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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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暗闇の中で嗤う

その瞬間、視界が真っ暗に染まった。

 

 一寸先は闇。

 どこかでそんな言葉を聞いたことがある。まさにその字面通りのことが今起こっていた。

 

 足元は、絨毯の感触だろうか。石畳よりも柔らかく、僅かに足が沈む。その感覚で、教会の中へ足を踏み入れたことを確認する。

 

 夜目は効く方だ。光の届かない下水道だろうが、月明かりのない夜だろうが行動に支障はない。しかし、ここはあまりにも暗かった。


 足元すら見えない状況を作り出しているのは間違いなくゴーストだ。しかしそれは教会の外がそうであったように、無数のゴーストが蠢いているような状態とは少し違う。

 

 巨大な生物の胃袋に入った。そんな表現がしっくりくる。

 

 恐らくはこの教会そのものが、強い残留思念から生み出されたゴースト。それが先の魔力波の影響で活性化したのだろうか。

 一つの個体として存在するのか、それとも集合体として存在するのかは定かではないが、どちらにしても、俺を取り込もうとその口を開いているのは間違いない。


 体に、精神に侵食しようとする闇が、防壁魔術に弾かれてはまた迫ってくるように波打つ。


 真っ暗な視界の中、絨毯の感触を頼りに慎重に歩を進めていく。

 時折、長椅子が転がっており、それに躓きそうになりながらも乗り越えていく。

 外観では小さな印象を受けた建物であったが、先の見えない闇の所為でそれ以上の奥行きがあるように思わせていた。


 ただでさえも暗い空間だが、奥に進むにつれてその濃度が増しているようだ。

 ヒヤリとした空気が肌を伝う中、不意に微かな魔力の流れがそこに混じったことを感じ取った。


「……テオー」


 魔力の質は彼のものだ。彼からの持つ魔力は未成熟ながらも強く芯の通った、彼の性格を写したかのような性質であったが、今は感覚を研ぎ澄まさなければ感じ取れないほど、か細く弱々しい。

 この状況をみると精神汚染を引き起こしている可能性が非情に高く、早急な浄化が必要な状態であることは想像に難くない。



「――」



 俺の呼び声に、闇の中で小さな反応があった。姿は見えないものの、すぐ近くに存在が感じ取れるような反応。



「テオー、俺だ。迎えに来たよ」



 応急処置程度の浄化魔術なら俺でも扱える。まずは彼をここから連れ出さねば。



「――――」



 呼びかけに対しては反応があるが、その存在は希薄だ。腕を伸ばして、僅かな気配と微かな魔力を頼りに辺りを探る。

 しかし見つからない、触れることができない。

 気配はすぐそこにあるが、伸ばした手は闇を空振り、その体を掴むことはない。何度も繰り返すが、結果は同じ。


 防御魔術越しに体に張り付いているゴーストたちが笑っているような錯覚を覚えた。いくら探しても無駄であると、まるで俺をからかうかのように。


「―――――」

「――――」

「――――――」


 ……違う。 

 錯覚、ではない。耳を掠める音にならない声。肌を伝う空気が更に異質なものへ変貌し、防御魔術越しに抱き締めらているような感覚に襲われる。粘着質なそれが、俺を支配しようと声を発しているのがわかった。

 


 笑っている――? 



 今度ははっきりと音として聞こえた。



「―――――――!!」



 強烈な耳鳴り。

 次の瞬間、闇が爆ぜた。



 ***



 どのくらいの時間が経ったかはわからない。恐らくは一瞬の出来事であったのだろう。気が付けば周囲に満ちていた闇が消え失せ、廃教会の内部がはっきりと視認できるようになっていた。

 当然、明かりの無い夜闇の中ではあるが、先ほどのように周りをゴーストで囲まれた状態よりは圧倒的に見通しは良い。


 暗闇の中では距離感が失われていたが、実際は講壇の手前まで歩いて来ていたらしい。すぐ後ろには長椅子が並び、その中のいくつかが横転していた。

 しんと静まり返った廃教会の中は外観ほど荒れていない。質素な調度品には埃が積もり、錆びた十字架が講壇の奥に掲げられている。


 そしてこの中に異質な物がひとつ。

 俺のすぐ前方、講壇の前で、一人の少年が立ち尽くしてる。

 深緑のキャソックに瑠璃色の髪。項垂れたその少年の表情を読み取ることはできない。


 闇が爆ぜた瞬間、俺は見た。

 この廃教会に教会に満ちる闇が、この少年に吸い寄せられていくのを。


「……そうか、お前は」


 手を伸ばせば届く距離。

 気配はすぐ近くに感じられたのに、いくら手を伸ばしても触れられなかったのは何故か。

 俺の声に反応して、ゆっくりと顔を上げる。


「―――――」 


 黒く窪んだ眼窩が、俺を捉えた。

 口から、鼻から、黒い影が漏れ出ている。


 テオーの形をしたコレもまた、ゴーストだった。

 彼の痕跡は確かにここにあった。しかし既に実体はなく、彼の残した思念がこの廃教会に巣食うゴーストに取り込まれた、或いは同化したと考えるのが妥当だろう。


 彼の生死はわからない。

 しかし、この場所の残留思念からゴーストが生まれたのであれば、ここで彼の身にナニカがあったのは間違いない。そして何者かの手によって、その姿を消した。


 最早ここに在るのはただの残骸である。テオーの姿をしてはいるが、それは残留思念の成れの果て。

 放って置けば、後々二次被害を生むだろう。



 目が合った。


 テオーの姿をしたゴーストが俺を視認したのがわかった。

 目の前にいる生者を取り込もうと、ゴーストがその力を解放する。


「っ!?」


 背中から黒い霧が噴き出し、一つに固まっていく。

 巨大な槍を思わせるそれが三本、四本とその数を増やしていき、獲物を狙う蛇のように蠢いている。

 

 ゴーストは命の輝きに惹かれ、それに取り憑くことを目的に動く。

 今ここに存在する生者。


 そう、俺に向かって。


「――――――!!!」


 声にならない声。しかし咆哮したのだと理解した。

 合計六本まで増えた漆黒の槍が、俺の体目掛けて一斉に迫る。質量のないそれらはしかし、空気を切り裂くように唸り声を上げ、バラバラの軌道を描きながら俺を貫かんと闇を振るう。


 速度は大したことはない。銃弾を躱すよりも幾分か余裕はあった。

 大きく後ろへ飛び退き、避ける。


 しかし、間髪入れず次々の槍が射出される。

 右側から薙ぎ払うように迫るそれを、魔力を込めたブレードで斬り裂く。浄化の魔力によってコーティングされたダマスカス製の刃は、いとも簡単に槍を真っ二つにした。

 


「ちっ……!」 



 しかし切り口から霧散したそれは、一瞬で元の形へ復元される。その間にも、さらに別の槍が次々と生成され、その数を増やしていく。


 空気を斬り裂くような唸り声を上げながら槍が頭の上を通り抜けた。


 例えるならば竜の尻尾。


 姿勢を低くし、前方へ踏み出す。


 次いで、左側からの攻撃は身を捻ってその勢いのまま斬り裂く。

 遅れて真上と背後。同時に襲い来るそれらはサイドステップで躱す。

 長椅子の座面を足場とし大きく跳躍した瞬間、足元を槍が通過した。



「キリがない……!」



 この槍は言わばファンネルだ。これらをどれだけ切ったところでイタチごっこにしか過ぎず、やがてこちらの体力と魔力が尽きてしまう。


 本体――講壇の前で立つゴーストに対して、直接魔力をぶつければ消滅させることは可能だろうが、槍への回避行動のため思うように本体へ近づけない。


「だったら!」


 同じ武装をもう一本取り出し、刃を展開する。

 

 二刀。


 右手と左手それぞれに同等の魔力を供給し、次々と襲い来る槍を切断していく。


 槍の殲滅速度が上がり、徐々に本体へ近づいてく。

 しかし、それと同等の速度で復元と生成を繰り返す漆黒の槍。


 上下左右、前後。四方八方からの攻撃に対応が追い付かなくなる。腕を掠め、足を突き抜け、腹を抉られる。


 質量を持たぬ思念体の攻撃では、体に傷はつかない。しかし、なにかもっと内面的なもの。精神が削り取られるような感覚に襲われる。


 恐怖、不安、悲哀といった負の感情が頭を支配しそうになり、一瞬我を忘れそうになる。しかし、すぐさま自身に浄化魔術を展開し、浄化することで対処した。


 防御魔術越しだからこそ、この程度で済む。生身で喰らえば、一瞬で精神が汚染され、廃人になってもおかしくない威力だった。


「――――――。―――!」

「うるせぇよ! 喋るなら……はっきり喋れ!」


 少しずつ精神を削られながら、それでも二刀を振るい少年の姿をしたゴーストへ近づいていく。


 苦しみ、憎しみ、恨み、妬み。


 肉体的な疲労は少ないが、槍が接触するたびに足が止まりそうになる。

 それでも一歩一歩、確実にその距離を縮め――。

 

 ――遂に、刀身が届く距離へ至る。


 頭上から、背後から、無限の数とも思わせる槍が迫ってくる。


「ああああああああああ!!!!」

「―――! ―――――――!!」


 出し惜しみをする余裕はない。

 残った魔力を振り絞り、奴に向かって浄化を纏った刃を振り降ろす。

 

 刀身が頭へ到達した瞬間、魔力を一気に流し込んだ。



 浄化。



 縦一文字に斬り裂かれ、切り口から霧散していく漆黒の影。

 力を失い、同じく消失する無数の槍。


「はぁっ……はっ……!」


 ゴーストの気配が、消えた。


 静まり返った廃教会に、俺の荒い呼吸音だけが響く。


 本体コアを浄化したことにより、本来の姿を取り戻した廃教会に付随して、建物周囲に蠢いていたゴーストの気配も消え去ったのが感じ取れた。



 「あーしんど……」



 そのまま倒れ込む。

 

 残留思念がここまでの力を持つことは非常に珍しい。あと少しでも浄化が遅れていたら、俺に一斉に迫っていた槍が精神を蝕み、自己浄化をする間もなく精神が汚染されていただろう。


 しばらくして呼吸が落ち着き、本来の目的へと頭を切り替える。 


「……テオー、探さないとな」


 立ち上がり、廃教会の内部を見回す。彼の痕跡は確かにあったが、彼自身は既にここにはいなかった。

 

 

 まずはアルルと合流しよう。一人より、あいつと探したほうが効率が良い。

  


「行こう……」


 崩れた天井から、冷たい空気が流れ込んでくる。

 見上げても、空は黒い雲で覆われ月の光は地上に届かない。

 

 テオーは、アルルは、無事だろうか。

  

 疲労した体に喝を入れ、駆けだした。

 


 ――夜が更けていく。


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