第5話 騎士見習い、走り込む
「主様、特訓と聞いたでござるが」
「うん」
「具体的に何をするでござるか?」
そうだった。あやめの忍法に興味がわいていたけれど、そっちが本命だったんだ。
忘れていた。僕は何のためにこの広場までやってきたのか。
「そうだなぁ、剣の……はまた今度するとして、走り込みかな」
「ほうほう、走りでござるか」
『剣の稽古』と言おうとしてやめておいた。またあやめがしゅん、と落ち込んだような表情を見せたからだ。
「ほら、騎士としてやっていくのに体力も必要だから。それに早く走れるようになれば戦いの時にも役に立つだろうし」
「ふむふむ、それは確かに」
あやめが何度もうなずいている。
「なら、とっておきの忍法があるでござるよ」
「忍法?」
「くノ一走りでござる」
忍法……くノ一走り?
僕は首をかしげた。
走り方にも忍法があるのか。っていうか『くノ一走り』って何だ? どういうネーミングセンスだ、何でそんな名前をつけなきゃいけなかったんだ。
「実践しましょう。よく見るでござるよ」
あやめはそう言うと、両手を少し伸ばして後ろにまわす。そして姿勢を低くして……。
「忍法、くノ一走りの術!」
掛け声と共に……。
――シュバッ!
跳ねる音。
同時に、あやめが姿を消してしまった。
「え、あれ?」
僕はキョロキョロと周囲を見回した。瞬きの間にいなくなってしまったからだ。
どうなってるんだ? 走り方を見せてくれるんじゃなかったのか?
と思っていた、瞬間だった。
「主様、ただいまでござる」
「えっ」
突然、背後から声がする。
振り返ると、あやめが僕の背後に立っていたのだ。
「え、あれ……いつの間に?」
「今さっき走ってきたでござる。向こうの町まで」
「え、ちょっと待って」
向こうの町……広場から遠くに観える町の方を、あやめは指さしている。
およそだが、町の入口まで数キロはあるはずだが……。
「何? 走ってきたの?」
「はい。くノ一走りならあっという間でござる」
この子、本当に走ったのか? 汗一つかいてないように見えるけど。
いくら忍法といっても、これはさすがに嘘じゃないのか??
「疑ってるでござるか?」
「あ、えと、その……」
「主様もやってみるでござる! 拙者と同じように腕をあげて、走ってみましょう!」
僕の疑いを見抜いてあやめはプライドが傷ついたのかもしれない。頬を膨らませながら僕にくノ一走りの催促をしてくる。
そう言えば、僕には見ただけで忍法を使える特典があったんだったな。では、言われたとおりに。
「えっと、腕を後ろにやって、姿勢を前かがみに……」
あやめがやっていたポーズだ。恐らく、こんな感じだろうと思う。
その姿勢のまま、足を踏み出した。
その瞬間だった。
――ドドッ!
「えっ――」
僕の踏み出した足から、爆音が響いてくる。
同時に景色が歪んで見えたのだ。
そして強烈な風を、全身で受け止めてしまう。
「え、ちょ、ちょ……!」
突然の突風に耐えられず、僕は足を止めてしまった。
何だったんだ、今のは……。
そう思っていると、僕はさらなる衝撃を目の当たりにしてしまう。
「あれ、景色が違う……」
僕の眼前に、広場はなかった。
代わりにあったのは、町の入口。
僕は即座に振り返る。はるか数キロ先に見える、二軍騎士の宿舎と緑が広がった森。
そして、小さく映る広場。
「まさか、これって……」
ようやく僕は察した。
たった一瞬で、数キロ走ってしまったという事を。
「くノ一走りには、練習が必要でござる」
唐突に、僕のそばから声がする。
あやめだった。いつの間にか、僕の後をついてきたようだ。
「練習……?」
「さっきみたいに踏み込みすぎると、己の移動速度を制御できないでござる。今度は優しく踏み込んでみるがいいでござりましょう」
「こ、こう……?」
あやめの言うとおりに、今度は踏み込む力を弱くしてみた。
――シュバッ!
風が吹きかけてくる。しかし我慢できる。
今度は町並みが流れていくように見えた。さっきの歪みはない。商店や人々を通り過ぎていくのがよく分かる。
「ちゃんとコントロールできたようでござるな、主様」
僕の隣から声がする。
あやめの姿があった。流れる景色とは違い、はっきりと目に映っている。
僕と同じ姿勢で、両手を後ろにまわし走っているのだ。
「あやめも……走ってる……」
「はっはっは。このあやめ、これしきの事、当然でござるよ。くノ一ですから」
うう、余裕だなこの子。
僕は必死な思いで力を弱めて走ってるのに比べて、慣れた足踏みで僕にペースを合わせているようだ。
やっぱりそれだけ修練を積んだって事だろうな……。僕もあんな風に走れるようになるんだろうか。
「主様、主様」
「う、うん」
「そろそろ休憩にしましょう。町を通り過ぎたでござる」
え、もう?
僕は慌てて足を止める。
見回してみると、草原に覆われていた。
町はどこへ行ったのかと思っていると、僕の位置からおよそ数キロ離れた先に見える。
いつの間にか町を出てしまったようだ。あやめに気を取られ、周囲を見ていなかったのだ。
「どうでござるか? 忍法くノ一走りの術は?」
あやめは相変わらず余裕そうだ。すごいなぁ、僕にはしゃべる余裕なんてなかったのに。
「驚いたよ。忍法って、何でもできるんだね」
「当然でござろう。忍法には無限の可能性がありますからな」
ここであやめが得意げになって語り始める。
「くノ一はみんな、主様から下されるどんな命令や任務もこなせるよう、様々な道具や体術を習得してきたのです。それらをアレンジし、魔法も織り交ぜ忍法として昇華したのでござる。全ては主様のためにござる」
「主様のため……」
くノ一って何なのかよく分からなかったけど、忠義に厚い人たちっていうのは分かった気がする。
そこん所は騎士も同じだ。王に仕え騎士道を守り、王のため戦いに勝ち抜いていく……そう思えば、騎士もくノ一も似たようなものだったのかもしれない。
こんな人たちがいるなんて知らなかった。俄然興味がわいてきたぞ。
「ねえ、あやめ。忍法をもっと教えてよ。色々知って、騎士としてもっと……」
「こんにちは! いい天気ですね!」
その時だった。忍法について聞こうと思っていたところで。
女の人から声をかけられたのだ。
「あ、はい。いい天気ですね」
僕も振り向き、返事をかえす。
その女の人は髪が長く銀髪が日の光で輝いている。
服装は何て事ない平民の服とズボンだったが、それにしては顔が整っていて美しい。本当に平民なんだろうか?
「あ、すみません。突然声をかけちゃって。実は私、ランニングしてたんですけど、アナタが走ってるのを見ててつい追いかけちゃったんです。休憩ですか?」
「あ、はい。ちょっと走りすぎちゃったので、休憩を……」
またたく間に町を過ぎてった僕たちを、追いかけた……?
そんな事があるんだろうか、まさかくノ一なんだろうか……と思ってあやめの方に振り返ってみると。
「……あれ?」
そこに、あやめの姿はなかった。
7時半以降に次話投稿します。
読んでいただきありがとうございました。
「面白かった!」
と思ったら
下にある☆☆☆☆☆から、作品への応援をお願いします。
面白かったら星5つ、つまらなかったら星1つ、正直に感じた気持ちでもちろん大丈夫です。
ブックマークもいただけると本当にうれしいです。
何卒よろしくお願いいたします。