猟師の弁解
「あんた、今日の獲物はそれだってのかい?」
腰に手を当てて仁王立ちしてる女房の顔が怖い。一見笑顔に見えるのがなお怖い。
「で?どこの女に産ませた・子・ど・も・なんだい?」
「違う、誤解だ、そんなんじゃない!山で!山で、猪罠に、は、はまってたんだよ!ほんとだ!」
俺は慌てて弁解する。何せ命が掛かっている。胡乱げに聞いていた女房だが、眠っている子どもの様子には顔を曇らせた。
「ずいぶんと痩せてる子だね?」
「ああ。それに日常的に鞭で打たれていたらしい」
「何だって?こんな小さな子になんてことを…」
子どもをソファに寝かせると、どこからか毛布を持ってきた女房がそっとかけてやっていた。いや、どこからかじゃないな。それ、俺の毛布じゃないか。恨みがましく目を向けると、女房はニッコリ笑い返してきた。怖い。
「まぁ、あんたの子どもじゃないのは信じるよ。この子、キレイな顔立ちしてるからね。
…それにあんただったら、自分の子どもをこんな痩せっぽちのままにはさせないだろ」
「ああ」
夜中に目を覚ました子どもは、高熱を出した上に腹を壊していた。
「あんた、この子に何食わせたんだい!」
「いや、違う!い、猪の餌を勝手に食ってたんだ!それで罠に掛かってたんだぞ?!」
元々弱っていた様子だったこともあり、回復にはかなりの時間がかかった。その間、女房は子どもの身体を冷やしたり、薬草を煎じて飲ませたりと甲斐甲斐しく世話をしていた。合間に本人のことを色々聞き出そうとしてみたが、結果は芳しくなかった。判ったのはルカと言う名前と男の子だと言うこと、服の下になって見えないところはアザだらけだったことくらいだ。
最初にその身体を見た時には、女房は無言になった。汗を拭ってやろうとした手ぬぐいを当てるところをなくして、着替えだけをさせるとそのまま薬草を採りに行った。沢山の薬草を抱えて戻ってきた時には、目が赤くなっていた。その後何度も薬湯に浸からせたおかげか、熱が下がったころには殆どの傷がきれいに治っていた。
「それにしてもどうやってこんな山の中まで来たんだろうねぇ。裸足で」
そう、ルカの怪我で一番酷かったのは、足の怪我だった。これだけはまだ治りきっていない。おかげで俺は貯めてあった鹿皮で靴を作らされる羽目になった。それはともかく、裸足で山を歩けば怪我をして当然だし、そもそもあんな山深くまで入って来られる訳がないのだ。あの翌日に無事仕留めた猪を持って行った山裾の町でそれとなく聞いてみても、行方不明の子どもの話は聞かなかった。近隣の町も同様だ。
「馬車に乗ってた」
ルカがポツリとつぶやいた。うちに来て2週間、ようやく慣れて来たようだ。俺達に慣れたと言うより、殴られない生活に慣れたらしい。最初は高熱に浮かされながらも怯えた様子を隠せなかったが、今は恐る恐るでも話をするようになって来た。最初に会った時に見せた図々しさが本性だろうし、打ち解けるにはもう少しかかりそうではあるが。とりあえず俺に対するより怯えないので、聞き出し役は女房に任せることにする。
「前に馬車に乗せられた時は、すぐ打たれるところに連れて行かれた。
今度はもっとひどいところに連れて行かれるかもしれないから、逃げた」
「前はどこにいたの?」
「お家にいた。外で遊んでたら、知らないおじさんに『キースの息子か?』って聞かれた。
『うん』って言ったら、『じゃあ、来い』って。馬車に乗せられた」
ルカが涙を流すのを見て、俺は女房と顔を見合わせた。最悪、ルカは父親に売られた可能性がある。もちろん男達の言葉はただの口実だった事もあり得るのだが。どうにか家に帰してやろうと思っていたが、ことはそう単純ではないかも知れない。
「お母さんの名前は?」
「ヘザー」
キースとヘザーの息子、ルカ。これで調べるための糸口が出来た。誘拐なら家に帰してやる。売られたのなら、身の振り方を考えてやらねばならない。それよりも問題はすぐ打たれるところの方だ。
「山に来る前にいたのはどんなところ?」
「怖いおじさんがたくさんいた。みんな打たれてた」
聞き捨てならない台詞が出た。たくさんの身持ちの悪い男達に、ルカの様な子どもが幾人も?それはもう組織的な人身売買ではないか?最初に思っていた以上の厄介ごとに、俺は頭が痛くなって来た。