シンの強さ
幼い頃からずっと一緒にいる二人と別れ、白く視界の晴れない道を歩いて辿り着いた先。
そこには緑と青の絶景が彼方まで続いていた。
青々しく広がる草原、その中を流れる川は穏やかな時間を表しているようだった。
流れる川の麓まで歩き、水面を覗いた朝陽は、もう一人の自分に問いかけた。
「もう大丈夫か?」
そいつは口角を上げ、頷く。
それを確認した朝陽は大自然の空気を胸いっぱいに吸い込んだ。
「最近忙しかったからなぁ」
大学生活にアルバイト、任務の代理や、術者としての稽古。
毎日その日やらねばならないことをこなすのに必死で、気づけば一週間、一か月が経っているなんてザラなこと。
毎月アルバイト代を貰うたびに、時間の進む早さに驚かされる。
久しぶりの癒しの時間。
本当は今すぐにでも本来の世界に戻り、あの魔物を祓って皆と過ごす時間を取り戻したい朝陽だが、何をしていいのかわからないためとりあえず今の状況を受け入れることにしたのだった。
「たまには皆でこういうところにも来たいなぁ」
何も話さなくていい、何か特別なこともしなくていい。
この綺麗な景色の中、ただ何もせずにぼんやりする時間を、目まぐるしい日々を送る皆と共有出来たらどんなに幸せだろうか。
朝陽は叶えたい夢を想像し顔を緩ませながら、地面に倒れた。
「あれ?」
そんな朝陽を見下ろすように、仮面をつけた謎の生物がそこに存在していた。
――この感じ、どこかで。
驚くことなく冷静に考え始めた朝陽は想定外だったらしく、謎の生物は不服そうな表情を浮かべながら隣に腰を下ろした。
「つまんねぇの、ちっとも驚かないじゃんか。
何、君、神様かなんか?」
ネチネチと文句を垂れる声は男性のもので。
朝陽は一向に答えの出ない記憶の引き出しを探ることを止め、男に問いかけた。
「俺は一般人です。ところで、貴方は?」
「ん?俺は――」
口を開いた時、何気なく視界に入ったそれに男は興味を示し、手を伸ばした。
「これって」
「いってぇ」
「あ、悪い」
彼の鋭い爪先が、腕を握られて拍子に食い込み思わず声を上げた朝陽の右手を男は凝視しながら呟いた。
「これが本物……」
「え?本物?」
自身の片手をまじまじと眺められ気まずくなった朝陽は、聞こえてきた呟きに思わず反応してしまう。
「あぁ。
初めましてだな、蓮水朝陽」
「えーっと。やっぱり初めましてなのかな」
「は?」
「いや、どこかで君のこと見たことある気がするんだよ」
「気のせいじゃね?」
「そう?」
男は強引に話を終わらせ、再び朝陽の手元を眺める。
「お前さ、ちゃんと使いこなせてないだろ。天力」
「え?」
「話は一回で聞き取れよ」
確かに男の言う通りだが、朝陽は決して話を聞いていなかったわけではない。
思いもよらぬ発言に思わず聞き返してしまっただけなのである。
「や、聞いてたけど。
え?天力の話?君は一体、」
「いいから答えろよ」
有無を言わさぬ男の迫力に負け、朝陽は胸に残る疑問を飲み込み、男の問いに答えた。
「使いこなせていないというか、俺はまだ術者として」
「じゃなくてよ」
「え?」
「お前、本当の天力知らねぇだろ」
「知らない、とは?」
「教えねぇよ」
男は素っ気なく返事をした後、ドカリと地面に腰を下ろす。
――え、教えない?
いや待ってくれ。考えなければならないことが多すぎる。
この世界のこと、元の世界への戻り方、戻った後の戦い方と勝利への道筋、そして
「天力を知る?」
朝陽は男の言葉に困惑した。
三歳の時からずっと学び、鍛錬を重ね高めてきたこの力を、知っていない?
――理解していないなんてあるか?
だって現に魔物と対峙し、何度も祓っているというのに。
それに今まで沢山練習し、日に日に成長を感じているというのに、間違っているとでも言うのか?
顔を顰めている朝陽に気が付いた男は何かを考えながら立ち上がり、距離を取った。
ズボンのポケットに手を入れ突っ立っている男は猫背気味に脱力しながら声を上げた。
「おい!!!」
「?」
「術式、一通り出してみろ」
「え?」
「お前は一回で聞き取れないのかよ」
遠くから微かに聞こえる舌打ちに朝陽はある人物の姿が頭に過った。
態度がそっくりな弟的存在のあいつに。
「おい、早くしろよ。俺も暇じゃねぇんだよ」
急かすその声に朝陽は心を固め、両手を組む。
その動作を見ていた男はニヤリと口角を上げた。
「さあ、実力をこの目で判断してやろうか」
「風属性 従四位下」
「次」
「従四」
「次」
「次、次、次、次」
ハァハァハァ
激しい呼吸音が繰り返され、朝陽の体力が徐々に失われていることを示してる。
荒い息を呑みこみ、姿勢を正した朝陽は再び両手を組み唱えた。
「風属性 正二位 威風」
「もういい」
術式発動を遮った男はゆっくりと歩き出し、朝陽の目の前まで来た。
「お前は分かっていない」
「……ッ、」
「このままじゃお前には死ぬという選択肢しか残っていない」
「は?」
気の抜けた声に男は心底呆れたような声で吐き捨てた。
「なんだ、気が付いていないのか。
お前はリッチャーという魔物と戦って一番最初に死んでいるんだぞ」
「俺が、一番に死ぬ?」
「あぁ」
「いや、だって負けないって。俺達が負けるはずがないって」
「お前は今まで何を聞いてきたんだ。
鳳莱若匡に言われてきただろう。
『確証された勝利はない』と」
「それは、」
朝陽も忘れていたわけではない。
けれど先程話した二人との会話で自信がついた朝陽に、戻って勝利を収めることしか頭に無かったのである。
あの二人から貰った”自分達なら出来る””望む未来を作れる”という自信を。
「死ぬぞ」
その声に朝陽は固まった。
追い打ちをかけるように紡いだ男の言葉は、朝陽の拳を固く握らせた。
「さっきの映像だって現実だ。
お前は術者の中で誰よりも先に死ぬ。
なんであの映像を見た時、”生き残っている自分からの視点”だと思った。
見たことのない記憶――お前が一等先に死んだから見たことが無いんじゃないか」
「わかってる」
もう一度強く握りしめた手に爪が食い込み色を変える。
「わかったよ、その言葉で全部」
――やっぱりあの魔物には勝てなかった。
俺が倒れたことによって、周りへの不安が大きくなって次々と犠牲者を出した。
「ここは任せろ」なんて格好つけて、結果がこれかよ。
「その言いっぷり。何か知ってるんだろ?
俺はどうしたらい」
「ふざけんな」
言葉を遮り聞こえてきたのは、問いかけに対する答えではなく罵倒だった。
「何楽しようとしてんだ」
「別に楽しようなんて」
「そりゃあ聞くことが悪いとは言わねえ。
けど考える努力をしようとせずに、端から答えを聞きに来るなんざ舐めているとしか思えん。
考えて、間違って、もう一度新たに考えて、少し進んで。
また考えて、間違えて、また考える。
そうして自分の力で答えに辿り着いた時、お前はもっと強くなれる。
自分の頭で考えることに意味があるんだ。
失敗するな、とは言わない。
失敗したとしても、答えが出ずに諦めたくなっても、休んだとしても。
絶対に諦めるな」
「諦めさえしなければ、いつか必ず、お前が笑う時が来る」
朝陽と同じくらいのタッパを持つ男は、その大きな手を上げる。
栗色の髪の毛を撫で上げ、男は再び腰を下ろし目を閉じた。
「まあ、大抵の奴は一向に見えない答えに挫折して諦めるけどな」
ポキポキと首を鳴らし、欠伸を漏らした男は生い茂る草に体を埋めるように沈み込み不敵に笑う。
「答えが見えないからって諦めるなんてなぁ。
もしかしたらあと0.000001ミリだったかもしれないのに、パーになるんだぞ?
バッカみてぇ。
可能性がある限り突き進むことは大変で、しんどくて、苦しいかもしれない。
けどその先に何もないと決めつける理由がない以上、諦めずにいたもん勝ちなんだよ」
その言葉を最後に男が口を開くことはなかった。
けれどその言葉は、この場にいるたった一人の術者の胸にしっかりと刻まれ、彼を奮い立たせた。
「考えることを諦めない強さ……」




