第9話 騎士見習い、忍法を見せる
「え、えと……」
とりあえず、身近に布がないか探した。しかし見つからない。
カリメロは裸だ。このままじゃ、みんなに見つかってしまうだろう。
「こ、こうなったら……!」
僕は大急ぎで上着を脱いだ。そしてカリメロに被せてやった。
苦肉の策だ。だって他に思い浮かばなかったから。
「ぬ……キサマ! そこで何をしておる!」
ショーワン団長の怒鳴りつける声。しまった。とうとう見つかってしまったようだ。
「え、えと……」
「なっ……なぜキサマ衣服を脱いでおる! なぜ脱ぐ必要があった!」
ショーワン団長がうろたえている。彼だけじゃなく、オータクマたちも同じように戸惑っている様子だ。
まあ、無理もないだろう。殴ったはずのカリメロが姿を消したと思ったら、いつの間にか僕が脱いでいたんだから。
とはいえ、ここからどうしよう。どうやってこの状況を切り抜けたらいいか……。
「主様、一つよろしいか」
僕の足元からささやく、あやめの声。
ショーワン団長に見られている以上、うかつに振り向けない。なので目線だけを下に送る。
ソファーの下で、あやめは拳をグッと握っていた。まるで応援しているかのように。
「主様には忍法があるでござる。大事なのは、それをどう使うかでござるよ」
「そ、それどういう……」
「おわっ! 何をしておるかキサマァ!」
またもショーワン団長の驚く声。
僕のそばで、立ち上がる影があった。
「……………………」
カリメロだった。僕のシャツで隠しているものの、ドロワーズ一丁の上半身裸だ。
「か、カリメロ……? 気がついたの……?」
「……………………」
カリメロから返事はない。まるで寝起きのようにボーッとしている。
「え、何で脱いでんのお前……」「カリメロ、アンタ何やってんの!」「あれ、君さっき殴られたんじゃ……?」「答えろぉ! これは一体何のマネだぁ!」
さすがに冷静でいられないんだろう。みんなが一斉に騒いでいる。
しかし、当の本人は……。
「知らない。何かここにいた」
要領を得ない答えだ。
「カリメロ、いいから上着なさいって! ホラ、さっさと後ろ向いて!」
キャルキャルが着替えを催促する。カリメロはコクン、とうなずき背中を向けた。
とりあえず大事な部分を見られず済みそうだ。そう思っていたが……。
「この……バカ者どもが……!」
ショーワン団長が怒りをあらわにしている。唸り声をあげ、僕たちを睨んでいるのだ。
「このワシがキサマらのために直々に出向いてやったというのに、フザケた態度ばかりとりおってぇ……。その上大勢の前で服を脱ぐだとぉ……!」
ヤバい。今のショーワン団長、正論だ。
顔を紅潮させている。いつ爆発してもおかしくない。
「ま、まあまあ、ショーワン団長……」
「修正してくれるわぁぁぁ!」
ショーワン団長が爆発した。
コシギィンの制止を聞こうとせず。
大きく口を開けて吠えながら、拳を振り上げて僕たちに迫ってくるのだ。
年寄りとはいえ背丈は僕より大きい。甲冑をつけた巨漢が暴力をふろうとしているのだ。
「う……うわわわわっ!」
僕は驚いてしまった。
そして咄嗟に、ポケットにしまった物を投げてしまう。
その瞬間だった。
「あ…………っ、痛ぁぁぁぁぁぁぁぁっ!」
ショーワン団長が叫び始めた。その場で足を止めて。
いや、足は動いていた。その場で飛び跳ねて。何かを踏んでしまったかのように。
「……これ、まきびしだ」
僕の手のひらに残っていた物と、ショーワン団長の足元に思わず巻いた黒く尖った物体。
覚えがあった。あやめからもらったくノ一の道具の一つ、まきびし。
踏んだ相手にダメージを与えるって言ってたけど、甲冑ごしでも有効だとは思わなかった。
(や、やった! こんな僕でも、ショーワン団長の足止めができたんだ……!)
僕は嬉しかった。
そして右手を握り、ガッツポーズをする。
「キ……サマ……! 何を喜んでおるかぁ……!」
運が悪い事に、ショーワン団長に目撃されてしまった。
物凄い形相でこっちを見ている。まるで般若だ。
マズイ。どうしよう……このままじゃ殴られる!
「待っておれ! 今すぐ鉄拳制裁を二倍に……!」
「か、……火遁の術!」
――ボオゥゥ!
「……うおおおおっ!」
ショーワン団長の狼狽する声。
僕は必死だった。迫るショーワン団長に怯えていた。が、それだけではない。
カリメロも気がかりだった。ショーワン団長の前で震えていた彼女が、僕のそばにいる。彼女のために何かしなければ……そんな気分だった。
カリメロに視線を送る。すでに着替え終えたようだ。しかし、驚いた目をしている。
きっと彼女も怖かったんだろう……そう思っていたが、どうも見ている方向が違う気がする。
(僕の手を……見てる?)
どうしてそっちに注目しているんだろう……疑問に思い、自分の手を見る。
「あ、火が出てる……」
どうやら僕は、魔法を発動したらしい。
いや違う。確かに僕は言った。『忍法、火遁の術』と。言ってしまったのだ。
「あ、えーと……」
どうしよう……この空気。みんなが僕を凝視している。
どうやらショーワン団長の目の前で使ってしまったらしい。大きく口を開け、腰を抜かしていたのだった。
どうしよう……とにかく何か、切り出さないと。
「これは……特訓の成果なんです!」
とりあえず、思いついた事を大声で宣言する。
「二軍騎士の宿舎に来てから、僕は自主連でがんばってました! 上半身裸になってがんばってました! レイラ副団長の事は存じませんが、これからも訓練に励みますので、今日の所は見逃してもらえませんでしょうか!」
これは、懇願だった。勢い任せのお願いだった。
もちろん、何の勝算もない。ショーワン団長がどういう反応を示すか……。
「ふ、フフ……」
何やらショーワン団長は笑い始め……。
「わーはっはっはっはっはっはっは! 上出来ではないかヤークト君!」
大声で笑い出したのだ。そして子鹿のように足腰をガクガクと震わせながら、立ち上がろうとする。その様子を見て、コシギィンが支えにやってきた。
「うむ、自主連大いに結構! これからも励んでくれたまえ! しかし勘違いするでないぞ! 一軍騎士となれば即座に魔法を放つなど当たり前なのじゃからな!」
「いやいや、詠唱なしで魔法使うとか一軍騎士でもいませ……」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
何かを言いかけたコシギィンを殴ってしまう。その反動でショーワン団長もひざをついてしまった。
「今回は、ヤークト君に免じてここまでにしておいてやろう! ではさらばだ諸君! 訓練に励みまたまえよ、はーはっはっはっはっは……!」
高らかな声とは裏腹に、ショーワン団長の膝と腰が笑っている。
大声で笑い続けたまま、コシギィンと共にリビングから立ち去っていったのだった。
「……………………」
静寂が、おとずれる。
「もしかして……終わった?」
ショーワン団長がいなくなり、残ったのは僕たち二軍騎士。って事は……。
「か、解放されたぁ……」
オータクマがため息を漏らした。それを皮切りにキャルキャルも、カリメロもその場で座り込んでいったのだった。
「疲れたわぁ〜……。カリメロは大丈夫?」
「……平気じゃない。死にそう」
ああ、二人が言っている気持ち、よく分かる。僕も正直、その場に倒れたい気分だもん。
けどその前に、お礼を言いたい人がいるんだ。もう少しだけがんばらないと。
「ありがとう、あやめ。あやめがいなかったら、僕たちどうなって……」
ソファー下に向かって声をかける。
しかしそこに、あやめの姿はなかった……。
次話は18以降の予定です。
読んでいただきありがとうございました。
「面白かった!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。