第8話 騎士見習い、震える
「二軍騎士、敬礼!」
号令がかかる。
僕を含む二軍騎士全員が並び立つ。
背筋を伸ばして。凄まじい緊張感の中で。
「団長、どうぞ」
「うむ」
ノッシノッシと音を立て、ショーワン団長が僕たちの前に現れた。
丸坊主で白いヒゲを生やした老人。しかし、歳を重ねたとは思えない程の巨体で僕たちを見下ろしてくる。
「こ、これはこれはショーワン団長……こんなところまではるばると……」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
デイタナが用を尋ねようとするも、言い終える前に殴られてしまった。
「キサマに用はない。ダマっておれ!」
「そうだそうだ! 小間使いは引っ込んでいやがれ!」
ショーワン団長の後ろに隠れるように、男が野次をとばす。
僕は彼に見覚えがあった。
確か、一軍騎士の部隊長を務める、コシギィンという人だ。
「ではコシギィン。二軍騎士どもに説明をするのじゃ」
「はい、では!」
コシギィンが僕たち二軍騎士の前に立ち、コホンと咳払いをする。
「今日ショーワン団長がここにいらしたのはな、キサマら二軍騎士が身分分相応なマネをしたからだ!」
「み、身分分相応とは……?」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
オータクマが口を開いたと同時に、ショーワン団長の拳が飛んできた。
「あ、あうう……」
「バカ者! 誰が口を開けと言った! 話し終えるまで大人しくしておれ!」
オータクマは頬に手を当て、苦悶の声をあげている。とても痛そうだ……何せ紅く腫れているくらいなんだから。
しかし、ショーワン団長もコシギィンも彼に構わない。話を続けてくる。
「ではコシギィンよ、続けたまえ」
「はい。……それでどんな身分分相応かというと……我が一軍騎士の副団長、レイラ・ワコージョ殿と共に過ごしたと報告があったのです!」
「えっ、ウソ! あの副団長と……!」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
今度はキャルキャルが殴られてしまった。しかも顔面をだ。おかげで体勢を保てなかったのか、地面に突っ伏してしまったじゃないか。
「い、痛た……」
「立たんか! 誰が横になれと言った!」
ショーワン団長が怒鳴り、キャルキャルを立たせようとする。
キャルキャルも辛そうだ。目に涙を浮かべているじゃないか。
それにしても何なんだよ副団長って……。会った事もない人の事なんて知るわけないじゃないか!
「さあ吐け! 白状しろ! 二軍騎士ごときがレイラちゃんと楽しそうに肩を並べていたと報告があったんじゃぞ! 早く言わんか!」
「そうだそうだ! 麗しの戦乙女って異名があるくらい騎士の間じゃ人気者んだぞ! 男にも女にも好かれてるんだ! 剣だって多彩な攻撃手段を持ってて団長より強いのは当然だし、団長の好き好きアプローチに相手しないくらいに澄ましたところが……」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
コシギィンが熱烈に語っていたところで、団長から殴られてしまった。
「バカ者! 余計な事を言うでない!」
コシギィンがその反動でよろめいてしまう。一軍騎士にまで手をあげるとは、まさに見境なしだ。
「そりゃあ、ワシも分かっておる……。何せ、歳の差大きいからのぉ」
顔を真っ赤にして暴力をふるったかと思うと、今度はモジモジし始めた。
「けどワシだって頑張ってるんじゃもん。レイラちゃんにプレゼントをあげたりぃ、優しく頭なでてあげたりぃ、笑顔で挨拶してるから、きっと向こうもワシの事好きになってると思うんじゃけどなっ」
体をくねくねと動かし、表情が緩んでいる。さっきまで二軍騎士たちを殴っていたというのにこの変わりよう。とても鉄拳制裁をふるう厳格な騎士団長と同じ人物とは思えない。
ああそうだ。僕は思い出した。ショーワン団長はこんな人なんだ。
正論めいた言い方で相手を言いくるめ、制裁と称して暴力をふるう。けど実態は自分にとって都合のいい解釈しかできず、相手に強いてくる。その自覚は自分の中になく、部下や目下にとっては災害そのものだ。
僕がショーワン団長の人物像を評価している時だ。何の前触れもなく怒りを見せてきたのだ。
「しかし、けしからん! 愛しのレイラちゃんに対する不届き者がいようとは……! しかも二軍騎士の分際で!」
ああ、マズイな……。犯人探しが始まったぞ。
僕は知っているんだ。こうなったら、全員鉄拳制裁を食らうまで止まらないんだって事を。
「あの、ですから、オレら知らない……」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
恐る恐る否定しようとしたオータクマが再び殴られてしまった。
「バカ者! キサマらという報告があがっているのだからそうに決まっておる! ワシのレイラちゃんに近づこうというスケベな魂胆を持っておる者など、男に決まって……!」
別に『ワシの』ものじゃないっていうのに……。
ショーワン団長の押しつけ解釈がオータクマに炸裂する。
「ん、いや待て。男とは限らぬ、すると……」
だけど、言いかけた所でピタリ、と止まって……。
「そうだ、もう一人いたなぁ……」
一人の人物を見下ろし、歯を軋ませている。
カリメロだ。
ショーワン団長はカリメロに目をつけてしまったんだ。
「そこの兜をかぶったキサマ! あやしいなあ、さっきから一言も発しておらんではないか!」
難癖をつけながらショーワン団長はカリメロに詰め寄ってくる。カリメロは元々無口だ。大人しくしていたって別に不自然じゃない。
よく見ると、カリメロの体が小刻みに震えている。一見、表情に変化はないように見えるも、額から汗が流れているのが分かった。
唇を噛み締めている事も。
ああ、この様子、間違いない。怖いんだ。
圧倒的な力を持つ大の男に迫られる事に、恐怖を感じているんだ。
僕にも分かる。だって同じだったから。
「おい! 黙ってたら分からんじゃろうが! 何か言わんか! それともやはりキサマが犯人か!」
「……………………!」
カリメロの震えが大きくなっている。
ショーワン団長がグイグイと顔を近づけている。もう手をあげる寸前だ。
どうしよう……このままじゃ殴られる。
カリメロには恩があるんだ。何とかして止めたいけど。
「……主様、主様」
すると、ささやかに僕を呼ぶ声が聞こえた。
後ろを振り返ってみる。ソファーがあった
。
足元に視線をうつしてみると、ソファーの下にあやめが隠れていたのだ。
「あやめ! ……こんなところに?」
「主様の危機を感じて駆けつけたでござる。どこにでも忍ぶのが、くノ一でござるよ」
僕たちは小声でやりとりした。
「主様、身代わりになるならやめておくでござる。痛い思いをするだけでござるからな」
「そんな事言ったって……じゃあ、どうしたら」
「大丈夫、任せるでござる!」
その瞬間、あやめがソファーの下から姿を消した。
それと同時に、ショーワン団長が拳を振り上げていた。
「カリメ――」
「鉄拳制裁!」
――バコォッ!
ショーワン団長の拳が振り下ろされた。
カリメロは足をよろけ、倒れてしまう。
「あ……」
結局、鉄拳制裁を防げなかった。
カリメロには夕飯の時の恩があったっていうのに、僕は何も……。
「主様、成功でござる」
すると再び、ソファーの下からあやめが姿を見せたのだ。
「何だよ……何もできなかったのに」
「いえいえ、本物はコチラにござる」
……本物?
何の事だろうと思っていると……。
「……カリメロ?」
ソファーの下から、ウェーブがかかったロングセラーの少女が姿を見せる。
気を失っているのか、目を閉じている。しかし、彼女の顔つきはカリメロそのものだった。
「……え、あれ? 何で? じゃあ、さっき殴られたのは……?」
「あれはかわり身。忍法でこの少女と入れ替えたでござる」
……? 入れ替えた? 何の話だ?
するとあやめが咳払いをし、説明を始めたのだ。
「これは忍法でござる」
「忍法……」
「忍法、かわり身の術。身につけている装備をかわり身にする事で相手をあざむく。そうして己の身を守る忍法でござるよ」
「かわり身って……」
イマイチ要領がつかめない……そんな時だ。
「……ぬっ! アヤツ、どこへ行きおった!」
ショーワン団長の戸惑う声。
僕は振り向くと、その場にカリメロの姿が無くなっていた。
殴られていたはずなのに……。他のみんなもキョロキョロと首を振るばかりだ。
そしてショーワン団長の腕に、兜と服が引っ掛かっている。
「……カリメロが、いなくなって……」
「ですから、ここにいるでござる」
「あっ……」
ようやく、状況が読めてきた。
要するに、カリメロが殴られる瞬間、あやめが助けてくれたのだ。
「ありがとう……あやめ……」
「いえいえ、礼には及ばん。それに、礼には早いでござる」
「え……?」
「主様、衣服か布はござらんか?」
「衣服……布?」
「実は、この忍法には欠点がござって……」
あやめが何やら、申し訳なさそうにしている。
「かわり身の術を使う時、衣服を犠牲にするでござる。なのでこのままだと、少女が目覚めた時……」
あやめが、カリメロをソファーの下から引き出した。
するとどうだろう。僕の目にうつったのは……。
「……裸?」
「あられもない姿を公衆の面前に晒すでござろうから……」
カリメロの鎖骨。小ぶりな胸。白く細い腕に、小さくもくびれのある腰つき。ドロワーズで覆われた下半身。
僕は固まっていた。下着一丁、上半身裸の女の子を見てしまったのだから。
読んでいただきありがとうございました。
「面白かった!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。