野営
「お前ら、なんで俺たちを探してた?」
「あんたたちを、探してた、訳じゃない。ガキを探して、たんだ」
重たい荷物を背負って歩く男の言葉は途切れがちだ。なるべく歩きやすく、月の光の届く開けた場所を選んではいるが、やはり夜の山道は厳しい。幾度も休憩をはさんで歩く。
「一月前に、荷運びをした、野郎が、ガキに逃げられた、のを、黙ってたんだ。
あのガキは、見目が、い、いいから、出す前から目を、つけられてた」
なるほど。と思う。高値で売れるはずの商品が紛失していたから、問題になったということだ。モノなら紛失も横領もあるだろうが、この商品にそれは考えにくい。逃亡か、死か。死なら隠しておく必要はない。ならば逃亡だ。逃げられたのなら、行く先を確かめねばならない。この商品は口をきくから。黙らせなくてはならない。話を聞いたやつも含めて。そういう事だろう。ただ。
「それだけで俺のところにたどり着くか…?」
「医者から、きいた、やつがいる。山の中で、ガ、ガキの治療を、したって」
口の軽い医者だな、おい。次から面倒でも巫女の紹介する医者にかかることにしよう。そう決意したところで、次の機会はそもそもなくなっていたらしい。
「馬鹿が、医者を、や、殺っちまったん、だ。場所を、聞く、前に」
「…医者を殺したと聞いて、何とかこの仕事を抜けたいと思った」
今まで黙っていた兄貴の方が、かすれた声で言った。
「俺たちが見たガキはみんな痩せこけてて、痣だらけで。親から殴られてるガキだと聞いてた。
だから、逃がしてやってるつもりだったんだ。けど違った」
「俺たちも、殴られてた、から。酒飲みの、く、糞親父に。兄貴、が、いつも、かばってくれて」
「違うと判った時には、簡単には抜けられなくなってた。組織にずっぽり首まで浸かっててな。
何も命を奪う訳じゃない、と自分に言い訳して続けてた。でも、それも違った」
そこからは黙って歩いた。根は善良なこういう馬鹿を、巧く使うやつらがいる。俺はそういう連中が嫌いだ。今回の一件にかかわるその連中は、俺が狩る。そう決めた。
女房のところに戻れたのは、とうに夜半を過ぎてからだ。女房はまだ起きていて、火の番をしていた。俺を見て安堵したような顔をした後、連れの2人を見て、何事か納得したようだ。
「随分と時間がかかってると思ったら、そう言う訳かい」
「そう言う訳だ。ジョゼはそろそろ麓に着く。お前はもう寝ろよ。明日は早いぞ」
「そうするよ。さすがに今日は疲れた」
怪我と疲れのせいか顔色が悪い。すれ違いざまに腰を抱き寄せて、額に唇を落とす。
「あまり無理するなよ」
そう囁けば、胸をどつかれる。痛い。照れるにしても、もう少し別の表現にして欲しい。胸をさすりながら振り向くと、兄弟が目を丸くしていた。目を合わすと、何でもないというようにブンブン首を振る。変な奴らだ。
「お前ら、そこの岩陰に寝ろ。怪我人は冷やさない方がいいからな。そこなら火の熱が通る。
あとは朝になったら傷を洗ってやるといい。明るいところで改めて手当てしてやる」
「…あんた、いい人だな。ありがとう。すまなかったよ」
小さくつぶやくと、兄弟は大人しく岩陰に向かった。俺は縛り上げてある2人の方へ足を向ける。俺がいない間に、2人は木に括り付けられていた。穿いているものが降ろされて、尻も前もむき出しだ。8時間の間には生理現象も起きようが、それに付き合うのが面倒だったに違いない。これは女房の仕業だな。男同士では哀れすぎてここまではやれない。半泣きの男たちを立ち木から解放して、ついでに襟首をひっつかんで排せつ物の上に倒れないようにしてやる。
「お前らも少し寝ろ」
袋小路になる岩陰に2人を放り込み、出口に陣取った。猿轡を外すと、水筒から少しずつ水を飲ませてやる。出かける前にああは言ったが、俺には2人とも死なせる気はない。元気にしてやる必要もないから餌は与えないが、水がなければ人は簡単に死ぬ。
その後は簡単だ。まずはおしゃべり男に嘘つき男を拘束させ、おしゃべり男は俺が拘束する。見張る相手を最小限に減らし、労少なくして多人数を制圧できる方法だ。仕組みはよくわからないが、左右の親指を結び合わせれば人間は殆ど抵抗できなくなるから、拘束用具も最小限で済む。ついでに2人の足首を繋げば、逃げるどころか立つこともままならない。
そこまでして、やっと自分が眠ることができる。今日はよく働いた。働きすぎた。高く天に向けて伸びをした手が地面に戻る前に、俺は眠りに落ちていた。