第4話 騎士見習い、忍法を使ってみる
第5話は18時以降投稿予定です。
「驚いたでござるか?」
くノ一あやめが尋ねる。
「う、うん……」
僕はただ、うなずくしかなかった。
彼女が発した『火遁の術』、この一言だけで炎を発生させてしまったのだから。
通常、魔法を唱える時には魔法名のほか、詠唱が必要になる。それ等を揃えて初めて魔法を放つ事ができるのだ。
例えば初級魔法と言われているファイヤボール。
『炎の精霊よ、我に力を貸したまえ』
と、こんな風に詠唱しなければ発動しない。
中級魔法、上級魔法となると、さらに詠唱が長くなり発動まで時間がかかってしまう。
そう思うと無詠唱かつ一瞬で炎を作ってしまったのだから、驚くのも無理はない……と思うんだよね。
「びっくりしたでござるか?」
「は、はい。とても……」
「実は、主様にもできるでござるよ」
「えっ」
どんな高位な魔法使いも叶わなかった無詠唱。
それが僕にもできるって?
「主様が見た場合に限り、くノ一の忍法を使う事ができるでござる。くノ一ガチャの特典の一つでござる」
何だって? 見ただけで僕にも使えるようになる?
正直、あり得ない話だと思った。見ただけで技術を得られるなら、何人職人が生まれるというのか。
でも、ものは試しだ。僕は大きく深呼吸をする。
「忍法……火遁の術」
僕は右手を差し出し、恐る恐る声を出した。
――ボォォゥッ!
すると、僕の右手のひらから同じように炎が燃え上がってきたのだ。
「う、うおおおぉっ! マジか!」
本当にできた! 僕は喜んだね。
実はこの僕、魔法を成功させたのはこれが初めてだったんだ。
こんな成り行きで魔法を覚えられるとは……夢にも思わなかったんだ。
「ふふ……喜んでいるでござるな」
くノ一あやめが嬉しそうな表情を見せている。
「す、すごいよ! 僕、魔法って初めてで、勉強はしたんだけどうまく使えなくて、それでショーワン団長に殴られて……!」
「まあまあ、これは忍法でござる。……他にも忍法はあるでござるよ」
満足そうな様子のくノ一あやめ。
今度は彼女、装束の腰あたりをまさぐったかと思うと小さな鉄片を取り出したのだ。
「これはまきびし。尖っているでござろう? これを地面に巻き、踏んだ相手の足を負傷させ足止めをしたりダメージを与える忍法を使えるでござる」
「こんな、小さいのが……」
「次にコイツが、クナイにござる」
装束の胸元に手を入れ、何かを取り出した。
それはナイフのような形をした真っ黒な金属。
「これは……ナイフみたいなもの?」
「ナイフとしても使えるし、それだけではござらん。コイツを投げる事で、あらゆる物を砕けるでござるよ」
「砕ける……こんな短い剣先だけで……」
「主様、何かないでござるか? 硬そうな物があったらその威力、お見せしたいでござる!」
「何かって……そうだ!」
僕はふと思いつく。
急いで宿舎に戻って、あるものを取ってきた。
「これで試したいんだけど……」
僕が持ってきたのは、両手で抱える程度の小さな丸太。
「何でござるか?」
「これ、サンドバッグ。剣用の。剣の稽古で使うヤツだけど……」
簡単に説明して、僕は丸太を置いた。
「そのクナイっていうの? やってみてよ」
「承知した。では……」
短く返事をすると、くノ一あやめが構え始める。
腕をあげ、丸太を見据えている。
そして――
「――忍法、クナイ投げの術!」
――シュバッ!
くノ一あやめが声をあげる。
彼女の手先から、クナイが発射した。
その瞬間だった。
――バチィィィン!
「う、うわああああ!」
刺さる音、破裂する音が耳に響いてきた。
あまりの大きさに驚き、思わず耳を塞いでしまう。
「い、今のって……え!」
音の正体を確かめようと、丸太に目をやった。
するとどうだろう。両手で抱える程大きかった丸太が、木っ端微塵に砕けてしまったのだ。
「な……丸太……えぇ……」
「どうでござるか? すごい威力でござろう?」
驚きのあまり、僕はうまく声を出せないでいる。
対するくノ一あやめは得意そうだ。クナイをもう一本取り出し、見せびらかすように指先で振り回しているのだから。
「す、すごいよ……! この丸太、すごい頑丈なんだ。剣用のサンドバッグで、千回打っても壊れない代物なんだよ!」
「おお、そうであったか。では拙者のクナイは剣千回分以上の威力があったという事でござろうな」
「これ、剣の稽古用に使うつもりだったんだ。けどこう一瞬で壊されるなんて、思いもよらなかったなぁ、はは……」
「えっ」
ここでくノ一あやめの表情が素にもどる。
あれ、どうしたんだろう。何かまずい事でも言っちゃったかな?
「拙者、かたじけない事をしたでござる……」
何と、しょんぼりした態度で謝ってきたのだ。
「拙者、そんな大事な備品だとは知らずに……。クナイの威力を披露して浮かれてしまったばかりに、主様の訓練の機会を奪ってしまったでござる」
「い、いいよそんな」
そんなに落ち込まなくていいのに……。僕は慌ててフォローした。
「そんなの、また用意するか買えばいいだけなんだから。それにホラ、僕だってクナイの威力を知りたくて持ってきたんだから自己責任だよ。だから、あやめさんは悪くないよ。ホラ、ね、元気出して」
「主様……」
くノ一あやめが僕の顔を見上げている。
涙を目に浮かべながらも、表情が穏やかに変わっていく。
「主様は、優しいでござるな。備品を壊すなどといった狼藉を許してくれるとは、心の広い方に出会えてよかったでござる」
大げさだなあ。まあ、元気になってくれたからいいんだけど。
「それと、すまないついでにお願いがあるでござる」
「うん?」
「拙者にさん付けは不要でござる。名前をその……『あやめ』って呼んでほしいでござる」
「う、うん……分かった。あやめ」
名前で呼ばれ、くノ……あやめは微笑んでいた。
何だか、そんな彼女を見ていると照れくさくなってきたじゃないか。
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