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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
11/60

息吹く者たち

「……で? 貴様はマフィアどもを取り逃がした挙句、あのチェリー坊主も見失ったと?」



 不機嫌そうな声が、部屋の中に響く。



「……ハイ」



 人口魔力灯により明るく照らされた部屋は、俺が所有するセーフハウスの一つ。

 多くの廃墟が立ち並ぶこの街では、有事の際に潜伏できる場所は枚挙に暇がない。

 保存の効く食料や消耗品、武器も至る所に忍ばせており、外に出らずとも一ヵ月は生活できる程度の備蓄を揃えていた。


 廃教会でテオーの姿をしたゴーストの浄化を果たした後、俺は事前に決めていた通り、この場所へと向かった。


 俺が到着したときには既に、アルルは甘いカフェオレを啜りながら寛いでいた。

 俺の姿を認めたその碧眼はすぐに、俺の隣にもう一人いるはずの人物がいないことに気づいたらしい。



「……」


 目を閉じて腕を組む少女。


「あ、あの……アルルさん…………今回は正直不可抗力もあってですね、えへへ」

「は?」


 思い切り足を踏まれる。


「いいえ、全て僕が悪いです! ありがとうございますブヒィっ!」


 あまりの痛みに悶絶。

 自然と彼女の足元に這い蹲るような姿勢となった。


 どんな状態からもスムーズに移行する。

 これが大人の土下座ってやつさ。

 

 汚物でも見るような目で、俺を見下ろすアルル。

 その足が、グリグリと俺の頭を踏みつける。


「……言いたいことは山ほどあるが、まぁ良い。私の方も落ち度がなかったかと言えば嘘になる」


 嫌ごとの一つや二つは覚悟していたが、しかめっ面の彼女はそれ以上の言葉を紡ぐのをやめた。

 頭から離れていく足が少し名残惜しい。


「あのクソ坊主め。少し役に立ったかと思えば、余計な手間をこさえやがって。手掛かりは?」


「さっき話したことが全部です……」

 


 役立たずめ。

 言葉にはせずとも、半目となった碧眼がアルルの思いを嫌でも伝えてくる。



 セーフハウスで合流してから、俺たちは既に情報共有を行っていた。

 二手に分かれたあと、アルルと魔女が戦闘になったこと。魔女が逃走する際に起こした魔法が、街の魔力を乱したこと。目的である文書がノルン一家のアジトに保管されていること。

 


 列挙して気づく。

 俺、役に立ってないわコレ。



「なぁ、アルル。お前ならテオー君の魔力を辿れたりしないか?」

「無理だな。少なくとも、魔力の流れが正常になるまでは」



 即答。


「どれくらい時間がかかるんだ、それ」


「知らん。なにせ、あれだけでかい規模の魔力を放出されたんだ。とても予想がつかん」


 そう、街に流れる魔力が大きく乱れたことで、残留思念の氾濫が起きた。巻き込まれた住人がいても可笑しくないし、それがどの程度の規模で起きているかも、現状把握が困難な状況である。

 異常は、中央にも伝わっているはず。こういった有事の際が治安維持部隊が派遣されることになっているので、彼らに任せておこう。

 

 

「とにかくアルルが無事で良かった。通信魔術の反応がなかったときは、正直肝を冷やした」


「……ん、まぁ」


てっきりいつも通りの不遜な態度を予想していたところに、少し逡巡する様子で答えるアルル。形容し難い表情を覗かせた彼女は、首元のチョーカーを気にするように撫でている。


「……」



 普段から感情の起伏がそう大きくないアルルであるが、最近は自分の思いを表情に出すことが明らかに増えた。

 いや、どちかといえば隠し方が下手といったほうが正しいだろうか。


 俺と出会ったばかりのアルルは本当に無表情で、まるで天井から紐で吊るされた人形のように空っぽだった。

 

 そんな彼女だったからこそ、今はその感情の機微も表情から読み取れる。



「……? なんだその顔は。なにか言いたいことがあるならハッキリ言ったらどうだ」

 


 なんでもありません。 

 だからその綺麗な足を下してくれ。やっぱり下ろさなくていいです。



「あー……そのスルトって魔女と何かあったのか?」


 ぴくり、と実に分り易い反応を返すアルル。

 なんというか、こういうところは見た目相応であり可愛らしいと思う。


 

 しかし、そんな思いとは裏腹に、アルルの表情は無機質な物へと変わっていった。

 その両目がすっと細められる。

  

「なんでそんなことを聞く」


「いや……なんていうか、お前の様子がいつもと少し違うような気がして」



 アルルは強い。

 魔力操作の腕前は達人級で、知識も膨大。小さな体からは想像ができないほど身体能力は高いし、銃を突きつけられても真正面から向かっていく度胸がある。

 

 彼女なら何でも解決できると、そう思わせる能力がある。

 

 

 だが、そうやって一人で物事を抱え込んで、潰れていく人間は多い。 

 優秀な人材は、案外有り触れている。

 その杭が引っ込むかどうかは、後は本人の器量の次第だ。



「……貴様には関係ないことだ」



 頼りにしてほしい、と思うのは俺のエゴだろうか。


 一言で切り捨てたアルルは、出口へ向かっていく。

 その背中が示すのは、拒絶。


 なにも聞いてくれるな、と。



「……この件に関して、魔女はもう関与しない。あとはクソマフィアどもを片付けて仕舞いだ」 


「……オーケー。文書の確保も忘れるなよ」



 だから俺もこれ以上の詮索はしない。


 頭を切り替える。

 今は目先の仕事に集中することにしよう。


 先の戦闘の通り、魔女を欠いたマフィアの制圧など造作もない。街での評判を聞く限り、彼らを強者たらしめていたのは、結局魔女の力によるものが大きかったのだ。


 それが関与しないとなれば、所詮は烏合の衆に過ぎず、あとは消化試合になるだろうか。

 彼らに抑圧されていた他マフィアたちも動き出すだろう。もしかすると、今後は内部抗争が起こる可能性もある。

 どちらにせよ放っておいても崩壊していくことは想像に難くないが、ここまできたら行き掛けの駄賃だ。徹底的に潰して騎士団に恩を売っておくのも悪くない。


 アルルとともに、セーフハウスを後にする。

 マフィアの根城はここからそう遠くない。日が昇るまでには片がつくだろう。



 ***



 深夜にも関わらず、街には喧騒が満ちていた。



 ゴーストの氾濫による広範な精神汚染による被害に加え、クリストフェル・ノルン率いるマフィアたちが、全力で俺たちの行方を追っているからだ。


 この北エリアを統べるマフィアなだけあって、その勢力は流石である。まるで蜘蛛の巣を張り巡らせるかのように、至る所に武装した集団が配備されていた。


 闇夜に紛れながら追手たちの目を掻い潜ってきた俺は、そっとマンホールの蓋を持ち上げ、目線だけで辺りの状況を探る。


「オーケー、上がるぞ」


 周囲に人の気配がないことを下にいるアルルへ伝えると地上へ這い出した。


「いつから我々はドブネズミのマネをするのが仕事になったのか。全く度し難い」


 アルルの文句を聞き流しながら、その細腕を引き上げる。


 周囲には俺たち以外に動くものはない。肺に溜まった下水の臭いを入れ替えるように、深呼吸。冷たく濁った空気が胸を締め付けるように流れ、下水道も地上の臭いもあまり変わらないことに少し落胆する。


「そう言うな。ここにいる連中はみんなカミサマに歯むき出しにしてる連中ばかりだからな。そいつらとバチバチのドッグファイトしようってんだから、結局は俺らだって同類なんだよ」


「一理ある。が、そこに私まで含まれるのは心外だ」


 いつの間にかいつもの調子に戻ったアルルに、少し安堵し軽くジョークを飛ばす。


 小声でやり取りしながら、小さな路地へ。適当な物陰へ身を隠し、引き続き周囲を警戒する。


 俺たちが身を隠す地点から少し離れた場所に、黒服の男たちが集まっていた。


 二メートル程の石造りの塀に両開きの門が構えられ、その奥には大きな屋敷の影が見える。


 門前には見張りと警戒のためであろう、数人の黒服。更に目を凝らすと、塀の周りを巡回する複数の人間が確認できた。


 見張りの数が多い。

 ここがマフィアのアジト、つまりクリストフェル・ノルンの根城であることは明らかであった。



「やっぱり警戒されてるよな。アルル、いつも通りプランHでいこうと思うが問題ないか」


 双眼鏡で屋敷の様子を覗きながら、隣の少女へ確認する。


「待てサノバビッチ。貴様と私の認識に齟齬が生じている。そのプランHとやらを私は知らないし、いつも貴様は無計画に行動しているように思うが」


 アルルのじとっとした目線が俺を射るように注がれる。


「無計画とは失礼だなチミは。行き当たりばったりのように見えて、ちゃんと考えて行動してるの、俺は」


「百歩譲ってそうだったとして、現状なにか作戦があるならば共有を求める」 


「……おいおい、こんな破廉恥な作戦をパブリックストリートで言わせる気か? 少しは恥じらいを持てよな」


「要するに無計画なのだろうが。だが、貴様が生まれてきたことが人類にとって最大の恥だということは理解できた。」


 罵倒を受け止めながら偵察を続ける。

 見張りの男たちは当然ながら全員が武装している。その得物に大きな差はなく、ほとんどが同じ型の自動小銃を抱えている。



「ええい、話が進まん。おい白痴、私が正面から騒ぎを起こしてやるから、貴様はその隙に文書を探せ。コソコソするのは貴様の領分だろう」


「……なんだ、プランHわかってんじゃん?」


 痺れを切らしたアルルの提案に乗る。

 

 魔力の扱いが上手く、対複数の戦闘もできるアルルが陽動と雑兵の殲滅を。その騒ぎに乗じて俺が屋敷に潜入し、文書の確保とクリストフェル・ノルンの身柄を拘束。


 ディスイズパーフェクトプラン。


 細かいことはどうでも良い。そもそも屋敷の見取り図だってないし、情報が少なすぎるなかで決行する作戦だ。

 

 事が起きれば互いが互いの呼吸に合わせる。

 コンビを組んでから、それなりに場数を踏んできた俺たちは、アドリブでもそれなりに連携が取れるようになってきていた。


「……貴様と真面目なブリーフィングを期待した私が愚かだったのだな」


 溜息を吐きつつ、静かに魔力を循環させるアルル。


「お前も毎回懲りないね。ま、魔女相手じゃなきゃこんなもんだ」


 隣で大きな溜息が聞こえたが気にしない気にしない。



「さて、ダンスパーティだ。派手に踊ってくれることを期待してるぜ」


「……ああ、貴様も首尾良くな」


目を合わせ頷き合うと、俺たちは行動を開始した。


 

 ***

  


 少し時間は遡る。



「クソッタレ! 一体どうなってやがる!!」


 建物全体を揺らす振動と、窓から入り込む強烈な光で目を覚ましたクリストフェル・ノルンがまず知ったのは、魔女の裏切りだった。


 件の異端審問官について回っていた少女と戦闘になった部下は軒並み戦闘不能。その際にスルトが介入し、更に被害を拡大させた。

 少女と交戦したスルトはその後、姿を消したという。 


 就寝中のボスの部屋に押し入った不躾な側近が伝えたその情報は、アルコールがまだ残っている寝起きの頭をいとも簡単に覚醒させた。


 そして次々と聞かされる部下の失態に、彼の顔はタコのように真っ赤に茹で上がっていた。


 異端審問官連中の始末に失敗したこと。

 始末に仕向けた部下がほぼ全員戦闘不能になったこと。

 そして渦中の異端審問官の姿を見失ったこと。


 彼らの目的がマフィアの所有する、とある品であること。

 

 

 情報過多によりパンク寸前になった彼の頭でも理解できる唯一のこと。



 教会――異端審問官の力を甘く見ていた。



 異端審問官という存在については噂程度には知っていた。教会に属する、対魔女に特化した戦闘集団。徒党を組むことはそうないが、個々の戦闘スキルだけで一個師団に匹敵すると恐れられている。


 裏世界を牛耳るマフィアであっても、魔女絡みでなければ決して関わり合いにはならない人種。

 

 

 だからこそ、その力量を計りかねた。

 眉唾であると、舐めてかかってしまった。


「ボ、ボス……今からでも遅くありません! 異端審問官の奴らに魔女の情報を伝えて手を打ちましょう!」


 狼狽した側近の言葉は、恐らくこの場における正しい対処であったに違いない。

 魔女に関わったとして処罰は受けるろうが、少なくとも死者が出ることはなかった。


「馬鹿言ってんじゃねぇ! 今スルトの野郎がいねぇことが知れたら俺は、俺はなぁ!!」


 しかしそれはマフィアにとって、致命的。面子で売っているこの商売は、下手に出て舐められたら、終わりなのだ。


 そして懸念事項がもう一つ。

 今魔女が裏切ったことが知れたら……。

 

 今まで上から押さえつけていた他の組織や、無理やり取り込んだ人員が反旗を翻し

てくることは予想に難くない。

 前代と比べて、人望が薄かったことは自覚している。それでも力が全てだと、それを見ない振りをして押し通してきたことが遂に仇となった。


 例えば今抗争になったとき、自分についてくる部下が果たしてどれだけいるのか。


 数は力だ。魔女や異端審問官のような個の力に乏しい悪党は、数がそのまま武力となる。


「クソっ……」


 額に汗が滲む。

 とにかく今はこの状況をどうにかしなければいけない。



「……っふぅー」


 血が止まるほどに強く握り締めた拳を一度緩め、再び握り直す。


「ボス――」

「ピーピー喚くんじゃねぇ、ウスノロ」


 側近の言葉を遮った彼の瞳には、固い決意の色。


「舐められたまま終われるかよ」


 魔女の力に頼って?


「これじゃあオヤジと同じじゃねぇか」


 教会とのパイプを使って中央へ進出?


「冗談じゃねぇ。そこまで腑抜けになった覚えはねぇぞ俺は」



 腹を括る。


 今までだって、伊達に鉄火場を潜り抜けてきたわけではない。幾つもの抗争や裏切りの夜を越え、この地位を捥ぎ取った。それだけの自負はある。


 ならば、やることは決まっている。

 異端審問官だろうが、魔女だろうが、自分に逆らう愚か者は徹底的に踏み潰す。


「ボス……!」


「全員叩き起こせ。裏切者も、異端審問官のクソも、まとめて皆殺しだ! ノルン一家に歯向かう奴らにはケツの穴に豚の金玉詰め込んでやる!!」



 クリストフェル・ノルン。

 最大の武闘派マフィアであるノルン一家の現頭領の決意の咆哮が、屋敷全体に轟いたのであった。

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