天力の心
雲一つない青空に、青々と生い茂る草の間を流れる川。
どこを見渡してもその景色が広がる大自然の中、朝陽はただ一人自分自身と向き合っていた。
先程までいた仮面の男はいつの間にか姿を消しており、この場にいるのは朝陽のみとなった。
しかし集中している本人はそのことに気が付いておらず、ただ目を瞑り体内を流れる天力に意識を向けていた。
”天力のことを知らない”。
これが何を指すのか、今はまだわからない。
今までも技術は磨いてきたし、術式を発動させるのに特別不便なことはなかった。
けれど、もし。
これが本来の天力の力ではないとしたら?
考え始めた朝陽の中にある一説の仮定が生まれた。
男の言葉により、今までその先ばかりを気にしていた朝陽は天力本来の力。
すなわち基礎中の基礎に目を向けたのである。
今まではどれだけ技術を高めるか、新しい術式の獲得、そしてそれらの精度向上ばかりを気にしていた朝陽が天力本来の流れに意識を向けたのは、幼い頃に学んだ以来ではないだろうか。
右手を翳すとみるみるうちにそこへ集まる体内の力。
そして放たれた力の威力はいつもと何ら変わりのないものだった。
「本来の天力ってなんだ?」
固く瞼を閉じ、再び視界に映った大自然の中にその言葉は吸い込まれていった。
「天力――体内を流れる特殊な力。
天から与えられ、十歳になると消失する不思議な力。
蓮水家と鳳莱家だけはその力が消えることはなく、自身の命が尽きるまでその力を使い、この世界に侵入し人間の力を吸収しようとする魔物を祓わなければいけない」
三歳になった頃。
隣の家の同い年の少女:鳳莱茉莉と一緒に、鳳莱若匡から教えられたその言葉。
何度も頭に叩きこみ、挫けそうになってもその言葉を思い出し、今日まで術者として奮い立たせてくれたこの言い伝え。
「祓えてる、よなぁ」
朝陽は自身の体から放たれた緑色の閃光を纏う『風』属性の力を眺めながら呟く。
そりゃあ危ない時だってあるし、一人じゃ祓いきれない魔物もいるけどさ。
心の中で秘かに反論しながら朝陽は考える。
現にあの魔物に敗北したと聞いたばかりのため、強く言い切れないのがもどかしいらしく、朝陽は顔を歪ませながらもう一度天力を放った。
「赤子は生まれた時から既に属性が決まっており、その属性に関する色の光を纏って生まれてくる」
『水』属性の翔は青色、『火』属性の茉莉は赤とオレンジ、そして『雷』属性の景は黄色。
それぞれが生まれた時からその属性を象徴していた。
「そして俺は『風』属性」
緑色の光を纏い生まれてきた朝陽。
「そもそも風は緑なのか?」
別の謎に意識がそれ、勢いよく頭を振った朝陽。
そんな彼の右手の甲には十六年前、間違いなく『風』を表す紋様が浮かび上がったのである。
そして彼の体から放たれる術式は『風』属性そのもの。
蓮水朝陽は正真正銘の『風』属性なのだ。
「万が一属性が違ったとしても、俺にはこの属性しかないからなぁ。
そこは間違いじゃなさそうだけど。
うわあああ、もっと若爺に色々聞いておくんだった!!」
『楽しようとするな』
男の声が頭の中で鳴り響き、朝陽は思わず後ろを振り返る。
しかしそこには誰もおらず溜め息をついた。
「考えますか」
若爺に聞かなくても、自分で正解に辿り着いてやる。
最早意地を張っているとしか思えないその決意の途中、あることを思い出し朝陽は目を丸くした。
「そう言えば、」
『異門の封印には正統後継者の力が必要。
しかしただ力が必要なわけではない。
量より質。
つまり、より洗練された正統後継者の力をもってして、初めて封印が開始される』
溺愛している妹に課せられた新たな使命。
その時の会話がふと頭をよぎり、朝陽は呟く。
「より洗練された天力……」
少しだけ道が見えたような気がして、朝陽は思わず頬を緩めた。
しかしその表情もすぐに元に戻ってしまう。
「まあ、そのやり方がわからないんですがね」
考えすぎて苦しくなった頭を休めるため、朝陽は数分間の休息を取るべく地面に腰を下ろした。
ここまで頭を悩ませ、時間をかけ、知ろうとしている姿はまるで――
「俺は恋する男子か!!!」
自分自身に突っ込みを入れ、笑っていた朝陽だがその動きは突然止まった。
「……わかった、かもしれない」
その顔は妹にデレデレするだらしない顔でも、景にあしらわれた時の間抜けな顔でもなく、
蓮水家を代表する術者の真剣なものだった。
その顔つきのまま振り返った朝陽と向かい合うように立つ先程の男。
いつ戻ったのかわからないが、男は目の前の朝陽を見て満足そうに口角を上げた。
「フッ
お前は昔から習得が早いのな」
ずっと隠されていた男の両手が外の世界へと解放された。
「お前の本気の力、ぶつけてみろ」
先程とは違う男の向き合い方に気が付き朝陽は苦笑いする。
「そこまで酷かったのかよ、さっきまでの俺は」
俺はよくその言葉を言ってもらえることが多い。
勉強、運動、動作、挨拶、稽古。
あらゆる場面でその言葉をかけられてきた。
けれどすぐに出来る”あいつ”とは違う。
だからきっと、今すぐには出来ない。
それでも俺は出来るようになるまで諦めない。
俺は――
朝陽は右手を前に出し、意識を向けた。
その先には先程から何かと突っかかってくる謎の男。
その男に向かい、朝陽は全力で天力を向ける。
先程と同じ集中力、同じやり方だが一つだけ違う。
「俺は、『風』属性の術者だ」
どうして『風』属性かなんてどうだっていい。
俺に宿った力が『風』だったという事実は不変で、この先もずっと俺の体内に流れ続けるものだから。
本来の役回りとは違っても、他に相応しい人がいたとしても。
今の俺が『風』属性に認められているのなら。
「俺は、俺なりの『風』を作り上げるよ」
真っ直ぐ、何の不純物もない純粋な『風』の力が二人の間に巻き起こる。
男はその力を目の当たりにしても驚くどころか、余裕な笑みを浮かべていた。
しかしただ楽観しているわけではなかった。
「晴れて、『風』属性になったな」
その男の眼差しは温かく、まるで子供の成長を見守る親のようだった。
「……すっげぇ」
放出を終え、力を出し切った朝陽は自分の目を疑いながら声を漏らした。
今までと比べ物にならない程の威力なのにも関わらず、扱いやすさは段違い。
もし、今の天力で術式を発動したら――朝陽は想像だけで体を震わせた。
「どうだったよ、少しは天力のことわかったか?」
不敵な笑みを浮かべながら男はゆっくりと歩き出した。
男が隣に立ったことを確認し、朝陽は目の前を眺めた。
「あぁ」
「出来そうか?」
「わからない。けど、」
顔を男に向け、優しい笑みを浮かべた。
「俺はかっこよくいたいから。
そのためにどんなに辛い試練でも乗り越えて見せる」
「そうかよ」
「今までずっと。
心のどこかで自分の力を受け入れていなかった気がする。
最初は他の人には出来ないことを出来る自分に酔っていて、
大きくなるにつれて妹に良い背中を見せたくて。
大人になればなるほど深堀して、意味が分からなくなった。
本当に自分がこの属性でいいのかって」
右手に浮かぶ『風』属性の証。
十歳以下の一般人の中にも複数人存在し、両家ではたった一人しか持たない証。
「けれど俺は一度だって天力を恨んだことはないし、疎んだこともない。
ただ自分にはこれでいいのかって半信半疑は常にあったと思う。
今日初めて天力自身に向き合った気がする。
自信がなくたっていい、不適合でもいい。
今の俺に流れているこれこそが証明なんだから」
「だから俺は、自分が死ぬその時までこの『風』の力と共に戦うよ」
その時包み込むような優しい風が、二人の体を纏った。
熱くも冷たくもない、心が穏やかになるような心地よいそよ風が。
「俺は俺なりの『風』を作り出して、この力を最大限引き出して見せる。
それはこの力に選ばれた『風』属性にしか出来ないことだから」




