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厄介ごとの予感

子どもを拾った。


山裾の町から畑を荒らす猪の退治を引き受けて、罠を張っておいたところ、その中の一つに引っかかっていたのだ。餌をとったら上から檻が落ちてくるタイプの罠だ。落とし穴にかかって串刺しとか、仕掛け弓にかかって針ねずみとか、物騒なタイプの罠でなくてよかった。というか、猪の餌をとるなよ。あれ腐ってたぞ…。


そんな千々に乱れる思考は現実逃避だ。この山を中心に近在の町を幾つか回っているが、そのどこでも見た覚えのない子どもだ。それらの町を除けば、子どもの足でこの山に迷い込むのは容易ではないはず。となれば訳ありの子どもだということだ。第一、こいつは裸足だ。裸足で山の中に遊びに来る子供などいやしない。面倒ごとの予感に、一瞬見なかったことにしたいと思ったものの、人間としての最低限の矜持がそれを許さない。かといって檻の中で小さく丸まりながら、なるべく俺から逃げるように対角線を動き回る子どもにどう対応していいか分からない。山を歩き回って日々過ごしている俺は、当然ながら身体もでかいし、日焼けした顔もいかつい。子どもにとっては恐ろしいのだろう。どうしようもないが。


猪の餌を欲しがるくらいだ。餌付けするのが早いか?


ふと思いついて、檻の中にリンゴをおいて少し離れてみた。子どもは恐る恐るリンゴに手を伸ばし、サッとひったくると素早く反対の隅に戻って行った。夢中のていでがっついている。少し面白くなって、今度は昼食用のサンドイッチを置いてみる。子どもは目を輝かせて飛びついて来たが、少し焦りすぎたのか、喉に詰まらせてむせこんでいる。そっと水筒も差し出してみると、今度は手から受け取った。急いでいたせいなのか、少しは気を許したのか、これだけでは判断できない。


「まだ食うか?」


問いかけると同時に、俺の腹がぐぅーっと派手な音を立てた。子供の食いっぷりをみて、俺まで腹が減って来たらしい。子どもは目を丸くして、


「おじさんも、お腹空いてたの?」


と聞いて来た。少し気恥ずかしくなって、頭を掻く。


「お前の食いっぷりを見ていたら、少しな」

「…ごめんなさい」

「なぜ謝る?」

「おじさんの分を食べちゃったから。鞭で打つのは許してください。ごめんなさいごめんなさい…」


そうしてワンワン泣き出した子どもに俺は絶句した。このやせこけた子どもにとって、鞭で打たれるのは日常だったということか?それから猛烈に腹が立ってきた。


「お前、ちょっとそこで待ってろ」


下手にうろつかれるより安全なので、俺は子どもをそのまま檻に残して少し離れた湧き水に向かう。ここは飲み水を求めて獣が集まる良い猟場なのだ。背に負った弓を構えてしばし。草むらに放った矢は、野ウサギをとらえていた。その場で皮を剥ぎ、血抜きと臓物の処理を済ませて、半時と経たずに子どものところに戻る。


「見ろ、俺はこうやって獲物をとって、食いたい時に食えるんだ。お前が心配することじゃない」


石くれを集めて簡単なかまどを作り、小鍋に水を入れて湯を沸かす。小さく切った肉に軽く塩を振って、干飯とそこらに生えている香草を一緒に湯に放り込んで雑炊を作る。かまどの外側では串に刺した肉を焼いていく。いい匂いが漂い始めると、子どもがそわそわしだした。


「お前も食うか?」


と聞くと、子どもはコクリと頷いた。そこで始めて檻から出してやる。恐る恐るといった感じの子どもに、鍋ごと雑炊を手渡してやった。鍋と俺を見比べた子どもが、串焼きをさして言う。


「あっちは?」


おい、意外に図々しいな。このガキ。


「俺の分だ。それにお前みたいな痩せっぽちが急にたくさん食べると、腹壊すぞ。まずはそれ食え」


それからしばらく黙々と食事をする。ウサギの殆どが俺の腹に収まったころ、子どもは急激に眠くなってきたようだ。鍋を手で持ったまま、舟をこぎ始めている。ひっくり返さないようそっと鍋を取り上げると、取り返したいそぶりはあっても身体が付いてこないようだ。俺はこの日の猟は諦めて、子どもがかかっていた罠だけを張りなおすと、火の始末をして子どもを連れ帰ることにした。子どもは持ち上げるにはひどく軽いくせに、運ぶには妙に重かった。

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