気分屋の針
気絶する茉莉に他の外傷はない。
その事に気がついた優美は何度も名前を呼びかけるが、茉莉が反応を示すことはなかった。
「……わた、し」
震える体、抱きしめる体の温かさ。
――怪我一つない私が、気絶している茉莉さんより使い物にならないなんてどういうことなの。
「私じゃ、出来ない……」
心の中では己への罵倒、口から出るのはこの状況での弱音。
魔物の手が二人の少女へと迫り、優美は茉莉を庇うように強く抱き締め目を瞑った。
その時両者の隙間に突然現れた影。
その影は魔物の手を払い除け、二人を結界で覆った。
「大丈夫?」
「はい。茉莉さんは外傷はなく、頭を強打したことにより意識を失っているようです」
「そっか、でも早く病院に行った方がいいよね。
それで」
結界越しにこちらを見つめる羽花は、たった一人の姉に声をかけた。
「お姉ちゃんは大丈夫?」
優美はその真っ直ぐな眼差しから逃れるように俯き、答える。
「私は、大丈夫に決まっています」
その言葉を聞き何かを言おうとした羽花を阻止するように魔物が雄叫びを上げ拳を振りかざした。
その先端はハリセンのように襞になっており、その素早い動きをより一層際立たせている。
背後からの攻撃をしっかりと読んでいた羽花は宙に身を翻しその攻撃を避けると、魔物の真上から飛び降りながら術を発動させた。
「花属性 従三位 水月鏡花」
至近距離でのこの攻撃。
範囲を狭め、一つ一つをより凝縮した天力で強化した花びらが魔物と羽花の上に降り注ぐ。
切り刻まれた新聞紙は地面に散らばり、足元は花びらと紙吹雪で埋め尽くされていく。
羽花はその新聞紙を一枚拾い上げ、じっと見つめた。
「異門の時とは違う。複製か、分身か」
しゃがみこむ羽花の背後に回った魔物は再び腕を振りかざす。
「ごめんね」
その言葉と同時に振り返った羽花は、その腕に自ら触れる。
バシンと叩かれる音が痛々しく鳴った瞬間、魔物の蠢く音が聞こえ優美は肩を跳ね上げる。
その振動のせいか、音のせいか。
意識を取り戻した茉莉が真っ先に見たのは抱き抱える優美の顔でも、体内から大量の針で貫かれ苦しそうに喘ぐ魔物でもなく、それをじっと見つめる羽花の姿だった。
駆け寄ろうとした茉莉だが、勢いよく立ち上がったせいかぐらりと視界が歪み、再び地面に手をついた。
それでも立ち上がり駆け寄ろうとする茉莉を優美は必死に引き止めた。
「茉莉さん、駄目です。
まだ体内の流れが整っていません、天力を放出するべきではないです」
「大丈夫よ、優美」
「でもっ!!!」
「今行かないとあの子が壊れちゃう……!!!」
その声にと思わず緩んだ手をすり抜け、茉莉は飛び出した。
二人を覆っている結界をさも当たり前のように通り抜けた茉莉は羽花に手を伸ばす。
しかし寸前のところで魔物が予想外の動きを見せ、宙へ飛び上がった。
結界の上から魔物の現状を確認していた茉莉に、羽花は声を荒げ叫んだ。
「茉莉姉!!!!!上着脱いで、早」
「……え?」
突然のことに目を丸くした茉莉は、羽花の喧騒を変えた意味がわからずぽかんと固まった。
その時体を這うような不快感に襲われ、咄嗟に上着に手をかけ宙へ放った。
茉莉の手を離れる寸前、温もりを失った上着は真っ黒な不定形な姿に形を変え、茉莉に縋るように纏わりつく。
「花属性 従三位 水月鏡花」
羽花の二度目の攻撃により四方八方に弾け飛び姿を消した謎の黒い物体は、再生する気はないらしくもう一度現れることは無かった。
「……茉莉姉、大丈夫!?」
詰め寄る羽花に驚きながら、首を縦に降った茉莉を、羽花は安心したような笑みを浮かべ視線を逸らす。
「嫌なパターンかもしれない」
「なにそれ?」
茉莉の問いかけに、羽花は真っ直ぐ魔物を見つめながら答えた。
「私達がまだ小学生の時の美蚊って覚えてる?」
「ええ、勿論。
あれよね?朝陽が喪失術使った時よね?」
「うん。
別に攻撃自体が似ているわけじゃないけど、パターン的に似て」
話を遮るように二人の間には再び黒い謎の物体が割り込む。
先程は球体だったその姿を長細いものに変えたそれは、二手に別れそれぞれを追い回す。
二人の動体視力に寄る身のこなし、術式により何とか接触を回避していたが、どうも一発決定打を与えられず、二人の天力と体力が減退していく一方だった。
――もしかして中級じゃないんじゃ。
羽花の脳裏には一つの疑問が浮かんでいた。
そして茉莉、他の場所で各々戦っている術者もまた同じことを考えていたのである。
「明らかにこの実力は上級である」と。
魔物を見るだけで正確に階級を見分けられる術はない。
会話の有無、攻撃の多様さや完成度、体力――全てを総合し、階級を憶測するしかない。
稀に魔物自身が自らの階級を自慢げに口にすることはあるが、殆どの魔物は階級を提示することがないため正確なものを知ることは出来ない。
知ることができるとしたら祓った後、術紙を使い魔物の存在をこの世界から抹消した時。
全ての存在が消え、たった一枚地面に残された術紙には先程まで同じ空間に存在していた生物の階級が示される仕組みになっている。
戦いが終わって初めて、自分の憶測の答え合わせが出来るのである。
今現在、交戦中に魔物の階級や力の威力を測ることは不可能。
何故天力という偉大な力を持ちながら、それが出来ないのか。
一説にはこうある。
『階級の上下によって精神、結末が変わるなんて言語道断である』
それ故に最後まで階級を明かされないのではないか、そう話した時朝陽が言ったことを今でもまだ覚えている。
「友達の話だけどさ。
この間の試合、一回戦目の相手が去年の一回戦敗退の弱小チームだったらしいんだけどな?
『弱いから楽勝』なんて笑ってたら、大差つけられて初戦敗退してたんだよな。
油断大敵っていうか、なんて言えばいいんだろうな……
戦いになれば格下とか格上とか関係ないんだって思ったよ。
勝つ時は勝つし、負ける時は負ける。
結局はその時の相性や、自分のコンディション。
今までの努力をいかに発揮出来るかなんだよな」
朝陽と二人で出かけた日の帰り道。
兄の運転する車で聞いたその話はストンと胸に入り込んだ感覚を今でも覚えている。
何の疑問もなく納得したそれは、まさに今実感している最中だった。
――気づいていた。
体が回復しきっていないのに、私を心配して駆け寄ってきてくれたこと。
昔からみんなを見守る姉、個性豊かでバラバラな五人の特徴を把握しまとめ上げてくれた存在に視線を向ける。
回復前に無茶をしているせいか天力、体力共に消費が激しく、遠くにいる羽花でさえ肩の動きが激しいと認識できた。
「ハナ」
それに比べ羽花は肩に乗る小さなお医者さんのおかげでどちらもほぼ満タンにある。
自分の選んだ道を唯一知っている彼女に。
この存在を託し、そして一刻も早く景を助けに行くべく羽花は決意した。
「ちょっとだけ乱暴になっちゃうけど」
小さく呟いたその声の直後、茉莉を覆うように先程と同じ結界が張られた。
しかし先程と違うのはその数だった。
「……凄い」
茉莉は思わず声を上げ、その光景に見とれた。
術者が張る結界の最高強度の結界が何重にも張られ、
その結界を覆うように巨大な棘の球体が複数個宙へ浮かぶその光景。
長年術者をやっている茉莉にはこれにどれだけの天力と実力が必要か痛いほど分かっている。
「あれだけ戦った後で、これだけの壁を作り上げるなんて。
――成長したのね、羽花」
体調不良により昨日の投稿が出来ず……
本日もこの投稿のみとさせていただきます。
明日19時台に投稿再開致しますのでよろしくお願い致します。
2021-11-18 桜音愛花




