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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第三章 選んだ道
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非、日常

『手足を損傷したら動きに影響が出るだろうが』


 ドサリと音を立て倒れた男はそのまま虚ろな目を地面に向けた。

 視界が濁り、まるで錯覚の世界にいるような中でぼんやりと見える肌色。


 十九年間、一瞬たりとも離れることなく全ての時間を過ごしてきた自分を証明してくれる存在。


 自分の視覚がその存在を鮮明に捕えなくても、その複雑な構造を一切間違えることなく書き出せるほど共に成長してきた。



 損傷し、使い物にならなくなった右腕を庇っていた他の部位が限界を超え震え出したことで、定めた方向へ放てなくなった矢と弓は悲しげに地面に転がっていた。



 痛みと疲れ、悔しさと腹立たしさ。

 様々な感情が混ざり合い涙となって体内から溢れ出そうになるのを必死に堪えながら酸素を取り込もうと大きく口を開ける。



 しかし入ってくるのは少量で、吸い込んだ他の空気はどこへ消えたのか分からないほど息苦しく、そのせいで体の至る所の痛みが更に増して感じられるという負の連鎖に陥っていた。



 ――俺、なんで『風』なんだろう。



 過去に何度も思ったその疑問を、このタイミングでも浮かび上がる。

 誰も答えてくれない、正解がわからない謎を朝陽はこれからもずっと背負っていく。



 ――風は、時に優しく包み込み、そして時には激しい突風で問答無用に吹き飛ばす威力を持っている。

 風には吹く方角、すなわち流れが必ずある。


 そんな風を自由に操り、味方に穏やかな流れを与え、敵に有無を言わせぬ圧倒的な力で捻じ伏せる威力を見せるのが、この『風』属性の術者。



 流れを作り味方の進むべき道を作り出す。



 かつての風属性の術者はそのような戦い方で味方を鼓舞し、相手に絶望を与えていたらしい。

 しかし俺は、どうも自分がその役割を担えているという自信がない。


 どちらかと言えば『風』に相応しいのは、茉莉の方だ。



 意識を失う瞬間がぼんやりした頭でもわかった。


 眠るとき、完全に意識がなくなる寸前。

 俺は何故か崖と崖を結ぶ一本の綱の上にいる。


 風が吹き、グラグラと揺れるその綱に足を乗せ、両手を広げながらゆっくりと慎重に渡っていく姿が、何故か脳に浮かび上がるんだ。

 今までの一度だって渡りきれたことはなく、必ずどこかで足を踏み外してしまう。


 連動しているかのように現実の俺もビクンと跳ね上がる足に離れていた意識が戻り、覚醒してしまうことが昔からよくあった。



 まさに今、その光景が広がっているんだ。

 俺はゆっくりと頼りない足場の上を慎重に歩き始める自分の姿。



 ――あぁ早く、早く足を踏み外してくれ。


 いつもはそのことにがっかりするが、今だけは許す。

 だから早く俺を現実の世界へ引き戻してくれ。

 早く、早く戦わせてくれ。


 そうじゃないと皆が、皆が死んでしまう。

 おねが、



 そんな願いも虚しく、プツンと思考が途切れる直前、朝陽は思った。


「ッざけんな、渡り切っちゃうのかよ」



 ※ ※ ※ ※ 


 次に目が覚めたのは壁にかかった温度計が一桁を示す部屋のベッドの上だった。


 寝ぼけることも、起きあがる怠さもない、すっきりとした目覚めに朝陽は慌てて布団を抜け出し玄関へと急いだ。


「は?」


 寒空の下、Tシャツ一枚で外に飛び出た朝陽の体は突き刺さる寒気に囲まれ鳥肌を立てたが、彼はそれを気に留めることなく急いで上を見上げた。


 まだ暗い日が昇る前の外の世界。

 街灯に照らされ辛うじて見える見慣れた建物に、普段との違いは何もない。


「…え?なに、どうい」

「お兄ちゃん?」


 後ろから呼びかけられ勢いよく振り返ると、驚いたように目を見開く「羽花…」妹が立っていた。



「何かあったの?」

 妹の純粋な疑問をぶつける目から視線を逸らし、もう一度顔を上げるがやはりそこにはいつもと変わらぬ景色が広がっていた。


「この時間にお兄ちゃんが起きているのもだけど、外にいるのはもっと珍しいね」

 そう微笑む妹に腕を引かれ、朝陽は再び玄関に移動した。


「もう。そんな恰好じゃ風邪ひいちゃうよ。

 いつもお兄ちゃんが言ってくるのにさ」

 頬を膨らませ、脱いだ靴を揃える羽花に朝陽は上から声をかけた。


「……羽花?」

「何?」

「今、任務終わり、か?」

「え?そうだよ?いつもこの時間でしょ?」

 廊下に置かれた時計の時刻は午前四時。


 羽花の言う通り、任務に出た妹が帰宅し、そこから始まる朝陽のルーティン時間を示していた。


「お兄ちゃん寝ぼけてるの?」

 クスクス笑いながら母親に声をかける妹の声を聞きながら、もう一度時計に視線を移す。


 そこには間違いなく午前四時を示す文字があり、朝陽はまじまじと見つめた。

 時刻を示すその下の小さな文字。


 日にちや温度、湿度を示す数字が並ぶそこに並んでいるのは【2/19】。


「え?」



 二月十九日。

 その日、羽花はまだ帰って来ていない。


 前日である十八日の十八時。

 いつものように第四異門での任務に向かった彼女よりも先に家に入ったのは、新聞紙の力を持ち、そこに並ぶ文字を現実化する攻撃を使う魔物だった。



 それに俺は、その魔物との戦いで右腕を損傷した。

 感覚がない程大きな代償を受けた右腕は、今までと同じように生活できるとは思わない。

 少なくとも両家にある回復術では万が一動かすことは可能でも、触れられた感覚などはもう戻ってこないだろう。



 朝陽は先程羽花に引かれた腕を見つめ、天井に掲げた。


 力が入る、指も動く、痛みもある。

 皮膚を摘まんでいた左手を下げ、朝陽は立ち尽くした。



 ――夢?夢だったのか?

 今日何も起きなかった。

 羽花はいつも通り任務を終えて帰宅し、それを見届ける。

 そんな毎日繰り返している日常が今日も起こっている?



 朝陽は三度目となる時計に視線を移す。


 ――それともこれは今と時系列が違う?

 よく漫画であるよな、タイムスリップ。

 まさかそれ?



 現実味のない話を思い浮かべたが、それらを振り払うかのように頭を振る。

 朝陽は間違いなく過去でも未来でもないと確信していた。


 なんてったって、


「羽花ちゃんの髪の毛の長さが同じ!!!

 間違いなく今!!!それ以外ありえない!!!」


 そう叫び靴を脱いだ朝陽は納得したように頷きながら居間へと向かう。



 ――夢だったんだな、きっと。

 いやー、リアルすぎる夢程困るものは無いよなぁ。


 開かれたままのドアから顔を見せた朝陽に、母:千美は声をかける。


「あら、おはよう」

「ん、おはよう」

「よく眠れた?」

「ん?んー、そうだな。夢を見るくらいには寝てた……んじゃないかな」

「そっか」


 優しい微笑みを浮かべながらテレビに視線を移した母の背中を見て、朝陽は自室に戻ろうと歩き出した。

 その時おかしな点に気が付き足を止めた朝陽は、激しく鳴り始めた心臓を右手で抑えながら口を開いた。



「じやあ俺、部屋で寝てくるね」


 その声に振り返った千美は優しい眼差しで朝陽を見つめながら言った。



「また寝るの?

 寝すぎるのも体に良くないからね?」

 おやすみ、そう告げ再びテレビに視線を戻した母の方を朝陽は振り返ることが出来なかった。



 ――おかしい、おかしいだろ。



 これは『今』だとか『過去』だとかの話じゃない。

 今思えばさっきの羽花だっておかしかった。



 この世界は、俺の知っているいつもの世界と全くの別物だ。




 だって俺は、













 羽花ちゃんが任務に行ってる間寝たことなんて一度もないんだ。


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