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第6話 騎士見習い、いっしょに走る

「あれ……いなくなった……?」


 さっきまで隣に座ってたはずなのに。

 あやめはどこかへ行ってしまったんだろうか。


「どうかしました?」

「いや、その……」

「あの、よかったらいっしょに走りませんか? 同じようにランニングしてる人がいるって知ってうれしくて」


 え、これ誘われてるの?

 まさか走ってるだけで女の人といっしょにいられるなんて、思いもよらなかったぞ。しかもこの町あたりじゃ見かけない、美人な人だし。


「……わかりました。いっしょに走りましょう」


 あやめはもしかしたら、走っているうちに見つかるかもしれない。

 探すついでだ。いっしょに走るのも悪くないかもしれない。


 走る準備をする銀髪のお姉さん。僕もそれに習い腕を後ろにまわす。


「あれ、何だか不思議なフォームですね」

「そ、そうですかね?」


 まあ確かに、こんな走り方をする人なんて、僕かあやめくらいかもしれない。けどいいんだ。速く走れるんだし。


「それじゃ行きますよ、せーの……」


 銀髪のお姉さんの号令。

 それに合わせ、僕は友達が少ない足を踏み込んだ。



 ――ダッ!



 地面を蹴る音が鳴る。

 我ながら快調なスタートだと思う。さて、銀髪のお姉さんは……。


「……あれ?」


 後ろを見た瞬間、我ながら失敗したと思った。

 なんと銀髪のお姉さんが、はるか後方で点になっているのだ。

 僕のスタートが早すぎた。ペース配分を間違えてしまったらしい。


「まずい……急いで戻らなきゃ!」


 これじゃいっしょに走った事にならない。僕は踵を返した。


 ――ダッ。


 銀髪のお姉さんに並んだところで、僕は体を一回転させ向きを合わせた。


「えっ、もう戻ってきたんですか!」

「え、ええ、ペースを出しすぎたんで……」

「それを一瞬ですか! やっぱりスゴイです! しかも息切れしている様子もないし!」


 銀髪のお姉さんにすごく驚かれてしまった。

 それにしても失敗したなぁ。やっぱり走るスピードは考えないといけないようだ。

 とにかく踏み込む力を弱めよう。彼女と同じ速度に合わせるんだ。


「これでよし。……それじゃ、いっしょに走りましょうか」

「はい! あ、もしかしてここに住んでる人ですか?」

「いえ、最近引っ越ししたばかりで、土地勘が……」

「でしたら、町案内もかねて走りましょう。ささ、こっちです!」


 お姉さん、この町に住んでるのかな。

 だったらありがたい。騎士として、平民を守る者として町の事を知れるいい機会じゃないか。

 あやめには後でお礼を言おう。彼女のおかげでキレイな人といっしょにいられるんだから。


 こうして僕は、銀髪のお姉さんといっしょに町中を走っていく。




◆◇◆◇◆◇◆◇




「あの大きな建物、あの中に井戸があって、この町を支える水源になってるんです。あそこで働いている魔法使いたちの手で水を循環させているんです」


 銀髪のお姉さんといっしょに、僕は走っている。

 町の様々な景色を楽しみながら。


「あそこに冒険者たちが集まってるでしょ。あの先にある店が冒険者ギルドになっていて、冒険者の登録やクエストの斡旋を行っているんです」


「あの先は商店街。武器屋に防具屋、雑貨屋に露店と町の人だけでなく冒険者に向けた店も多く並んでいるんです」


「あちらの坂を登っていけば教会があります。日曜には礼拝を行っていて、そこの神父さんが子供たちにお菓子をあげるって評判いいんですよ」


 銀髪のお姉さんは詳しかった。この町の色んな情報について教えてくれたのだ。

 ここはドライツ国の城下町。

 ドライツ国とは僕の家族、バリスタン家の領土も含まれるそこそこ大きな国だ。

 最初に騎士見習いとして城に入った時にもこの町を通りはしたものの、城内の訓練ばかりでちっとも町を歩く時間なんてなかった。

 けどこれからは二軍騎士といっても町の人々を守らなきゃいけない時だってきっと来るだろう。この町を知るきっかけを得られた事はとてもよかった。

 しかも、銀髪のお姉さんが優しく教えてくれたんだから。


「あ、そろそろ壁ですね」

「本当ね。じゃあ、壁を越えた先にも草原があるんです。そこで一息入れましょう」


 この町も当然、モンスター除けの壁で覆われている。

 僕たちは壁を警備する兵士に挨拶をし、草原へと向かっていった。


「ふぅ〜、いっぱい走りましたね!」


 風でそよぐ草原。

 銀髪のお姉さんが爽やかな表情で一息入れている。

 彼女、すごいなあ。十キロ以上は走っていたのに、あまり疲れている様子がない。

 それどころか走りながら町の説明を丁寧にしてくれたんだ。僕は彼女のペースに合わせようと必死で、相槌をうつのが限界だった。

 きっと僕よりずっと前から走ってきたんだろうな。走りに関して彼女は大ベテランだ。


「それにしても、すごかったですね」

「え、何が?」

「アナタの体力ですよ。最初、変わったフォームで走ると思っていたけど、しっかり私についてきてくれたじゃないですか。大抵の人は最初からペースについていけず脱落するか、遅れて走っても一息入れる頃には倒れてしまっていたり……」

「た、倒れる……」

「アナタが初めてです。ここまで私の走りについてきたのって。冒険者でもこんな人いなかったんですよ、フフッ」


 銀髪のお姉さんがニッコリと僕にほほ笑みかけている。

 しかし、何て事だろう。聞いた限りだと彼女、かなりの上級者じゃないか。


 冒険者って、そこらの平民の男が束になっても勝てない位に屈強なはずだぞ。低レベル冒険者でさえ平民から化物扱いされる程度には差があるんだから。

 そんな彼らでさえ、銀髪のお姉さんの走りについていけなかったらしい。どうやら僕はとんでもない人を相手にしてしまったようだ。あやめがくノ一走りを教えてくれなかったら、今頃どうなっていたか……。


「あやめ……そういえば」


 僕はあやめを探していたんだった。銀髪のお姉さんと走っていれば、そのうち見つかるだろうって。

 けどどこにもみあたらない。どうしよう……このまま探すべきか? それとも……。


「ん……?」


 その時、草原の奥の方で小さな黒い影が見えた。

 人だろうか、いや違う。

 クナイだ。クナイが見える。

 クナイだけを出して、僕に見えるように振り回しているんだ。

 クナイを持ってるなんてきっと……あやめで間違いないだろう。


「あや……」


 声をかけようとした瞬間、クナイを全力で振り回しているのが見えた。

 まるで、拒絶しているかのように。


「どうかしました?」

「あ、えっと、もう少し休憩しようかなって……」

「あ、そうでしたか。私はもう少しだけ走ってきますので、ここでお別れですね」


 銀髪のお姉さんは体を伸ばす。そして走るフォームに切り替えた。


「それじゃあ、お元気で。また会えるといいですね!」

「え、ええ、それじゃあ……」


 別れの挨拶を済ませると、銀髪のお姉さんは軽快に走り去っていったのだった。


 それにしても驚いた。特訓のつもりでランニングを始めたら、あんな美人な女の人といっしょに走るんだもん。ショーワン将軍に殴られたあの惨めな日々と比べたら大違いじゃないか。


「彼女、中々の逸材でござるな」


 ふと、草原からあやめが姿を現した。


「あやめ、今までどこに……」

「ずっと主様(あるじさま)のそばにいたでござる」

「えっ」

「主様たちが楽しそうに走っているのを、背後からずっと見守っていたでござる。もちろん、誰にも見られぬよう忍んだ上でござるが」


 え、じゃあずっとついてきてたって事?

 気づかなかった……。案内されながら周囲を見回してたってのに。


「ちなみに、どうして隠れたりなんかしたの?」

「くノ一ですので。くノ一は無闇に人前に姿を見せぬものゆえ」


 そ、そういうものなんだ……。

 要するに、ポリシーって事なのかな。


「ところで主様」

「え、何?」

「さっきの女の人、ハーレム候補でござるか?」

「ばっ!」


 突然何を言い出すんだ! 変な声をあげちゃったじゃないか!

 あやめが近づいてきて、何やらニヤニヤしていると思っていたら、とんでもない事を言い出してしまった。


「いえいえ、かの主様は多くのくノ一を従えると同時に、多くの美女をはべらせ満喫していたというもの。女中と呼んでいたでござるが……なるほど、さすが主様。くノ一ガチャ初日から抜かりなく女中候補として目をつけたという訳ですね!」

「ええ……」


 何で勘違いしてるんだろうこの子は……。

 僕はただ、美人な銀髪のお姉さんと楽しく走ってただけなのに……。

 あ、しまった。

 あのお姉さんの名前、聞くの忘れてしまった。

次話は8時半以降に投稿予定です。


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