騒動の顛末 ~エピローグ
まともに動けるようになるまで、3週間かかった。馬車に乗った直後から殆ど意識がなかったのでまったく実感がないのだが、脇腹の刺創が熱をもって一時は結構危なかったらしい。騎士団付きの医者は「本当にさっきまで動いていたのか?」と何度もジョゼに確認したとか何とか。
女房は最初の矢傷の他は、ほぼ皮一枚の傷でしかなく、見た目の出血のわりに実は大したことがなかったそうで、「あんたは動きが大雑把だから怪我が多いんだ」と後で叱られた。
そんな風に俺が寝込んでいる間に、ことはほぼ終わってしまったようだ。
まずルカとロッドは山裾の集落近くで保護された。ロッドは過労で2日ほど寝込んだらしいが、大きなけがはなく、一番辛かったのは足のマメだそうだ。ルカは元気いっぱいで、今は問屋の主人が保護してくれている。
山狩りの連中の死体は回収してくれていた。熊などが人間の味を覚えたら困るから助かる。俺の家から野営地まで点々と13人。沢の襲撃箇所で14人の死者と、自力で動けない者を11人回収したそうだ。我ながらよく働いた。他に野営地から連れていた4人と、軽症者が11人、無傷の者が2人。領内の一味はほぼ山狩りに駆り出されていて、他の拠点は留守番が数人という有様だったようだ。せっかく大規模に出陣したというのに、やることがなくてつまらなかったと、見舞いに来た団員に後から愚痴を聞かされた。
アジトにいた男と沢で捕まえた中で無傷の2人、そして例のおしゃべり男はやはり幹部だったようで、色々とさえずってくれたそうだ。
執拗にルカを狙った理由は、ルカを買う予定だったのが中央の高貴なご身分のクズ野郎で、相当な高値が付いていたから。らしい。本人は覚えていなかったが、クズ野郎とルカには面識があった。クズ野郎は出先でたまたま出会ったルカを見初め、わざわざ組織にさらわせたそうだ。云わばフルオーダーの品だった訳だ。それはいなくなれば慌てもするだろう。見目がいいというのも、厄介な話だ。
組織にたんまり金を落としていたそのクズ野郎は、とても胸糞の悪くなる趣味をしていたようで、中央騎士団が踏み込んだそいつの別荘には、揃って見目のいい怯えた少年たちが何人かと、既に命を失った何人もが居たそうだ。ルカがそこに加わらずに済んだことに心底安堵した。
連中は他にも親から買ったり攫ったりした子どもを国内外に売り払っていた。北の漁師町は人口の2割以上がその商売に携わっていて、解体の上廃村にされそうな勢いだ。場所は悪くないから、すぐに新しい町ができるだろうが。
こうして領内の人身売買組織はほぼ一掃された。幹部を含め捕まえた連中の半数ほどはよそ者で、他国の者は中央に、他領の者はその領に引き渡した。これからはそちらでも捜査が進むだろう。領内の者どもは、罪状に応じて斬首刑から湖沼地帯での強制労働まで、選り取り見取りだ。
全ては山の中でルカを拾ったときに始まった。そして今日、それが終わる。ルカの両親がルカを迎えに来るのだ。
「おじさん、おばさん。父さんと母さんは…」
ルカは不安そうに俺たちの手を取った。なんとなく、本当は捨てられたのではないかという疑いがぬぐい切れないのだろうと判った。しゃがんで目を合わせて、告げた。
「お前のご両親がお前を要らないんだったら、ずっとうちにいさせてもよかったんだがな。
だけどお前のご両親は、お前がいなくなってから2か月、毎日探していたんだってさ。
だから、返してあげないといけないと思ってな」
大きな目が不安に揺れて、俺の首に縋り付いてくる。抱き上げると、子どもの高い体温が伝わってきて、俺はただ黙って何度もその背中を撫でてやった。
そんな風にルカが緊張していたのは、ほんの最初だけだったが。部屋に入ってきた両親は、ルカを見るなりみるみる涙を溢れさせたのだ。
「ルカ!」
駆け寄って、膝をついて2人でルカを抱きしめる。それ以外の言葉を忘れたかのように、幾度も名前を呼んで「良かった、生きてた」と繰り返して泣く両親に、ルカも大声で泣きだした。俺と女房はそっと部屋を後にした。
「本当に、ありがとうございました。ご面倒をおかけして申し訳ありません」
普段ならルカに似ているであろう目元を腫らせた父親が、俺たちにそう言ったのはしばらく経ってからだった。泣いて泣いて、泣きつかれて眠ってしまったルカを、母親は片時も離すまいというようにずっと抱きしめている。愛情あふれるその様子に、ひどく安心すると同時に、ほんの少し寂しい気分がした。
「うちにはもう子どもがいませんから。久しぶりに賑やかに過ごせて、楽しかったですよ」
「え、あの、すみません!その、お子さんは、その…」
慌てた夫婦を見て、女房が俺を肘で小突いた。
「その言い方だと誤解を生むだろ!…うちは末の息子も2年前に成人しまして」
「あ、そう言う…」
苦笑とともに、場が和やかになった。軽く食事をしながら、少し話をする。ルカの両親は中央の南寄りの土地で、2人してちょっとした商いをしているのだそうだ。近くに来ることがあったら寄ってくれ、と熱心に言ってくれたが、まぁそんな機会もあるまい。ルカを見るのもこれが最後になるだろう。
外まで見送りに出ると、母親がルカを起して別れを促した。小走りにやってきて俺を見上げて言う。
「おじさん、鹿皮の靴、ありがとう。山のこと沢山教えてもらって楽しかった」
次は女房だ。
「おばさん。僕、おばさんみたいに強くなりたい。僕も騎士になる!」
俺は吹き出しそうになるのを必死でこらえなければならなかった。女房も複雑な顔をしている。ここで笑ったら後が怖い。深呼吸をして言った。
「そうだな、見習いにでる12の年までに、しっかり身体を鍛えるといい。好き嫌いはするなよ?
西の領地は誰の子どもでも好きな仕事に就ける。騎士にもだ。本気なら見習いにくればいい」
大きくうなずいたルカは、何度も頭を下げる両親と馬車に乗って帰っていった。お互いに幸せそうに笑いかける姿を見送りながら、女房がつぶやいた。
「行っちまったね」
「そうだな」
「本当に騎士になりに来るかね?」
「どうかな」
「寂しくなるね」
「…そうだな。久しぶりに2人きりだな。帰るか」
女房の肩を抱き寄せて、俺は家路についた。




