変身ヒーローの僕と握手
あなたは『自分が変身ヒーローになれたら』って思ったことはないですか。
この物語は一人の青年が特撮ヒーローオタクの悪友に誘われて、遊園地のコスプレイベントに行くものです。
見に行くのではありません。彼はメタルヒーローに改造させられたのです。
『遊園地で、僕と握手』
黒森冬炎さん主催『ミラクル•チェンジ〜改造企画〜』『変身企画R6』参加作品です。
僕こと杉山太一は、悪友の岩波拓馬といっしょに遊園地にやってきた。
この遊園地で今日と明日、コスプレのイベントがあるらしい。
いろいろなアニメや漫画のキャラクターに扮した人が、遊園地内を徘徊するそうだ。
初めて僕はコスプレというものに挑戦する。
なんでこうなったか自分でもよくわからない。
拓馬にうまく乗せられたけど、参加を決めたのは自分だから人のせいにするのはよそう。
っていうか、僕は今までこういうイベントに来たこともない。
コスプレってどういうものなのか、よくわかんない。
ほんとに大丈夫かな?
僕が手作りした衣装は、特撮ヒーローの『メタル仮面キャリバン』だ。
いわゆるメタルヒーローの一種で、メタル仮面シリーズの2作目がキャリバンである。
一昨年に放映された『メタル仮面ジャバン』で始まり、昨年が『キャリバン』。
そして今年は3作目の『シャイニー』がテレビで放映中である。
自作の衣装のできばえは、まあまあだと思う。
ヘルメットもバトルスーツも、段ボールで作ったとは思えない再現性だと自負している。
いくつかの文房具屋をはしごして、緑の金属光沢の折り紙をいっぱい買ったなぁ……
拓馬のアドバイスを受けながら、頑張って一か月で完成させた。
衣装が完成したときは、自宅で試着してポーズをとり、拓馬にいろいろな角度から撮影してもらった。
正面から見るかぎりには違和感は少ない。なるべく後ろからは見ないでください。
後ろから見ると、黒ジャージの部分が多いんです。
段ボール製なので、もちろん激しいアクションは不可能だ。
軽いラジオ体操でも壊れそう。取り扱いは要注意である。
ちなみに今日の拓馬のコスプレは、メタル仮面シリーズに3作とも出演している音歩危カメラマンだ。
遊園地の受付でコスプレ参加チケットを渡す。
このチケットは予め拓馬が入手していたものだ。
参加証代わりのリストバンドをもらい、着替えに使う男性用の仮設テントに入る。
通路の反対側にある女性用テントの方には、入場待ちの女性が長蛇の列となっている。
拓馬いわく、ここのイベントのコスプレイヤーの数は女性の方が多いらしい。着替えそのものにも時間がかかるみたいだ。
テントに入ると、先に入った男性コスプレイヤーの皆さんが着替えていた。
けっこう混みあってるな。どこで着替えようか。
見た感じ、アニメ化した週刊マンガのキャラが何人もいる。
テントの隅に、ゆるキャラの着ぐるみを被っている人がいた。
背中のチャックを頼まれたので、チャックを引き上げた。
その着ぐるみキャラは、僕に礼を言ってテントを出て行った。
がんばれー。
ゆるキャラさんがいたスペースにカバンを置き、キャリバンのヘルメットとバトルスーツを出した。
テント内の他のコスプレイヤーさんから「それ手作り? よく出来てるねー」と言われてうれしかった。
拓馬のコスプレの着替えは、ここまで着てきた服に帽子と伊達眼鏡をつけるだけなので、すぐに終わる。
彼には僕の衣装の着付けを手伝ってもらった。
僕は黒の上下ジャージを着こんでいる。
ジャージには要所要所に面ファスナーを縫い付けてある。
そこに緑のバトルスーツの段ボール製パーツをつけていく。
面ファスナーだけだと、パーツが何かに引っかかると外れるので、拓馬が黒のゴム紐で固定してくれた。
頭に目出しの黒覆面をかぶり、その上から前後分割された緑のヘルメットを装着。
ヘルメットや各パーツがちゃんと固定されているか、拓馬がチェックしてくれている。
よし、OKが出た。
最後に黒い軍手を両手につけて完成。軍手には緑のパーツを縫い付けてある。
この衣装は今の季節だといいけど、もし夏だと暑くて厳しそうだな。
「太一、手首にこれをつけとくよ」
拓馬は、受付で渡されたリストバンドを僕に左手首に巻いてくれた。
このイベントでは、コスプレの参加者はどちらかの手首にこれを巻いてないといけない。
拓馬は僕のリストバンドにシールを貼った。
そこには『メタル仮面キャリバン』のキャラクター名が印刷されている。
「じゃあいくよ、太一。荷物は俺が持つからついてきて」
この遊園地のコスプレイベントでは、テント内に荷物を置いたままにできない。
コスプレ衣装を入れてきた大きいカバンに、今は僕の服や靴が入っている。
これって一人でイベントに来た場合は、仮装したキャラが荷物持って歩くことになるの?
今回はカバンを拓馬がもってくれてる。
さあ、いよいよコスプレデビューだ! なんだかドキドキするなあ。
心の中で『緑装!』と、キャリバンの変身の掛け声をいれた。
テントを出て、拓馬についていく。うわ、思ってたより視野がせまい。
自宅では気づかなかったが、広い場所で人が多いところだと歩きにくそうだ。
真正面以外は見えないな。油断しているとつまづくかも。
だからと言って、子供が見ているところでヘルメットを取ってはいけない。
『あ、キャリバンがいるー』という子供の声が聞こえた。
僕は声の方をチラッと見て軽く手を振り、足を止めずに拓馬についていく。
ここに来る前に拓馬に言われていたのだ。
予定している場所につくまでは、なるべく足を止めずに移動すること。
ここで握手とか写真撮影に応じると、他のお客さんの通行を妨げる可能性があるらしい。
周りが見えづらいな。もし一人で歩いてたら誰かにぶつかりそうだ。
今は拓馬が先導してくれているので、安心して歩ける。
遊園地内はいろんなコスプレイヤーさんたちが歩いている。
漫画やアニメやゲームのキャラ、それに特撮キャラに扮している。
じっくり見たいんだけど今は無理。
しばらく歩き、拓馬のおすすめの場所についた。
そこは通路の角で、ある意味デッドスペースのようになっている。
大きいカバンも、ここなら置いても邪魔にならないんだって。
拓馬がいうには、視野が狭いヘルメットでは園内を歩き回らないほうがいいらしい。
人とぶつかりそうになるのも、つまづくのもヒーローとしてふさわしくないのだ。
子供と握手したり写真撮影をするのも、この場所なら大丈夫だとか。
壁に背中を向けることで、誰かとぶつかる危険性がへる。
それと、ここだと写真撮影時に太陽の位置が逆光にならないらしい。
子供がせっかくヒーローと一緒に撮影しても、顔が暗く写っていると可哀そうだって。
ついでに言うと、僕の衣装は後ろから見ると手抜きが目出つのだ。
壁を背にして立つのが正解。
壁際に荷物を置いた拓馬が僕に言った。
「太一、今は子供たちがいないから、決めポーズの練習しとこっか」
「わかった……。森緑の戦士、メタル仮面、キャリバン!」
僕は大きく見得を切る。バトルスーツを緑装した変身後のポーズを決めた。
拓馬がつっこみを入れてきた。
「子供が近くにいるときは、危ないから腕を大きく振るなよ。あと、左手はもうちょっとこっち」
顔前の左拳が動かされた。え? なんか違うよ。
「おい拓馬、このポーズ違くない?」
「このあたりに小さい子が来たと思ってくれ。背はこのぐらい。キャリバンの顔が見えなくなるんだ。それに、太一もヘルメットの覗き穴から子供が見えないと危ないだろ」
それなら、こうするか。
僕は膝を曲げてやや姿勢を低くする。
少しだけ身体を左に向けて、左拳を少し下げる。
「そうそう。視野が狭いから、時々ポーズをかえて左・右・左・右って向きを変えるといいよ。じっとしていると人形だと思われるし、動いているほうがただ立っているより楽なんだ」
言われた通り、ポーズを替えてみる。
なるほど、常に視線を動かしてれば、前の様子がわかりやすい。
「あ、キャリバンだ! 握手してー」
通りかかった子供たちがわらわらと寄ってきた。
順番に握手をしていく。
親御さんから「写真撮っていいですか?」と聞かれた。
ヘルメットと覆面で声がこもるので、僕はうまくしゃべれない。
っていうか、本物と全然違う声になってしまう。
代わりに拓馬が「OKですよ」と答えてくれた。
何人かの子供たちと握手したり、写真を撮ったりした。
親御さんからも握手を求められる。
本当にヒーローになったみたいで気分がいい。
カメラを持つ親御さんに拓馬が「よかったら、シャッターを押しましょうか?」と聞いて、親御さんも一緒に写真に入ることもあった。
ある少年が「いっしょにジェットコースターに乗ろうよ」と言って、僕の手を引っぱった。
無理です。それやったら衣装が壊れます。紙装甲なんだよ。
拓馬が彼をうまくなだめて、緑装の変身ポーズをやらせている。
おお、この子は変身ポーズがうまいな。動きのリズムも完璧。
もしかして、僕より動きにキレがある?
だけど、おしい! それだと左右逆だよ。
テレビの真似するとそうなるのね。
小さい子が「だっこー」と言いながら寄ってきた。
が、ほんとに抱っこして万一のことがあってはいけない。
片膝をついて、横で抱き寄せるようにしてポーズ。
親御さんが写真を撮っている。ポーズをかえてもう1枚。
頭をなでてあげると、その子はとても喜んでピョンピョン跳ねていた。
その子の親御さんも楽しそうに笑っている。
幸せそうな家族だね。見てるこっちも幸せな気分になれそう。
何度か、他のコスプレイヤーさんから「いっしょに撮らせてください」と頼まれた。
たいてい拓馬がその人のカメラで撮影する。
たまに「音歩危さんもいっしょに」と言われ、歩いている他のコスプレイヤーさんにカメラをお願いしていることもあった。
とあるゲームキャラのコスプレイヤーさんとツーショットで撮った時、「Webサイトに写真載せていいですか?」と聞かれた。
親指を立ててOKサインをすると、「こちらのサイトにアップします」とアドレスが載った名刺をもらった。
僕も背中側のポケットから名刺入れを出して、ブログのアドレスを載せた名刺を渡した。
軍手のままで名刺を出すのはコツがいる。
拓馬に言われて練習してたんだけどね。
他の特撮ヒーローの、変身前のコスプレイヤーさんとも一緒に写真を撮った。
その人には、いろいろなポーズの取り方のコツも教えてもらった。
光線銃を撃つポーズや敵を指さす時、不慣れな人は手が自分の目の高さに来るそうだ。
それだと高すぎるらしい。肩より下にすればそれっぽく見えるとか。
その人は初代メタル仮面ジャバンのバトルスーツも持ってるそうだ。
夏場は暑くて、冷却シートをいっぱい貼っても三十分ぐらいしか着てられないとか。
空調服用ファンの取付を検討しているみたいです。
すごい。そこまでして夏に着るんだ。水分補給はどうするんだろう?
明日、用事が入らなければジャバンのコスプレで来られるかもって。
やった。明日は二大ヒーローの競演ができそう。
三人目もこないかな?
「今の三作目のメタル仮面シャイニーって、相棒の女性の方が主役じゃね?」
とか言ってたが、僕はノーコメント。
シリーズ物にはマンネリ化対策とテコ入れが必要かも。
その人が去った後、ある男の子が「シャイニーはどこにいるの?」と聞いてきた。
拓馬が「シャイニーは宇宙犯罪組織ブーマと戦ってて忙しい」というと納得していた。
その説明でいいの? キャリバンってヒマなの?
そうこうしているうちに、一人のおばあさんに声をかけられた。
後ろに小さい男の子が二人いる。兄弟かな。
「あんな。うちの孫がな。おまはんの名前をききたい、言うとんじょ」
僕の名前? あ、キャラクター名ね。でも声が出せない。
拓馬は、少し離れたところで他のコスプレイヤーさんのカメラを任されてる。
あ、そうだ。リストバンドにキャラクター名をつけてたんだ。
僕はおばあさんと子供たちに左手首を出し、リストバンドを見せた。
「ほれみーだ。やっぱし、ジャバンとちゃうわ。キャリバンやろー」
「ほな、おばあちゃん。キャリバンといっしょに写真撮ってーな」
小さい子供たちが話をしている。
拓馬いわく、シリーズものではキャラクター名を間違えて呼ばれることは多々あるようだ。
おばあさんは困ったように言った。
「ほなけんどなぁ。カメラはうちんくに置いてきてもぅたけん、撮れんのじょ。ごめんよぅ」
おばあさんはカメラを持ってないようで、子供たちに謝ってる。
そこに拓馬が戻ってきた。
「携帯電話かスマートフォンはお持ちですか。よかったら、おばあさんも一緒に撮りますよ」
「あぁ、ほぉえ。ほんまにぃ。えらいありがたい話やなぁ」
拓馬はおばあさんのスマホを借りて、カメラを起動した。
子供達に抱き着かれて写真撮影。なぜかおばあさんも抱き着いてきた。
パーツを壊さないでね。金属製に見せかけてるけど、これ紙製なんです。
おばあさん達が去って、別の家族連れが来た。
こんども小さい兄弟がいる。
親御さんがカメラを構えて、その兄弟と並んで写真撮影……
しようとしたら、弟の方がいなくなった?
「どこいった?」と親御さんが見回している。
あ、魔法少女セラレンジャーのコスプレしたお姉さん達の所にいた。
「ぼく、こっちがいい」とか言ってる。君、男の子でしょ。
その兄弟は先に魔法少女たちと写真を撮り、その後で僕と撮った。
お姉さん達は衣装も髪も完璧だ。
そういえば、コスプレ専門店でいろんな長さや色のカツラが手に入るって拓馬が言ってたな。
なにより、顔も違和感なくてすごい。
前に拓馬が言ってた『小顔メイク』ってやつかな。
顔の前面を明るい色の化粧品で塗り、側面をだんだん暗くしていくと小顔になるらしい。
そうすると対照的に目が大きく見えて、アニメっぽくなるとか。
拓馬はなんでそんなこと知ってんだ?
まさか、自分でやったことあるのか?
それからしばらくすると、一人の男の子が声をかけてきた。
「ねえ。エナジーソードでキャリバンアタックはできる?」
メタル仮面キャリバンの必殺技だ。でも、ここでは出せない。
キャリバンの剣のオモチャは自宅にあるけど、振り回すと危ないから持ってくるなと言われている。
拓馬が代わりに応えた。
「お兄さんが怪人役をやるから、キャリバンとふたりでキャリバンアタックのアクションをやってみようか?」
「うん! お父さん、動画で取って!」
彼は拓馬と何か話をしてて、それから僕の隣にきた。
その子のお父さんがスマホを構える。
僕は右手に剣を持っていることをイメージして、左手を剣の根元にそえる。
子供も同じポーズをしているようだ。
「「エナジー……ソーーーード」」
拓馬と子供の声に合わせて動作。
左手で刀身をなぞって光の剣に替えるイメージ。
光の剣を右手で大きく振りかぶる。
そして袈裟懸けに斬り下す!
「ジャバーン、フィニッシュ!」
「キャリバーン、アターック!」
うわ。その子は僕より先に先輩ヒーローの必殺技を出した。
キャリバンのテレビ番組の最終回…… 敵ボスに追い詰められたピンチに、先輩が颯爽と登場した。
そして最後は二大ヒーローが必殺技を放ち、敵のボスを倒していた。
この少年は、あの場面を再現したんだ。
僕はヘルメットの中で涙が出そうになった。
ドヤ顔の少年としっかり握手する。彼はいい笑顔で去っていった。
あの子も立派な特撮ヒーローオタクになるのだろうか。
その後、何人かの子供たちといっしょに握手や撮影をした。
周りの人が少なくなった時、拓馬が言った。
「太一、そろそろ撤収するぞ」
「え、イベント終了まで時間あるよね。まだいけるよ」
「足のパーツが外れかけてる。帰って修理と補強をしよう。ついでにヘルメットの中を加工して視界を広げよう。それにイベントは明日が本番だ」
明日は遊園地でヒーローショーがあって、今日よりもっと子供がくるらしい。
この場所はショー会場に近く、前の通路をたくさんの子供が通るそうだ。
「太一は他のコスを見られなかったろ。着替えて見ていこう。それと、明日この場所が他のコスプレイヤーにとられてたら、別の場所に立つことになるよ。候補地があるから、そっちも見ておくよ」
僕は、大きいカバンをかかえた拓馬の後についていく。
途中で『キャリバン!』と声をかけられて、そっちに手を振った。
僕、ほんとにヒーローになったみたいだ。
明日も楽しみだなぁ……
緑装せよっ! メタル仮面・キャリバン!