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血と銀世界

作者: あきたけ

 


 中学の頃、友達の金沢くんが凍結した雪解けの地面で足を滑らせて転倒した。彼はそのまま真後ろに倒れ、頭を打った。


 ゴン。と嫌な音がして、彼は動かなくなった。鮮血が雪を赤く染めた。

 世界は銀世界だった。


 歩道の雪は薄かったけれど、人があまり通る場所では無かったので、足跡ひとつ付かずに、綺麗にそのまま振り積もっている。


 僕は焦った。彼は死んでしまったのではないかと思った。


「……大丈夫?」

「いちご味のかき氷、食べたくなった」


 金沢くんは生きていた。生きていたのだけれど、金沢くんの頭は出血していた。赤い血が、雪に流れ出し、僕は泣きそうになった。


「いちごの味……」


 金沢くんは、まるで何かに取りつかれたように、かき氷を食べたがっていた。彼はそのまま気を失ってしまった。

「いちご、味の、かき……氷」


 僕は彼の言葉を、彼の遺言であるかのように呟いた。今度こそ死んでしまったのだと思った。どこまでも白いその世界に、生命の輝きを帯びた赤黒い血が、絵画のコントラストみたいに流れ出している。


 マジシャンが黒くて長いステッキから真っ赤なハンカチを取り出すみたいに、彼の血はその生命の輝きを銀世界に放出していた。


「おい!」


 僕は彼の肩を何度も叩いた。すると彼は目を覚ました。


「いっ、たぁ」


 彼は倒れたまま顔をしかめていた。目を瞑り、苦悶の表情を浮かべていた。


 しかし金沢くんは、ゆっくりと起き上がると、すぐに僕に微笑んだ。


「ドジった」

 金沢くんは、なんと笑っていた。


「血」


 僕は心臓の鼓動を抑えられないまま、早くなった呼吸のまま、彼の頭から流れ出している血について指摘した。


 すると彼の顔は真っ青に変わった。ゆっくりと手袋を外し、自分の頭に手を当てた。血が出ていることに気が付いた彼は、とたんに泣きそうな顔になってしまった。

「えっ、えっ」


 彼の呼吸もまた、早くなっていた。本当に焦っている表情だった。


「どうしよう、どうしよう」


 半泣き状態で、彼は焦っている。その間にも出血は続いていて、白い雪にポタポタと赤い点を落としている。


 水彩画みたいで綺麗だな、と僕は思ってしまった。


 しかし、どうしていいか分からなかったので、僕は自分のニット帽を彼に被せた。こんなものが何の役に立つのだろう、と僕は悲しい気持ちだったが、無いよりはマシだろうと思った。


 それから、彼に歩かせるのはよくないから、自分が背負ってあげようと思い、彼を負ぶった。すまんね、と彼は言った。


 下校途中だった。僕らはパンパンになったカバンを雪の降る道端に放置して、彼を家まで届けた。長い道のりだった。


 その夜、僕は熱を出してしまったので、母親に連れられて病院に行った。


 すると金沢くんもいた。彼は、奇遇だね。と言った。


 その病院は古くて、いつもは薬の匂いがするのだけれど、今日は待合室の真ん中に、大きなストーブがあった。


 灯油の匂いが充満していた。


 金沢くんは、頭を打って気を失ったということなので、精密検査をしなくてはいけないみたいだった。


 検査は、何とも無かったらしい。しかし三針縫うために髪の毛を剃ることは、嫌がっていた。


 次の日から冬休み、ということだけが彼の救いのようだった。


 冬休みの期間、彼と度々出会った。


「よう」と手を挙げる彼は、僕が貸したニット帽をいつも被っていた。


「それ、あげるよ」

 と僕が言うと、へへっ、と笑ってから、

「悪いね。血が付いちゃったんだ」

 と言った。


 数年が経って、成人式の日に金沢くんと会った。僕は、あの日の思い出を今でも鮮明に覚えているのだ。それは多分、すごく怖かったからだと思う。


「オレさ、あのニット帽、捨てられないんだよねぇ」


 スーツ姿で成人式に来た彼は、黒いビジネス鞄の中から血のついたニット帽を取り出した。彼は変わらない笑顔を僕に見せた。


「持ってきたのかよ!」

 僕は非常に驚いたが、とても嬉しかった。彼は思い出話をするために、わざわざ持ってきたのだ。食事の席だったので、同席していた同級生の数人が、彼の持っている血の付いたニット帽を見て驚いていた。


「そういえば、あのとき、かき氷がどうとか、言っていたけど」


 と、僕は彼に聞いてみた。


「ああ、あれね、雪に血が付いたから、それがいちご味のかき氷に思えたんかなぁって」


「気持ち悪いこと言うなよ」


「いや、でもあの時は、自分で血が出ていることに気が付かなかったから、オレは単純にかき氷が食べたかったんだと思うよ」


 と金沢くんは言った。彼とは、もう何年も会っていなかったのだけれど、割と話は弾んだし、彼の笑顔も変わらなかった。


「じゃあ、食べに行くか、かき氷」

 僕は会計を済ませようと席を立ちあがる。


「いちご味な」


 外には雪が降っている。時間が経てば、もっと積もってもおかしくはない。今夜、銀世界が広がるかもしれない。


「探すか、かき氷屋さん」

 と、僕は再び問いかけた。


「おう」


 おそらくこれ以降は、彼とはあまり会う機会は無いだろうと思う。僕は大学生活を楽しむし、彼は就職し、今働いているのだ。


「いこうぜ、食べたかったんだろう?」

「ああ、オレが奢ってやるさ」


 あの日、食べたいと思ったいちご味のかき氷を探し求めて、僕らは銀色の街へと、一歩足を踏み出した。


 〈了〉


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