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魔女だっておやつが食べたい  作者: 桃酢豚りんご
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異端審問官

初投稿です。よろしくお願いします。

「おいクソムシ、聞いているか」


 恥の多い生涯を送ってきました。


「その耳は飾りか、サナダムシ」


 自分には、人間の生活というものが、見当つかないのです。


「いい加減目を覚ませよゴミムシ。それともお望みならば、私が介錯してやろうかダイオウグソクムシ」

「ダウト。それ甲殻類だから」

 

 そう、今の俺は虫の如き矮小な存在なのです。


 凛とした声とは不釣り合いな罵詈雑言に、逃避していたはずの現実へスライドイン。鼻孔をくすぐる、ほろ苦いアロマ。落ち着いた木目調で揃えられた調度品。本来光を避けるよう瓶に詰められた珈琲豆は、床に散乱し朝日を眺めていた。


 狭いカウンター内。俺はその中で隠れるように体を屈めている。もぞもぞと虫のように体を捩ると、しばらく姿勢を変えていなかった所為でポキポキと関節が鳴いた。


 隣を見やれば可憐な少女。

 鎖骨まで伸びたプラチナブロンドの金髪を揺らしながら、こちらをじっと見つめる碧眼。そこに宿るのは軽蔑侮蔑愚弄に嘲弄。

 ベルスリーブにフリル袖とフリル裾をあしらえた、真っ白なワンピースを纏った絶世の美少女。

 ただ、ダイオウグソクムシもびっくりな純白さとは裏腹に、紡ぎだされる言葉は辛辣であった。


「そんなことはどうでもいい。今論点となっているのは貴様がムシ以下の役立たずである、ということだよ」


 黒いチョーカーから垂れる逆十字が彼女の腹黒さを代弁するように揺れる。


 アァン。そんな強い言葉で罵られたら……。


「興奮してきた」

「死んでくれ」


 顔面に衝撃。

 成人男性が、果たして第二次性徴を迎えた頃合いの少女に足蹴にされる光景は実に情けないものである。



「あの……」



 その暴言暴力少女のさらに隣。おずおずと声をかけてきたのは、おさげ髪にそばかすに地味なエプロンという、如何にも田舎娘の風貌をした小娘。


「いかがされたかな、レディ」


 溢れ出す性的嗜好を即座に抑えると、紳士的に対応する。


「……私たち、いつまでこうしていれば良いのでしょうか」


 おさげを触りながら伏し目がちに尋ねてくる田舎娘。


「……」


 返答は、沈黙。

 さて、いつまで。いつまでだろう。


 このカウンター内に避難し既に半刻。

 ブルーモーメントはとうに過ぎ、淡い空は徐々にその鮮明さを増している。現実逃避に浸るには非常に具合の良い時間であった。


「というかあなた達は何者でここに何をしにきたんですか!?」


 声を潜めながらも、不安とも怒りともとれない複雑な表情で、隣の少女へ詰め寄る田舎娘。

 その疑問はもっともだ。早朝の、まだ開店準備中の喫茶店に異臭を撒き散らしながら転がり混んできた、スーツ姿の成人男性Aと金髪少女Bという組み合わせは純度百パーセントの不審者そのものである。

 今の今までその質問が飛んでこなかったのは、彼女の人柄の良さか、或いは田舎育ち特有の危機感の欠如ゆえか。



「――そうか、まだ名乗っていなかったな」


 逆十字が揺れる。


「アウルゲルミル。天才金髪美少女だ。敬意を込めてアルル様と呼んでくれ」


 不遜に名乗る金髪少女B、もといアウルゲルミル、もといアルル。


「はぁ。天才金髪……」


 胡散臭いものを見るような田舎娘。

 そりゃそうだろと、アルルを一瞥いちべつし後に続く。


「俺はアヤメ。フリーの異端審問官さ」

「えっ、えぇ!? 異端審問!? ふ、フリー!!?」


 俺の言葉にわかりやすく驚愕する。しかし声のボリュームをしっかり抑えているあたり、冷静さは失っていないようだ。

 うむ、なかなか見所のある田舎娘だ。



 ――異端審問官


 対異能に対してのスペシャリストと呼ばれる、教会が誇る少数精鋭の武装集団。

 この街――ミッドガーデンの治安は、教会や騎士団といった治安維持組織により保たれている。しかし人の営みがある場所では、必ず事件や事故が起こるものだ。

 食い逃げ、下着泥棒から強盗、殺人、国家転覆を狙ったテロまで、この街で起こるありとあらゆる事件の背景に、特異な事象を認めた際に介入するのが異端審問官である。


 ……あれ、実は治安悪くね。

 まぁいいや。


 事件の特異性が確認されれば派遣されるという性質故、異端審問官の対応は後手に回ることがほとんどではあるが、その功績はまずまず。

 ただ、特異性のある事件と一口で言っても、その実情は様々だ。しかしその多くに共通しているのは、凄惨な過程と結果を伴うということ。故にそれに関わる異端審問官も一般人からは忌避されやすい。


  不吉な事件の傍に異端審問官あり、というワケだ。


 俺の場合はやや面倒な立場にあり、教会に所属せずに異端審問を行っている。フリーというとややニュアンスが違うような気もするが、ここでは割愛させてもらうことにしよう。

 ぶっちゃけ説明するのが面倒くさい。そんな些事は犬にでも食わせておこう。重要なのは、異端審問官である俺がこの場にいるということ。



「それってつまり……」


 田舎娘が喉を鳴らす。



「――魔女だよ」



 ***

 


 ――依頼があったのは、昨夜だった。

 最近この街を騒がせている連続殺人事件。被害者は全て死体で発見されていたが、問題はその手口だ。全体を見れば死体の損傷はかなり少ないものの、必ずいずれかの組織が摘出された状態で見つかっていた。


 一人目は眼球。次いで鼻。そして両耳、舌。これで死体が四つ。いずれも廃屋、裏路地など人目のつかない場所で死体が発見された。

 

 残留思念を辿った結果、深夜から明け方の犯行であること、そしてモンタージュにより犯人が女性であることまで判明。

 当初は単なる殺人事件として、教会と同様に治安維持組織である騎士が対応していたが、死体を囲うように魔法陣らしき痕跡があったことから、儀式殺人として魔女の関与が疑われた。

 教会が介入するも、死体の発見された場所が異端審問官不在のエリアであり、巡り巡って俺のもとへ依頼が届いたというわけだ。

 

 フリーの異端審問官なんて胡散臭い生き物に関わろうとする人は少ない。常に開店休業状態であり、だからこそすぐに調査に乗り出すこととなった。

 

 死体が発見された四ヶ所の地点から、ある程度魔女の行動範囲を絞って調査を開始する。ただ予測は絶対ではないし、当たっていても犯人とすれ違いになる可能性もある 少しでも発見の確率を高めるよう、俺とアルルは二手に分かれて行動を開始した。


 犯人の潜伏場所として最も適しているのは、人が普段寄り付かない場所だ。


 ――例えば、下水道トンネル。

 

 さっそくアタリをつけた俺が、この街の生活排水に満ちた下水道へ向かうと、いかにも不審者の風貌した女が、何か――子供くらいの大きさの物体に跨っている場面に遭遇した。


 ビンゴである。

 勘が冴えるとはこのことか。


 気を良くした俺は後方から気づかれないよう捕縛を試みたものの、さすがに相手も用意周到であった。

 壁に刻印された迎撃用魔術トラップをひとつ解除したまでは良かったが、同様の術式が幾重にも張り巡らされており、俺は存在を感知される結果となる。穏便な解決は諦め強行手段にでたものの、魔女の反撃は苛烈を極めた。


『まずいことになった』

『馬鹿者』


 通信魔術で金髪ロリにヘルプを求める。

 尻尾を捲いて逃げ果せた俺は、無事人間から虫へ降格することとなった。

 その後合流したところで魔女の追撃をうけた俺たちは、命からがらこの喫茶店に飛び込んだのだ。



 ***



 これが事の顛末。


「おい、あまり情報を漏らすなよ。一応禁則事項だムシケラ」


 アルル様から鋭い指摘。

 いけね。戒厳令敷かれてるんだった。


「でも対策は練らないと。怪我すんのは御免だし」

「……対策とは言ってもな。正直力技でねじ伏せた方が早いのだが」

「周囲の人間を巻き込む可能性が高いのがネックか。我々としても目立つのは避けたい」


 小言の後に、ぶつぶつと独り言を続けるアルル。色素の薄いホワイトブロンドから覗く眉間には、小さな皺が寄っている。



 大いに悩め少女よ。ボーイズビーアンビシャス。


「……ボーイズ? いやこの場合はガールズ、か?」

「何を言っているゴミムシ……っと、気配が消えた。そろそろここを出るぞ」


 あれこれやり取りしている間に、先ほどまで一帯に満ち広がっていた魔力が薄まっているようだった。

 おもむろに立ち上がるアルルに続く。


 やれやれ、朝から酷い目にあったものだ。

 

 早く帰ってシャワーを浴びて寝たい。腹も減っている。本当は寝る前にデリヘルでも呼びたいところだが悲しいかな、今月は財政状況が芳しくないのだ。

 

 ここはぐっと財布の紐を締めて……。

 


 一歩踏み出したところで重心が後方へ揺れる。


「あの……」

「……いかがされたかな、レディ」


 四つ這いの姿勢でスーツの裾を摘まむ田舎娘。その目は潤み、薄ピンクの唇から吐息が漏れる。

 汗ばんだ控えめなソレが、服の隙間から今にも覗こうと――



「商品の弁償を」



***



 随分財布が軽くなった。


 初冬の朝日が眩しい。徐々に街が活気づいていく気配がする。自堕落な生活を送って久しく、昼夜逆転を繰り返している。

 こんな気持ちの良い朝は、映える喫茶店でモーニングでも頼みたい気分だね。

 


「――もう一度確認するぞ」


 いくら跳ねても音の鳴らないポケット。これならいつどこで怖いお兄さんにカツアゲされても安心。

 辛い、辛いよママン。


「一連の事件は魔女の仕業ということで断定していいだろう。奴は明らかな悪意と魔力を以て我々に敵対行動を示した。問題はその性質だが」


 これじゃ指名料も払えない。エールも飲めない。

 働いても、働いても、生活は楽にならない。


「もうぼくおしごとやめるっ!!」


 だったらいっそニートにジョブチェンジするんだ!

 異端審問官(笑) 魔女(笑)


「おい、今更反抗期か? 精通はもう終わったかね」

「うわああああ先っぽから何かでてきたよぅ!」

「立派な出涸らしだな。頼むから死んでくれ」



 ***



「話を戻すぞ」

 

 コホンと少女らしい可愛い咳払い。


「これで死体が五つ。お次は体のどこが欠損しているかな」

「おいおい、さっきのがまだ死んだって決まったわけじゃないだろ。まだ死体を確認してない」

「貴様が先ほどの時点で魔女を始末できていれば、可能性はあったかもな」


 うぐ……。正論パンチが痛い。


「あれだけ用意周到に待ち構えられてたら無理だっつーの」


 ん? 待ち構えられていた?


 自分の言葉に芽生える違和感。 


「奴さんは俺が来ることを予想してたのか」

「死体を隠す気もなく殺しまわってるんだ。誰かしらの接触は織り込み済みだったのだろう。それが不幸にも貴様だったというだけだ」


「……俺ってそういうとこあるよね」


 運が悪い。ツキがない。星周りが悪い。

 言い方はどうでも良いが、とにかく間が悪いというのは常々自覚させられている。


「否定はできんな。下水道に向かっていたのが私であれば、今頃我々は五体満足で帰宅して惰眠を貪っていたはずだよ」

「へいへい、アルル様が一番ですよっと。」


 仕事や学校へ向かう人の波に逆らい、俺たちはこの街のメインストリートを歩く。

 アルルに渡したメモ用紙がひらひらと揺れ、何事もなかったように話は戻ってくる。そこに記したのは、下水道内でと見た迎撃魔術とはまた別の術式。子供の死体(仮)を囲うように刻まれたそれは、所謂魔法陣。

 

 その場で内容はわからずとも、見たままを記憶し後から書き写すことは難しくない。異端審問官であれば、誰でもできる基本技能である。


 魔法陣を構成する言語は、魔術に馴染みのない者からすれば難解な記号の羅列でしかないが、何事にも法則が存在する。それは言語のように、或いはコード進行のように。

 魔術を発動させるためのアルゴリズムは知ってさえいれば単純だ。断片的な情報でも、全容を把握するまでは至らないが、目的や性質をある程度は推理することは可能だ。


 しかし今回は――


「それにしてもその難解な文字はなんだ。ルーンでもなければ星座でもないし、見たことないぜ」


 そう、法則はわかっていても。構成する要素についての知識がなければ、それらはただの記号に成り下がる。

 俺の言葉にアルルは半目になる。


「見覚えはある、ような気がする。古代魔術、閉鎖的な国に伝わる神話、秘匿された少数民族が使う言語……さて、どうだったかな」


 記憶に引っかかるものはあるようだが、どうも煮え切らない。

 珍しい。この金髪ロリの魔術知識は膨大であり、大抵の場合は欲しい答えがすぐに返ってくるはずだが。よほどマイナーなものなのか。


 或いは――


「既存魔術の大幅なアレンジか、新規魔術の可能性」


「神性を感じるが、召喚にしては内向的な力の流れ。自身に神降ろしでもしたか? そもそも何故身体の一部を奪う必要があった?贄として使うのであれば全て捧げれば良いのに」


 彼女の思考は止まらず、そして淀みなく足は進む。徐々に人の密度は低くなり、その分だけ歩調は速くなっていく。

 メインストリートからいくつかの路地を経る。雑踏は遠ざかり、街の音も足元に落ちる影も薄くなる。この街の二面性を表すような陰鬱な区画へ。

 肺を満たす淀んだ空気を吐き出すように、ひとつ咳払いをした。



「――ここだ」


 辿り着いたのはトンネル。一歩段差を踏み外せば生活排水にコンニチハ。

 そこは、つい数刻前に件の魔女と戦闘したばかりの下水道であった。

 

 整備はされているようだが、恐らく最低限。日が昇り先ほどよりも明るくなったこと、アルルと合流し精神的な余裕ができたことで周囲の状況がよくわかる。入口から見える範囲にも、あちこちゴミが散乱し、壁には凡そ理解の及ばない落書きたち。

 それらに混じり、所々異質さを放つ文字が散見される。

 

 迎撃用魔術。

 一定の距離に近づくことで、自動で攻撃を加えるタイプだ。

 

 初歩的な魔術であり、術式の簡略化も容易。故に応用の幅は広い。

 よくよく見れば、汚れて内容の読み取れない雑誌や、ヘドロ混じりの汚水に浮かぶ空き缶にも簡単な術式が刻まれている。しかし簡易的なものであるがために、先の戦闘で魔力を使い切ったそれらは再充填が必要であり、現在は物言わぬ記号と化していた。



 っていうかくさっ! くさいよここ!!



「……帰りたい」


 鼻を摘まみながら項垂れる。


「珍しく同意見だが、貴様の住処にはうってつけの場所だと思う」

「はいはい、どうせ俺は社会のゴミですよっと」

「そう自分を卑下するな。貴様のような排泄物にもひとつくらい良いところがあるのだろう」


 知らんけど、と付け足すアルルが人差し指を立てる。指先に魔力が集まると、俺たちを先導するようにこぶし大の球体が光を灯した。下水道内を照らすには十分な光源だ。

 その光の後に続く。犯人は現場に戻るというが、果たして魔女はまだここに居るのだろうか。


 恐らくではあるが、先ほどの時点で彼女の目的は達成されている、と予想している。あの時、魔女の下敷きになっていた子供は一切抵抗していなかったように見えた。ただ意識を失っていただけとも考えられるが、魔女に捕まった時点で命はないと考える方が自然だ。


 魔女は目的のためなら手段を選ばない。被害者やその家族にはいつも残酷な現実が突きつけられるのが常である。

 

 だから、これから対面するのはきっと、身体のいずれか一部が欠損した死体だ。



「におい、ね」



 魔女を発見した場所は下水道口から数百メートル先の地点だ。緩やかなカーブを描くトンネルを、足元に気を配りながらゆっくりと進む。

 下水道内は意外と広い。河川を挟んだ両端には三人程度が余裕を持って移動できるくらいのスペースがある。


「目、鼻、耳、舌。いずれも感覚器官だ。視覚、嗅覚、聴覚、味覚。奴が五感をターゲットとしているのであれば」


 アルルの声が反響する。奥に進むにつれて投棄されたゴミが少なくなり、だからこそ異物があれば余計に目立つ。

 

 光に照らされた赤黒い塊と、地面に染みる赤黒い液体。

 それを囲む馴染みのない記号で構成された陣。



「――次は触覚であろう」


 全身の皮膚が剝がされているであろう死体がそこには残されていた。


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