃げ出したことが知れたら、俺らだって一生追われる身だぜ!? 捕まった日には金玉ペーストにされて豚の餌にされちまう」


 メインホールの方から男の話し声が聞こえてきた。

 小声で会話しながら、こちらへ近づいてくる足音が二つ。


 咄嗟に部屋の隅、天井へブレードを突き刺し、それを支えとして天井へ張り付くことで身を隠した。


「問題ねぇよ。どっちにしたってノルンの野郎はここで終わりだ。前代ならともかく、あの野郎に義理立てする精神はハナから持ち合わせちゃいねぇ。さっさとトンズラして……待て」


「あ?」

「扉が……開いてる」



 あ、斬るのは大胆過ぎたって俺も思いました。



「手配書ではあのガキと、確かもう一人居たはずだ。まさかもう中に……っ」



 懐へ手を伸ばした男の背後へ、音もなく着地する。そのまま頭を包み込むように顎へ手を回すと、勢いよく上に捻り上げた。

 

 ギゴッと頸椎の折れる硬質な音が手を伝わり、男が絶命する。


「なっ!?」


 崩れ落ちる男の体を放り、そのままもう一人へ肉薄。目の合った男の反応を待たずに、貫手で喉元を突く。


 舌骨を砕かれ気道を塞がれた男は、血の泡を吐き出しながら通用口の外へ吹き飛んでいった。



 始末するのは、一瞬。


 周囲に再び静寂が戻る。



(……もう少し慎重に行くか)



 天井に刺さったブレードを引き抜き、廊下へと目を向ける。

 


 身を潜めながら素早く廊下を進むと、徐々にメインホールの様相が露わになっていく。

 恐らくは来客用であろうソファーにテーブル。他にも高価そうな調度品の数々が並ぶが、それぞれに統一感がなく、どうにも持ち主の成金趣味を感じざるを得ないレイアウトであった。


(趣味わりぃな……)

 

 メインホールから連なる部屋を手前から一つずつ、虱潰しに探索する。どの部屋にも、俺の凡百な頭では理解に苦しむ絵画や装飾のなされた家具が配置され、どうにも居心地が悪い。中には魔力を内包する物や呪物と呼ばれる品も散見されたが、例のお宝には行き着かなかった。


 その間にも度々武装したマフィアと遭遇するが、こちらの姿を認める前に始末していく。 

 


  ***

 


 吹き抜けとなったメインホールから二階へ上がった先、奥まった場所にその部屋はあった。

 この屋敷の中では比較的シンプルなドアを開けると、まずは大きなソファーが目に入る。

 

 そして壁際には大きな棚、窓際には書斎机が設置されていた。

 

 今までの悪趣味な部屋とは違い、落ち着いた感覚を受ける。



「ビンゴ」



 間違いなくここが、クリストフェル・ノルンの私室だろう。


「……なんだこりゃ」


 ソファーの傍に置かれた、黄金に輝くオブジェをなぞる。今までのインテリアと比べると、比較的落ち着いた部屋にはそぐわない、実に珍妙な一品である。

 


 まさかこれが黄金の林檎なんて言わないよな……?


「いやいや」


 頭を振ると、書斎机へ近づく。

 カーテンが開け放たれた窓の外は暗く、気づけば外で響いていた爆発音は鳴りを潜めていた。


(アルルの方は、終わったか)



 机の上へ目線を向けると、散らかった書類を一枚一枚手に取る。


 マジックドラッグの領収書、銃器や人身売買に関わる書類など、騎士団に渡せば尻尾を振って喜びそうな犯罪の証拠が、無造作に山を作っていた。

 どうにも、整理整頓は苦手な性格のようだ。

 

 そうしてしばらく、書斎机の周囲を探っていた時、



「っ!」

 


 虫の知らせか。第六感か。

 単純に殺意を感じ取っただけかもしれない。


 ふと顔を上げた先に、窓。

 そこに反射する鈍い光。

 それが銃口が反射して生じたものだと、頭で理解するより前に、その場で身を屈めた。


 重い金属音が部屋中に響き、次いで甲高い音とともに窓硝子が粉々になった。

 更に銃撃音が連続し、俺を狙った銃弾が肩を掠める。頭を下げたまま、書斎机の影へと身を隠す。



「探し物かね、ミスター」


 渋みのある低い声が、入口側から発せられる。

 応戦しようと、ちらりと顔を出す。その直後に顔のすぐ傍、書斎机の端が弾け飛び、慌てて顔を引っ込めた。 


「アンタだーれ?」


 襟が広いブラウンのスーツを上品に着こなした大柄な男の姿が、床に散らばった硝子に反射し映っている。


「人様の部屋に勝手に上がり込むような、躾のなってないワンコに名乗る名前はねぇ。武器を捨ててそこに這い蹲りな」


「オーケー、ヘッドピン。まずは非礼を詫びる。ただアンタに一つ忠告しておくが、世の中にはそんなオモチャじゃ傷一つつかない生き物がいるんだぜ」


 間違いない。 

 この男こそ、北エリア最大の武闘派マフィアであるノルン一家が頭領、クリストフェル・ノルンその人だろう。


「ハン、外で暴れてるガキならいざ知らず、てめぇがオモチャの弾を避けた時点でそんなハッタリは通用しねぇよ」


 魔女の力におんぶに抱っこかと思えばこの男、なかなか鋭い。

 年齢はまだ四十代そこらと聞いていたが、それでもこの貫禄。そして自分の敵に対して躊躇いなく引き金を引く度胸。

 聞いていた話よりも一層のこと大物のように感じる。



「参ったねコリャ。なぁ、提案なんだけど話し合うつもりはない?」


 気取られないよう、じりじりと態勢を変えていく。


「散々人ン家を荒らしやがった癖になに寝言言ってやがる。てめぇもあのガキも纏めて、クソッタレ教会の土に埋めてやる。あの世への駄賃だ。そこに転がってる金ピカの像くらいは棺桶に入れてやるぞ」



 あの珍妙なオブジェのこと?

 それはマジでいらない。


「いらないよ。んな趣味悪いの」



 書斎机の天板と幕板の間に足をかける。



「……ハッ、同感だ。オヤジは女の趣味は良かったが、インテリアのセンスだけは壊滅的だった。俺も丁度リフォームを考えてたところでな。解体する手間は省けたが……外のお嬢ちゃんは少々やりすぎたな」


 カチリと撃鉄を起こす音が届く。

 ぐ、と脚全体に力を込める。


「というワケでテメェらはここでデッドエンドだ。オヤジによろしく伝えといてくれ」

 

 乾いた銃声が発せられると同時、思い切り書斎机を蹴り上げる。

 恐らく五十キログラムはあったであろうか、立派な書斎机が宙へ浮きクリストフェル・ノルンへ向かっていく。



「っ!!」


 マホガニー製の重厚な書斎机は、銃弾を受け止められず貫通を許したものの、彼の意表を突くことと、視界を遮る役目を立派に果たした。


ブレードの格納を解きながら、ソファを飛び越える。



一閃。



そのまま、書斎机からその身を躱したクリストフェル・ノルンの右手を、その手にある拳銃ごと切り落とした。



「ぐ、おおおおおおお!!」


 悲鳴が上がり、空を舞う前腕から血の放物線が描かれる。


 しかし彼は怯まない。回避姿勢の勢いを利用して俺の体へとタックルを仕掛ける。

 不安定な姿勢だった俺はその重量に耐え切れず倒れ込む。


「ちぃっ」



 大した威力ではない。俺の上に圧し掛かった大男を即座に蹴り飛ばし、立ち上がる。


 しかし、当のクリストフェル・ノルンは既に、逃走の姿勢へ移っていた。



「何をしている! 馬鹿者!」


 そこへ響く聞き覚えのある少女の声。


 いつもと変わらず傷一つない姿のアルルが、部屋の外、廊下でクリストフェル・ノルンと鉢合わせになっていた。


 既にアルルは制圧のために魔力を展開しかけている。



「クハハッ、もう遅ぇ!!」


 クリストフェル・ノルンが、飛ぶ。


 狂気を孕んだ彼の笑い声。それを発する口元から、きらりと光るリング状の物体が零れ落ちるのが見えた。


 吹き抜けとなった廊下。彼がそこから勢い良く飛び降りると同時。

 

 

 俺とアルルの間に、ピンの抜かれた手榴弾が落下した。

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