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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第三章 選んだ道
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「もしも正統後継者が景だったなら、私は挑戦しなかったかもしれない」

 景は静かに耳を傾ける。


「景ならきっと安心して任せられた。

 何も考えずサポート側に回れた。

 私は心のどこかで翔を下に見ていたのかもしれない。


 あれだけ呑み込みが早くて、努力家で、いつか私を越えていくと思う反面、私が何とかしてあげなきゃいけないと思っていたのかも。

 同じ弟なのに失礼よね」


「年の差、七個も違えばそうなるだろ」

「そうなのかしら」

 茉莉は苦笑し、声を漏らす。


「そうだとしたら朝陽のこと馬鹿に出来ないわね」

 妹のことを溺愛している男の姿を思い浮かべたのは茉莉だけではなかった。


 景もまた同じ人物のことを思い出し、顔を綻ばせる。

 二人の笑う声が地下室に響く。

 依然として動く気配がない魔物を見ている茉莉にかけられた声。


「あれは例外。


 ……知ってるか?

 あいつが茉莉を避けていた理由」


 ”あいつ”

 その言葉が誰を指すかなんてすぐにわかった。


「翔?」

「あぁ」


 景は思い出す。

 二人っきりで過ごした最後の冬を。



 ※ ※ ※ ※ 



「兄ちゃん!!」

 ある冬の日。

 母から年賀はがきを買いに行ってほしいと頼まれた景は重い腰を上げ、渋々寒空の下を歩いていた。


 隣の家の敷地から聞こえた声に視線を向ければ、そこには蓮水家の飼い犬と戯れている弟の姿があった。

 小学校六年生になった弟。

 あと数か月もすれば学生服を着て、自分が今通う中学校へやってくる。

 年齢差で同じ校舎で過ごすことはないが、弟はそれをすごく楽しみにしていた。


 美蚊という魔物との交戦が記憶に新しく、更に高みを目指す弟は犬に手を振り景の元へと駆け寄った。

「どこ行くの?」

 手ぶらで外に出かける兄を不思議に思い、翔は問いかける。


「母さんのおつかい」

「俺も行く!!」

 流石小学生というべきか。

 こんなにも体に突き刺さる極寒の中、元気にはしゃぐ弟に顔を顰めながら景は歩き始めた。

 そして思った――「こいつが行けばいいのでは」と。


 景は口数が少なく、他人との関わりをあまり重要視していない。

 普段から他人との会話は必要最低限でしか行っていなかった。

 ある二人を除いては。


「でさ?今日の稽古はあまりうまくいかなくてさ。

 だからちょっと体勢変えてみたんだけど、尚更うまくいかなくて。

 あ、でも羽花は調子良さそうだったんだよな」


 先程から景が何の反応を見せなくてもすっと話し続ける翔は話のネタが尽きないようで、午前中の任務、学校での出来事などコロコロと話題を変えながら話し続ける。


 ――うるせぇ。


 いくら弟とはいえ、静かな空間を好む景はこの状況が苦痛で仕方がなかった。

 弟から聞く話は嫌いではないし、時折面白い話もあるが何分ネタが多すぎる。


 コンビニエンスストアまでの道のり早五分。

 ペラペラと休憩する間もなく口を開き続ける弟はまた新たな話題を始めていた。


 そしてようやく辿り着いた目的地。

 ようやく弟のマシンガントークから解放されると思っていた景だが、店内に入っても翔の口は閉じることを知らず

「このお菓子美味しいよ」

「わ、見て見て兄ちゃん。これ新商品だって」

 と落ち着きがなかった。


 景は目当ての物を手に取ると速攻でレジに向かい会計を済ませる。

 レジの後ろの棚で弟が何やら声を上げているがどうでもいい。

 お釣りを貰うまでの間、ふと目についた存在に思わず口を開いた。


「すみません――」


 再び極寒の中に足を踏み入れた二人。

 一人はその寒さで体を縮こまらせる中、もう片方は元気に口を開き続けていた。


 そんな翔に景は手に持っていた袋を渡すと、振り返ることなく歩き始めた。

「それでさ、ん?なにこれ?

 肉まん!?肉まん買ってくれたの!?ありがとう」


 後ろで騒ぐ声が聞こえるが景は決して振り向かなかった。

 善意で買ったわけではない。

 母親から「足りる分だけ渡すわね。肉まんなら買えると思うから食べなさい」と言われ、

 この五月蠅い口を塞ぐのに丁度良かった、それだけだった。


 開いた二人の距離を埋める足音が聞こえ、視界の端に頭が入り込んだ時その声は聞こえてきた。

「はい、兄ちゃん」

「いらん」

 半分に割られた、湯気を出す温かい肉まん。

 明らかに差し出された方が大きいそれを一目見て、景は素っ気なく答えた。


「えー、だって一個しか買えなかったんだろ?

 半分にしようよ」

「減ってねぇ」

 景はお腹が空いていなかったため、母親に言われたからと言って元々買うつもりはなかったのである。


「じゃあ家に持って帰って羽花と食べる」

「今食え」

 冷めるから、そう付け加えれば渋々口に運ぶ弟を見つめ景は安堵した。


 しかしその静けさも束の間、

「本当に食べない?」

「もうこれしかなくなったよ?」

 と相変わらず減らない口に嫌気がさし、ちょっとした怒りを込め最後のひとかけらを強引に奪い口に放り込んだ。


 自分の手元から消えた最後の一かけら。

 その手を見つめていた翔は怒ることも、悲しむこともなく、笑顔を見せ言った。

「美味しい?」


 景はその問いかけに答えなかったが、何故かいつもより美味しく感じたそれを飲み込み、ようやく口を開く。


「お前さ」

「何?」

「なんで避けてんの」

「え?」

「茉莉」

 会ってから初めて閉ざされた口に景は思う。

 初めからこの話題を出せばよかった、と。


 再び開き始めた二人の距離。

 それでもしっかりと聞こえてくる足音に耳を澄ませながら帰路についた。


 家の前で別れ、午後からの稽古に向かった翔を見て景は家の中に入っていく。

「おかえり、ありがとう」

 母にはがきを渡し、階段を上がりかけた足を戻し、景は再び外の世界へと飛び出した。


 人がいない公園で力の確認を終え、景が帰宅したのはあれから三時間後のことだった。

 すっかり冷えた体を温めるべくお風呂に入ろうと考えながら戸に手を伸ばすと、中から開けた人物と鉢合わせた。


「兄ちゃん……」

 驚いたように間を見開いた後、視線を逸らす弟の姿を見て時間を確認した景はそのまま家の中に入ろうと歩き出す。

「兄ちゃん!!」

 任務に向かうため代々伝わる上着に身を包んだ翔が、そんな景を呼び止める。


 振り返った景は扉を閉め、すっかり暗くなった夜の世界へ身を置く。

「昼のことなんだけど」

 言いにくそうに言葉を詰まらせる弟に景は

「別にいい」

 そう吐き捨て家に入ろうとした。


 景は特別気になっていたわけではなく、その場しのぎの質問だったため今更答えは求めていなかった。

 けれど問いかけられた本人はそうではない。

 必死に答えを探し続けていたのだ。


「俺は強くなりたい。

 誰よりも強くなって、ずっと一緒に戦いたい。


 だから焦ってる。

 まだまだ出来ないことがたくさんあるから。


 けど女の子なのに自分よりも凄くて、兄ちゃんや朝兄と同じくらい実力がある姉ちゃんにモヤモヤしてて……気まずい」


 景はその言葉を聞いて思い出した。

 前にも同じような事があった、と。


 ただあの時と違うのは、昔は”自分よりも強いから嫌だ”とただ単純に思っていただけのことが、心身共に成長した影響でより深い意味を持っていた。


「自分は男なのに」

「力も体力もそのうち身長も自分の方が上になるのに」

 異性だからこそ尚更負けたくないという思考が伴ってきているのだった。


「でも姉ちゃんに負けてほしいとは思わない。

 俺が追いつく、いや追い越すまで――姉ちゃんには強い人でいてほしい」


 ※ ※ ※ ※


「ってさ」

「そう」


 知らなかった昔話に茉莉には思うものがあった。

 驚く早さで成長していく弟の中に、自分の存在がいたのだと。


 茉莉は嬉しさから笑みを浮かべた。


「お前らは優しい。

 俺に、こんな愛情を持った姉弟がいて良かったよ」


 話を聞いている時から感じていた。

 こんなに饒舌な景を見たことがないことを。


 まるで最後に伝えたいことを振り絞るように話し続ける弟に胸騒ぎがする。


「他人なんて興味なかったけど、お前らのおかげで少し変われた気がする。

 誰かの為に、自分が動くことが出来た」

 そう言って立ち上がった景は、今までにない程格好良く、無敵なオーラを放っていた。


「だから俺に任せろ、”姉貴”」

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