強さの理由と一途な心
「…………」
一通り話し終えた朝陽は、自分の手元を見ながら相手の反応を待った。
自分に刻まれた『風』の証。
何故数ある属性の中でこれが選ばれたのか悩んでいることは二人には伝えなかった。
こればっかりはきっと答えがないから。
この力を授けて下さった神のみぞ知ることなのである。
誰も口を開かずにいるこの空間には、先程から静寂が流れていた。
その気まずさから朝陽はなんとか会話を繋げようと口を開いた。
「と、まぁ、これが」
「……なによ、それ」
意を決して開いた口。
しかしそれを遮るかのように茉莉は低い声でぽつりと呟いた。
「なによ、それ。
私達は死ぬってこと?」
その声に恐る恐る顔を上げると、そこには想像とは違った顔が並んでいた。
「何追い詰められた顔してるのよ、朝陽」
「ブス」
「私達のその姿、きちんと見たわけ?」
「え?いや、だからさっき」
「じゃなくて、」
笑みを見せながら詰め寄った茉莉は朝陽の眉間に指を立て、口角を上げる。
「この目で、実際に、見たのかって聞いてるの」
「映像で、だけ」
「じゃあまだわからないじゃないの」
目を見開き茉莉を見つめる朝陽の耳に聞こえてきた声。
「ねえ、景?」
「あぁ」
景はそれ以上口を開くことはなかった。
けれど二人がいままで築いてきた関係性は頑丈で、強力で、稀なもの。
例え周りから勘違いされたとしても、同性ということもあり長く過ごしてきた朝陽は、術者の中で誰よりも景の考えていることを読み取れる。
「私達は死なないわよ」
「あぁ」
「例え誰かが欠けたとしても、総崩れすることはないわよ。絶対に」
「…………あぁ」
頷く朝陽を床に座らせ、自身も正面に腰をかけ本題に入る。
「だからその映像は無視していいわ。
無視というか、こういう結末もあるって――複数の選択肢のうちの一つとして頭の片隅に置いておけばいいのよ。
それより問題は朝陽のいた世界と、今この世界が全くの別物だということ」
「え?」
「え?」
顔を見合わせた二人はお互いの驚いた表情を見ながら間抜けな声を上げた。
「……信じて、くれるのか?」
至極驚いた表情で声を漏らした朝陽に、茉莉は微笑んだ。
「当たり前でしょ。
ずっと傍にいるんだもの、貴方が嘘ついているかなんてすぐわかるわよ」
「そっか、そっかぁ」
ギュッと掌を握りしめ、その言葉を噛み締める。
いつまでも絶えないその温かさを一度手放し、朝陽は顔を上げた。
「もしこの世界と元の世界が全くの別物なら、この世界の俺はどこにいるんだ?」
「単純に考えると入れ替わったってのが一番有り得るわよね」
「それが本当だとしたら、この世界の俺は気がついたら魔物との戦いの中ってことか」
まだ見ぬ自分への申し訳なさと、敗北しないかという不安から朝陽は思わず顔を顰めた。
そんな朝陽の顔を正面からじっと見つめた茉莉は自身の左手に視線を移し呟く。
「大丈夫よ、負けないから」
その言葉には先程と同じように揺るがない自信に満ち溢れていた。
虚勢を張っているわけじゃないとわかる。
姿を見なくても、二人から漂う凛とした雰囲気がその証明だった。
俺は自分で自信家だと思っていた。
昔から何をやってもそれなりに出来る方で、特別困った覚えはない。
だからと言ってそれを驕ったことは一度もない。
既に出来ている人が更に努力している姿は格好いいと思う。
けれどひけらかすことは何よりも格好悪い、と俺はずっと思ってきた。
せっかくの格好よさ半減させてしまう、残念な行いではないかと。
そう言われたいがために努力しているのかと聞かれれば、答えはNoだ。
俺は俺の為に努力をし続けているのだから。
ずっと胸に秘めていた”自信家”。
けれど最近わからなくなった。
自分の属性の意味、自分なりの解釈に相違する自分自身。
俺だって人間だ。精神が落ち込む時だって稀にある。
稀に来るその波に飲み込まれていた時、追い打ちをかけるように現れたのは今、謎に包まれているあの魔物との交戦だった。
自分は出来る方だと思っていたことが何よりも恥ずかしい、と今なら思う。
すぐにでも目の前の敵を倒し、他の術者を助けに行きたいのに、恐らく自分が一番ダメージを追っていた。
情けないと思う。
だからこそ、今の俺にはこの二人が眩しかった。
力強い眼差しで堂々と前を向き、「負けない」と言い切れる強さ。
前日までの自分になら出来ていたはずのこと。
「この世界の俺も、二人みたいに強いのかな」
心の中で呟いたはずの言葉が口から漏れ、それに気が付いた朝陽は固まった。
やべ、何言ってんだ俺。こんなの情けなさすぎるだろ。
「強いわよ。ね?」
「あぁ」
二人のその声に朝陽は俯いていた顔を更に沈めた。
だよな。そうあるべきだよな。
現若者世代で一番年上なのにこんなん――
「少なくとも、こっちの朝陽はそんなこと考えていないわよ」
「え?」
「貴方は何のために強い術者であろうとするの?」
『羽花は何のために強くなろうとするのじゃ』
『みんなを守るために』
違う、違う。俺は昔から。
皆のため、この世界を守るためなんてただのしきたりで。
俺達の普段の稽古が結局その先に繋がっているだけであって。
俺が強くなりたいのは――
「同じよ」
茉莉は目を細め、優しい笑みを浮かべながら見つめる。
顔を上げた朝陽の目には、昔から変わらない皆のお姉ちゃんの姿が映っていた。
「結局どこにいても貴方はそのために頑張るのよ」
「キモ」
「おい、こんな時にまで悪口かよ!?」
大声で叫んだせいか、心の中の霞が晴れすっきりとした表情で笑う朝陽に二人は嬉しそうに視線を合わせた。
「そっか、そうだよな!!
しっかりしなきゃ元も子もないもんな」
グッと体を伸ばし、首を回した朝陽が次に目を開いた時。
目の前は真っ白な霧に覆われており二人の姿は、どんどん濃い霧に妨げられ見えなくなっていった。
「もう俺には怖い物なんて何もない」
右手を握りしめた朝陽は、突然現れた霧に驚く二人に笑顔を見せた。
その笑顔につられるように顔をほころばせた二人は、完全に姿を消す前に面と向かって声をかけた。
「おい」
「何だよ、景」
「泣くなよ」
「泣かねえよ」
「そうか」
拳を合わせようと差し出した手を見事に無視されたが、もうそんなことでへこたれる朝陽ではない。
「朝陽!!」
「ん?」
更に濃度を増した霧の中うっすらと見える見慣れた姿。
もう表情を認識することは出来なかったが、最期の言葉を聞き逃さないようしっかりと耳を傾ける。
「ッ、負けんじゃないわよ」
「おう」
その言葉を最後にもう二人の声は聞こえてこなかった。
少しばかり寂しい気もするが、今の朝陽にはやらなければならないことがある。
「絶対に戻る。そんで」
「絶対負けねえ」
深い霧を攫う強風、先の見えない進むべき道を出現させた。
その道を一歩一歩着実に歩くこと数分。
辿り着いた先で朝陽が出会った不思議な人物。
「あれ?」
※ ※ ※ ※
「行ったわね」
晴れた視界。
いつもと変わらぬ鳳莱家の一室に二人の姉弟の姿があった。
女の名前は鳳莱茉莉。
鳳莱家長女で火属性の天力を持つ術者である。
個性の強い現若者世代をまとめ上げ、有利に戦いを進めるリーダー的存在。
そしてもう一人、鳳莱景。
鳳莱茉莉の実の弟で雷属性の天力を持つ。
現若者世代の中で最も実力があり、その常人離れした実力で何体もの魔物を一人で祓ってきた。
周りとの協調性は一切ない我が道を行くタイプだが、それ故の強さなのかもしれない。
「あぁ」
姉の言葉に頷いた景は椅子から立ち上がる。
揺れることも音を立てることもない椅子により静かな空間の中に佇む二人は悲し気な表情で、朝陽が進んだ道を見つめた。
「朝陽、死ぬんじゃないわよ」
悲しげな声と共にある一冊の書物を拾い上げ、景は口を開いた。
「当然だ」
「そうね」
目を通していた書物を閉じ、茉莉は呟く。
「見たことがないのも当たり前よ。
だって貴方は――
私達の中で誰よりも早く吸収されたのだから」
「最後はあの時」
「ええ。
”戦力を分散”それが朝陽から聞いた最後の言葉だったわね」
【術者記録】
蓮水修 蓮水優美 蓮水羽花
鳳莱若匡
正統後継者
蓮水家 蓮水羽花
鳳莱家
【メモ】
鳳莱翔 平成二十二年✖月✖日 第四異門にて謎の上級魔物交戦の末吸収により死亡
蓮水朝陽 鳳莱茉莉 鳳莱景 平成二十五年二月十九日 両家襲来の上級魔物による吸収により死亡




