第21話 騎士見習い、上級モンスターと遭遇
セイレーンはA級モンスター。
いわゆる、上級モンスターだ。
徹甲弾恐竜はB級。一級違いと思われるだろうが、B級は町の被害を想定しているのに対し、A級は城下町の壊滅すら想定されている。その規模だけでも差は絶大だ。
正直、僕は緊張している。上級モンスターをお目にかかれるなんて、思ってもいなかったから。
「怖がらないで。見ての通り、何もできないから」
静かで、透き通った声。
蒼く長い髪。その先端が束ねられている。
そんなセイレーンが僕を見ている。僕に話しかけたのか。
「何で、怖がってるって……」
「あなたの中の水が、そう答えたから」
僕の中の水……?
それを聞いた瞬間、背筋が震えてしまう。
「主様、相手は人から出る水分で気配を読めるのです。平常心を保ったほうがいいでござる」
あやめが僕のそばに立ち、囁いてくれる。
そう言えば、書物で読んだ事がある。
セイレーンは水を操るモンスター。波を起こす事も、小さな水滴すらも自身の支配下におけるのだとか。
だとしたら、僕の水分を奪い取る事も自在に……。
「さっきも言ったでしょう。封印されて、水の魔法も使えないんだから」
またもセイレーンが、僕に向かって話しかけてくる。
本当にあやめの言う通り、僕の感情を読み取っているようだ。
「ふ、封印……? その、手錠が……?」
「ええ。魔王から罰を受けた私は、このほこらに閉じ込められた。封印を施され、何人たりとも介入できないように」
セイレーンはクックと笑みを浮かべている。
が、両手を手錠で繋がれ、鎖で吊り下げられた姿が痛々しい。
「ここまで足を踏み入れたんですもの。せっかくだからお話していかない?」
セイレーンに誘われてしまう。
どうしようかとあやめの方に振り向くと……。
「セイレーンの言う通り、身動きのとれない状況は本当でござる。近づいても大丈夫でしょう」
少しだけど安心した。
上級モンスターが動けないっていうなら、何とか会話に集中できそうだ。
僕たちは数歩、セイレーンに近づいてみた。
セイレーンもジッと、僕の顔を見つめている。
「……聞きたい事、ありそうね?」
「えっと……どうして魔王に捕まって、封印されてしまったのかなって……」
僕は恐る恐る、質問を投げてみる。
魔物といえば、魔王の部下。そんな彼女が捕まってしまう何て、一体何をしたのか興味があったからだった。
「それは……反逆したからよ」
「反逆……?」
「魔王は世界を、人間たちを支配しようとした。対して私は、人間と共存する道を選ぼうとしたのよ」
意外な内容だった。
僕が知っているモンスターとは、凶暴な獣のようなもので、人間の敵であり、騎士として絶対に倒さなければならない害悪そのものなのに。
さらにセイレーンは、話を続けていく。
「モンスターと言っても、多種多様。凶暴なモンスターもいれば、そうでない者もいる。これは人間も同じでしょ?」
「そ、それは……」
「ええ、分かってます。人間の、モンスターに対する恐怖についてもね。だから、戦闘意思のないモンスターから歩みよらなければならない」
「……………………」
「私たちは戦う以外に、互いを知らないと思うの。それでお互いが知り、分かりあえるようになったら、きっと無益な殺生だってなくせると思う。殺し合う関係から手を取り合う関係を目指せるんじゃないかって思うの」
「……………………」
「けど、それも過去の話。私はこうして捕まってしまった。成し遂げる事なく……無様ね」
自嘲気味に笑みを浮かべるセイレーン。
その姿はどこか、悲しそうだ。
「ねえ、最後に教えて。私がいなくなってから、人間の支配を目論んだ魔王はどうなったの?」
セイレーンに、尋ねられてしまう。
とりあえず僕は、知っている限りの知識を伝える事にした。
「魔王は……分からない。ここ数百年、姿を見せてないらしいから。けど、モンスターは今もはびこっている。僕たちは日々、モンスターと戦い続けているんだ」
「そう……」
セイレーンはうつむく。小さく、息を吐いた。
「その格好、騎士様よね?」
「えっ、まあ……」
「お願いがあるの。トドメを刺してくださらない?」
セイレーンが再び顔を上げたかと思うと、僕に介錯を要求してきたのだ。
「ぼ、僕が……?」
「私、もう疲れたの。何百年もこのほこらに封印されて、身動きもできないで。アナタのような騎士様の手で終えられるなら、……モンスターとして冥利に尽きるから」
言われてみれば、手錠で腕を繋がれている。その状態が続けば、人間だって何日も耐えられない。
ならさっさと殺してくれ……と懇願するのは道理なんだろう。
人とモンスターが手を取り合う世界……か。
それを考えられる彼女はきっと、優しいモンスターなんだろう。
僕へのお願いも、気遣っているように聞こえたんだ。もっと嫌な言い方だってできただろうに、騎士様だなんて……。
でも……。
僕は一歩、足を前に出す。
「ねぇ、あやめ。あの扉を開けた忍法って、僕でも使えるんだよね? それともはっとり教わった方がいいかな?」
「解錠の術でござるな。鍵穴さえあれば、クナイ一本で解錠できるでござる」
クナイか……。
あやめからもらったヤツが、まだ残っていたはずだ。
「じゃあ、あの手錠も外せる……でいいんだよね?」
「主様! それは……!」
あやめが動揺を見せた。
初めての反応だった。思わず僕はギョッとしてしまう。
「……主様、もし、手錠を外すというなら覚悟してくだされ。……罠があるでござる」
「……罠?」
「見敵の術で確かに見たでござる。あの手錠に触れたが最後、強力なモンスターが降ってくるでござる」
あやめが今まで以上に真剣だった。真剣な声に、そのまなざし。
徹甲弾恐竜を一撃で倒した彼女が警戒するほどらしい。セイレーンが自力で脱出できないのだから、当然か。
「そのモンスター……強いの?」
「恐らく……S級はあろうかと」
S級。
その言葉を聞いて、僕の鼓動が早くなった。
最初に説明したように、モンスターにはランクがある。
B級は町の被害。A級は城下町の壊滅。
S級は城……いや、国の崩壊を意味する。
S級に属するモンスターは、魔王軍の配下と言われている。ソレが一匹現れただけで、城壁も、大砲も、魔法も、武装も何もかも蹂躙してしまう。
やはり、バカげているんだろうか。僕がやろうとしている事は。
「主様。拙者はどこまでも主様についていくでござる」
「……え?」
「主様の思うようにやってみるでござる。たとえS級モンスターが相手でも、忍法の新の力を見せてやるだけでござる!」
あやめがガッツポーズで答えてくれる。
僕を励まそうとしているのか。
はは……なるほど。こう言われたら、行くしかない。
従者が背中を押してくれているのに主が答えない訳にいかないもんな。
僕は甲冑をまさぐり、クナイを取り出す。
そしてセイレーンの目の前まで近づいた。
彼女は安堵したような表情をみせている。
「介錯……しれくれるのね?」
けど僕は、セイレーンの期待に答えない。
クナイを片手に、手錠に触れようとした。
「何をしているの? ……まさか!」
「うん、手錠を外す」
「やめなさい! 下手に触れたら番人がやってくる! アナタたち殺されちゃうわよ!」
「やっぱり来るんだね……あやめの言った通りだ」
「私を殺して! 動けないモンスターを殺したって、騎士の名誉は傷つかないハズよ!」
セイレーンが必死になって僕の解錠を止めようと叫ぶ。
「本当に優しいんだね……。でも……」
僕は手を、止めなかった。
「でも僕は、騎士じゃない。騎士見習いだ」
僕のクナイが、手錠に触れた瞬間だった。
――ゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴゴ……!
地面が鳴り響く。
小石がパラパラと、頭上からおちてくる。
「地震……!」
最初はそう思った。
しかし、自然現象でない事が、すぐに判明する。
『我らが魔王様の封印を暴く、不届き者どもよ』
頭上から響くエコー。声の一つ一つが心臓に届いてくる。
『我が力によって裂き、魔王様への供物としよう……!』
「……主様! 下がってくだされ!」
後方から引っ張られ、僕は数歩後退してしまう。
すると僕がいた場所めがけて、何かが降ってきて……。
――ドォォォン!
巨大な何かが着地した。その衝撃で土煙が舞う。
「ケホッ……! な、何……?」
「主様、構えてくだされ。『番人』が現れたでござる!」
「ば、番人……」
「左様。見敵の術で見当ついたでござるが、ヤツはゴーレムの上位種……」
土煙が晴れてきた。同時に現れる巨体。
全身が、鎧で覆われていた。蒼く輝き、兜の隙間から小さな光が漏れている。
まるで、こちらを捉えているかのように。
「ミスリムゴーレム、S級モンスターにござる! お命ちょうだいいたす!」
あやめが装束から、クナイを数本取り出した。
対するミスリムゴーレムも、巨体以上は伸びているだろうランスを持って、構えていた。
次話は17時頃に投稿予定です。
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