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第20話 騎士見習い、出会う

 僕たちは走り続けた。

 この長い階段をのぼりつづけて。

 ようやく頂上までついた所で、次は薄暗い廊下。


主様(あるじさま)、罠があるかもしれません。ここからは歩くでござる」


 あやめは変わらず元気だ。

 一方の僕はさすがに疲れていた。


「あ、あの……少し休憩しない?」


 全身の疲労もそうだが、何より空腹だった。

 二軍騎士たちの朝食、硬いパンひと切れとミルクのみだ。

『働かざる者食うべからず』というショーワン団長の訓示からすれば、これでも贅沢らしい。だけど行軍するのに、とても保つ量じゃない。


「主様、お腹を押さえて……空腹でござるか?」

「あ、うん、そうなんだけど……」

「なら食事にしましょう。手軽な物がいいでござるな」


 そう言うと、あやめは装束をまさぐり、包みを取り出した。

 その中に指を入れ、何かを取り出す。小さい団子状の物だった。


「……なに、それ?」

兵糧丸(ひょうろうがん)にござる。ささ、一口食べてくだされ」


 あやめが自信満々な態度で、僕の前に丸いソレを差し出した。


 ……ひょうろうがん? 何それ?

 聞いた事がない名前だ。それにこの形状も、見た事がない。

 何か黄色い粉のような物をまぶしているようで、ほんのりと甘い……匂い? はするけど……。

 そもそもこれ、本当に食べ物なんだろうか?


「ささ、主様、食べてみるでござるよ!」


 あやめがやけに勧めてくる。

 もう断れそうにない。

 僕はソレをつまんで受け取った。

 硬い感触。本当に食べられるんだろうな……。


「ん……あむっ」


 思い切って口の中に放り投げた。勢い任せだ。

 味はどうなんだろう……と思っていると。


「……あれ?」


 思いの外悪くなかった。

 ほんのりと甘い味。食感もモチモチとしていて食べごたえがある。

 何より……。


「おいしい……」


 そんな感想が口からこぼれるほどだ。

 それを聞いたあやめが、嬉しそうに笑みを浮かべている。


「主様、ここからが本番でござる」


 本番? ここから?

 何の話だろうと思っていると……。


「――え!」


 突然、腹の中から何かが湧き上がる。

 熱のような物のような、正体は分からないが感じるごとに腹が膨れていく。

 それにともない、力がみなぎってくるのだ。


「これこそが、兵糧丸の本領。一粒で腹をみたし、体力も回復する。くノ一の携帯食でござるよ」

「携帯食……これが……」

「他にも、腹を満たす効果を重視した飢渇丸(きかつがん)、水分補給に適した水渇丸(すいかつがん)など、様々な物があるでござる」

「他にも……」


 あやめが勧めてきた理由が、ようやく分かった気がした。

 なるほど、確かにこれはスゴイ。親指の半分くらいしかない一粒で、腹を満たして体力まで回復させるんだから。

 これ、本当に凄まじいな……。騎士や冒険者、それどころか平民が知ったら喉から手が出るほど欲しい代物だぞこれ。食糧問題が一気に解決するじゃないか。


「これって、僕でも作れる?」

「不可能ではありませんが、米が必要でござるな」


 コメ……か。

 コメなんてあっただろうか。

 やっぱり、麦じゃダメなのかな……?


「主様、休憩を終わりにして、そろそろ行こうでござる」


 あやめに促され、僕は兵糧丸の件を頭の片隅に置く事にした。


「警戒しながら進むため、拙者のあとについてきてくだされ」


 そう言うとあやめは腰につけていた剣を鞘ごと取り出す。

 そして鞘から半分ほど剣を抜き、前に突き出し始める。


「えっと……何してるの? 剣を中途半端に抜いたりして?」

「これは忍法、見敵(けんてき)の術にござる。こうしていると人の気配や罠を察知できるでござる」

「へ、へぇ〜……」

「ちなみに、これは剣ではござらん。『くノ一刀』というくノ一七つ道具の一つにござる」


 くノ一刀と呼ばれるソレは、確かに僕が持っている剣とは違う。

 刀身がやや短く、片方にしか刃がない。

 おまけに何だろう、あの鞘についている紐は……?


「行くでござる。……はむっ」


 するとあやめは、紐を口に咥え始めた。

 中途半端に鞘から取り出した刀を突き出し……そのまま歩き始めたのだ。


「……………………」


 正直、何をしているのかよく分からなかった。

 忍法って、奥が深いんだなあ……そう思う事にした。


 数刻、僕たちはレンガ造りの一本道を歩き続けていた。

 水霊のほこらと言われていたけど、こんな建造物があるなんて、今まで知らなかった。

 もしかしたら、誰も知らないかもしれない。こんな湖の奥まで潜った人なんて、そうそういないだろうしね。


「主様、隠れるでござる」


 あやめから声がかかった。

 隠れると言われても……と思っていると。

 僕の目の前にあったのは、扉のない部屋。

 その先は松明が少ないのか、暗闇に包まれている。

 入口のそばで、あやめが手招きしていた。

 彼女にならい、僕も身を隠そうとする。


「誰……?」


 遠くから、声が聞こえた。

 かすれるような声。部屋の奥から。


「水気で察したでござるか」


 あやめが小さく舌打ちをした。

 どうしたんだろう。まさか、あの向こうに誰かいるとか?


「主様、見つかってしまったようです。行きましょう」

「え、大丈夫なの……? その、罠とか……」

「心配ござらん。向こうに敵意はないでござる」


 どうして分かるんだろう……。

 不思議に思ったまま、僕たちは部屋の中に入っていく。

 予想通り暗い部屋。入ってみたけど何も見えない。


「水霊のほこら……彼女がいわゆる『水霊』でござるな」


 あやめにはしっかりと見えているんだろうか。

 ようやく僕も目が慣れてきた。

 暗い部屋の中央に、人影があるのが見える。

 そこにいたのは、確かに女の子。

 髪は長く、うつむいている。

 何より……。


「捕まって……いる……?」


 女の子の両手が、鎖で繋がれていた。

 盗賊か何かに捕まってしまったんだろうか。早く助けるべきじゃないか……!

 と、思ったところで。


「……あ」

「主様も、気がついたでござるか」


 あやめが言うように、女の子には人間にないはずの物がついていた。

 女の子の両耳あたりに、ヒレがついていたのだ。

 よくよく見ると、女の子の髪は蒼い。さらに肌は白く、両腕にもヒレがついている。

 この特徴を、僕は知っていた。



「セイレーン……」



 騎士見習いになる前、書物で読んだ事がある。


 セイレーン。

 それは、水を操るモンスターの名称だ。

次話は15時頃に投稿予定です。


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