別世界の君へ
四歳の時、初めて自分に兄妹が出来た。
更にその三年後。
七歳になり、同い年の鳳莱茉莉と任務デビューして一年が経った時、妹がもう一人増えた。
一番年上の自分が、兄として、この家の先輩として。
皆の前を歩かなければ、小さい二人を守らなければ。
そう決めた俺の志はある日あっけなく崩れていった。
一番下の妹、そして対に生まれてきた茉莉の弟である鳳莱翔の手の甲に、代々言い伝えられてきた正統後継者の証が浮かび上がったのを見た時のことだった。
守らなければいけない存在が、自分よりも高い位置、遥か遠くへと一気に進んでいった。
妹のことが人一倍大好きな俺は、少しでも普通の生活をさせてやりたくて、意見があった茉莉と正統後継者奪還の儀に幾度となく臨んだが全て失敗に終わった。
俺達は精一杯やった。やったつもりだった。
何度挑戦しても最後の壁をどうしても乗り越えられずにいた時に取り返しのつかない大事件が起きた。
蓮水家・鳳莱家。
両者にとって大きな、許されない事件。
”正統後継者 鳳莱翔の死亡”
それにより残された一名、蓮水羽花が一人で正統後継者の責務を負うことになった。
同時に、今まで俺達二人で挑戦していた奪還の儀が無効となり、俺達にその証が宿る道が途絶えた。
自分より遥かに小さく、まだ世間のこともよく理解していない妹が、両家を代表し命懸けで任務を遂行している。
そんな中、自分の時間が増えたからと呑気に寝ていられる神経は残念ながら自分は持ち合わせていない。
それは他の術者も同じだった。
流石に大人組は深夜になると布団へ向かい、睡眠をとる。
元々俺達が生まれてから任務の全てを継承し終えているのだから、普段と何ら変わらない。
しかし俺達にとってはつい一年前、はたまた数か月前までの日常の全てを小さな妹に託したばかりなのだから、そう簡単に割り切ることが出来なかった。
割り切るどころか、たった一人に過酷な思いをさせてしまっている罪悪感でとてもじゃないが休めるわけがない。
だから俺は、天から認められた正式な跡継ぎの片割れが姿を消した時から、一度だって先に寝たことはない。
それは他の皆も同じ。
茉莉も、景も、優美も。
皆何かしらの理由をつけて、異門が閉じられる午前三時――羽花が帰宅するまで起きていることはお互い知っている。
しかしそれを話題に出すことは一切ない。
どことなく暗黙の了解ということになっていた。
「なんなんだ、この世界は」
だから気が付いてしまった。
『この時間にお兄ちゃんが起きているのもだけど、外にいるのはもっと珍しいね』
『また寝るの?』
この何気ない日常のワンフレーズのおかしさに。
ここは俺が生きている世界じゃない。
頭がそう判断した時には、俺の体は外に飛び出していた。
見慣れた玄関を潜り、庭を駆け抜け辿り着いた先。
「おう、朝陽。おはようさん」
「おじさん、おはよう。入るね」
「おー、まだ五時前だろ?早起きだなぁ」
鳳莱徹。
鳳莱家の大黒柱であり、俺達の師範:鳳莱若匡の実の息子。
かなり抜けている性格でよく周囲の人達に呆れられているが、本人は気にすることがないため、いつになっても改善されることはない。
そんな父親を、茉莉は小学校高学年の参観日の時にこう言っていた。
※ ※ ※ ※
「たまに見るから『面白いお父さん』なのよ。
毎日目の前であんなことされたら流石に『面倒臭さ』が勝るわよね」
冷ややかな視線を父親に送った茉莉は、深い溜め息をつき、教科書で顔を隠した。
※ ※ ※ ※
外でラジオ体操をする徹の姿を、朝陽は今まで何度も見てきた。
鳳莱家の庭は、朝陽の部屋からちょうど見える位置にあるため、羽花の帰宅を待ち起きている朝陽は、ほぼ毎日ぼんやりとその姿を眺めていたのだった。
「ちょっと目が冷めちゃって」
「ま、早起きは得するって言うしな!」
「たしかに」
「だろ?」
日中は会社員として働いている徹は、縮こまった体を解しながら大きく口を開けて笑った。
そんな彼と別れ、家の中に足を踏み入れ居間を覗き、声をかけた。
「お邪魔します」
「あら、朝陽君。今日は随分と早いのね」
「目、覚めちゃって」
先程と同じ言葉を繰り返すと琴葉は困ったように笑いながら口を開く。
「茉莉と景はまだ起きていないと思うけど」
「あー、大丈夫大丈夫。急いでないからさ。
けど上行ってもいい?」
そう問いかけると、優しく微笑みながら頷いた琴葉は
「じゃあ私はお仕事してくるね」
そう言って、机の上に散らばっていた書類を手に取ると、奥の部屋へと姿を消した。
おばさん、今日担当の日か。
【天睛班】
任務中の現状報告や援軍の要請などの伝言を受け、両家に知らせる役割を持つ。
早さでは術者が直接家に連絡するのがベストだが、いつ必要かわからない時間を過ごすくらいならば術者にはゆっくりと休息時間を謳歌してほしいという思いから生まれたこの班は、魔物と直接戦う術者のサポート係として動いている組織である。
だからと言って、天睛班に属する者が毎日起きているわけではない。
術者に比べ、天睛班の方が圧倒的に人数が多いため、シフト制のように自分の担当日時が決まっている。
その日担当する者は任務開始の一時間前から無線の繋がりを確認し、任務中は術者の指示に従いその役目を終える。
その後、帰宅した術者から交戦した魔物の階級が刻まれた術紙を受け取り、それを天睛班上層部へと届ける役目を担っていた。
任務中、術者から何も指示が無い場合は、
・過去の発生状況
・各術者の技術の向上の記録
・異門開放時以外の魔物の目撃情報や、町で起きた不可解な事柄の調査
など術者をサポートしながらもやることは盛り沢山である。
「さて、どうするかな」
階段を上がりきり三部屋の扉が並ぶ中央で、朝陽は腕を組み眉をひそめた。
誰に会えばいいのか。
三年前、主を失った部屋の扉に背を預け、朝陽は二つの扉を見つめた。
「この状況を冷静に対処するなら間違いなくこっち」
扉の上部に掛かる丸い木の板には【Matsuri’s Room】と書かれている。
その扉の前に立ち、ノックしようと拳を上げるがハタと思いとどまった朝陽は、体を回転させ隣の部屋へと入っていった。
「おはよう」
丸まった紺色の布団を叩きながら一声かけると、部屋の主はむくりと起き上がり顔を上げた。
「何?」
「いやー、ちょっとな」
質問を濁され顔を顰めた景は、腕を天井に向けて伸ばし、そのままベッドから降りた。
「もういいのか?」
「別に」
常に無気力で、必要最低限――いや実際に追い込まれるまで動き出さない景のことを、誰もが常に布団にいる寝起きの悪い男だと思うだろう。
しかしそのイメージとは真逆で、昔から景は寝起きが頗る良いのである。
朝陽が茉莉の部屋に入るのを躊躇った理由。
いくら幼い頃からの顔馴染みで、切磋琢磨してきたからと言って、異性である茉莉の部屋に入るのは……と躊躇した訳ではない。
なぜなら――
「ねえ、うるさい。まだ早いじゃない」
飛んできた枕は朝陽の顔面に直撃し、ポトリと床に落ちていった。
そう。
寝起きが悪いのは”こっち”の方なのである。
景はそんな姉に興味が無いらしく椅子に座り、ぼんやりと外を眺めている。
「茉莉、起きてくれ。
今必要なんだよ、お前の冷静な頭脳っ!!」
「しっつこい!!今何時だと思ってんのよ!!」
「それはごめんって!!
でも悠長な事言ってられないんだ、頼むから起きてよ」
「嫌よ、なんで休みの日にこんなに早く起きなきゃいけないのよ。
もったいない」
布団を奪い合うように言い争う二人を見兼ねた景は立ち上がり、二人に近づく。
力を緩めた朝陽の隣に立った景は、布団にくるまる姉に、その力強い腕を伸ばした。
【お知らせ】
急ではありますが、明日11月23日と明後日24日の更新をお休みさせていただきます。
次の更新は25日を予定しておりますので、よろしくお願いいたします。
2021.11.22 桜音愛花




