表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第三章 選んだ道
79/137

風の天力に愛された男

「まあ確かにな?

 俺の右腕はもう完璧動かないだろうけど、俺自身はまだ死んでいない」


 矢を咥えながら放った言葉は聞き取りにくいものだったが、相手を牽制するには十分だった。



「なめんなよ」

 リッチャーは目の前の男を見上げ身震いした。


 ――こいつは、誰だ?



 先程まで余裕そうに飄々とし、いかにも優等生な好青年だった男は今、まるで別人のような雰囲気を漂わせながらこの場に君臨していた。


 その姿はまさに黒王子。

 光り輝く赤の王冠ではなく、闇に飲み込まれるほどの漆黒の王冠とマントが見えるようだった。



「誰が戦えないって言った?

 片腕だけだと無理だって決めつけないでもらいたいね。


 例え困難だとしても、別の方法があるかもしれないんだからさ」


 リッチャーは思った。

 あの爽やかな眼差しはどこに消えたのか、と。


 細められた目は先程とは違い光がなく、まるで己の何かを隠しているかのような目の前の男は、口元で咥えた矢を体全身で器用に引き付け、次の瞬間弓をしならせ勢いよく矢を放った。



 彼の頬が擦れ血が滲むのと引き換えに、元気よく飛び出した矢は真っ直ぐ、一瞬でリッチャーの元へと向かっていく。



 ――これは、



 リッチャーは動きを止め、そのまま矢の行方を見守る。

 徐々に力を失い、リッチャーの元へ辿り着く頃には当初の勢いは殆ど消え、矢は力なく地面に転がった。



「……かなしい」


 公園で声を発して以来、初めて文字ではなく自身の声で感情を吐露し足元を見やる。

 そこには地面に悲し気に転がる一本の矢があり、その哀れな光景にリッチャーは悲しそうに呟いた。


「しんぶんし、しんぶんし、上から読んでもしんぶんし」



 地面を見つめる魔物、それを見つめる朝陽。



 二人の間にはただ静かな時間だけが流れていく。

 ようやく顔を上げたリッチャーは、再び同じ言葉を小さく呟いた。



「ていうか、君言葉話せるんだね」

 朝陽の声に答えることなくじっと見つめてくる魔物の視線を感じながら、次の矢を口元に運ぶ。



「でも限られた言葉しか声に出せないってことかな。

 もしくは新聞から必要な文字を抜き出す方が利点が多い、とか?」

 口に咥える直前独り言のように吐き出したその言葉は、誰に拾われることも無く風の中に飲み込まれていった。



 ヒュンッ



 相手の反応を気にすることなく四本のうちの二本目を放った朝陽だが、先程と同様リッチャーの体に触れることなく、勢いを増したまま彼の真横を横切った。



 それを見た瞬間、明らかに纏う空気を変えた者が一名。


 ――あいつにはもう無理だ。


 そう確信したのは、新聞紙の力を使う魔物の方だった。

 いくら御託を並べようとも、誰がこの有様を見て彼の勝利を信じるというのか。



 朝陽の手元に残された矢は僅か二本。

 リッチャーの前に立ち続ける男は懲りることなく三本目の矢に手をかけた。


「…しんぶんし」

 その声には憐れみ、そして諦めない固い心に対しての煩わしさが含まれていた。


 矢を放つ際に擦れる頬は痛々しく血が流れ、額から流れる血が視界を妨げる。

 そんなボロボロの体はいつ倒れてもおかしくはない。


 それでも彼が決して座り込まない理由、それは。



「妹が、最強の術者になるって言ってんだ。

 昔、俺達を”憧れ”だと言ってくれたんだ。

 そんな俺らがくたばってどうするんだ。

 かっこいい背中を見せ続けなきゃいけないよなぁ!!!」


 三本目の矢が放たれる。

 先程とは違い、確実に自分に向かって飛んでくるその鋭い矢を見つめながら思う。


 ――ここに来て照準を合わせられるようになってきたのか。

 でも、




 もう遅い。



 放たれた矢を鷲掴みその動きを封じたリッチャーは、鼻先に迫った先端を地面に向けるように腕を下ろす。



「しんぶんし」

 残念だ、まるでそう聞こえるその言葉。


 リッチャーの見つめる先には朝陽の手にある最後の一矢。

 いよいよ終焉を迎えた蓮水家長男の攻戦が幕を閉じる。


 リッチャーは感謝の気持ちを述べるべく、過去の情報を引っ張り出し、五つの文字を選択した。

 その文字が宙に浮かび並んだのと、朝陽が四本目を放ったのはほぼ同時だった。



 それに気が付いたリッチャーは思わず目を見開いた。

 思わず出そうになった言葉を慌てて飲み込み、その矢の行方を目で追う。




 朝陽が放った矢は先程のように威力を落とし足元に転がるわけでも、標的を捉えず通り過ぎるわけでも、自分自身を狙い進むわけでもなかった。


 高度を上げ、迷うことなく真上に突き進む最後の矢。

 リッチャーの位置よりも遥か遠くへ突き進むそれは、ある一定の高さまで進んだ瞬間、ピタリと動きを止めた。


 宙で固まる一つの矢。

 まるで何かに突き刺さっているかのように動きを止めたそれを凝視する。


 何もないいつもの光景。

 まだ暗い夜の町を、ポツポツとある街灯がその景色を照らし出す。

 どこまで続くのかわからない空に浮かぶ異物の存在。


 その異物からそっと静かに視線を移したリッチャーは、矢を放った張本人を見た。

 彼が自身の行動に驚いている様子ではないことに疑問を抱いた。


 ――何故だ?

 貴重な最後の武器を、このような形で手放したというのに。

 もう彼には俺に対抗する道がないはずなのに。

 どうしてそんなに平然としていられるんだ。



 暫く呆気に取られていたが、己のやるべきことを思い出し頭を振る。

 そして再び大量の新聞紙を空中に広げ、欲する文字を抜き出していく。


 攻撃の手を使い果たした朝陽にもう怯える必要はない。

 リッチャーは自身のもつ全ての文字を並べ、作戦を練り直していた。


 ようやく決まった、蓮水家の術者を仕留め力を吸収する手順。

 脳内に思い描いた通りに事を運ぶべく早速一手目を放った。



【地 に】


 その時空が眩い光を放ち始め、二人の間に突き刺さる。

 辺り一面がその光に包まれ、あまりの眩しさに目瞑ったリッチャーの体にある違和感があった。



 予想だにしない謎の光景に、自らの力で対抗しようと動いたリッチャーだが、何をしても変わらないこの状況。

 未だ変わることのない眩しい光の中にいる自分の目を無理やりこじ開けた先に広がっていたもの。



「……え、」

 口から零れ出た驚きの声。


 先程広げた自分の持つ全ての力。

 その力の全てが光を放つ鋭い矢で貫かれ、その効力を失っていた。


 リッチャーの力だってそう簡単に数えられる量ではない。

 それなのに、一枚につき一本。

 はたまた複数突き刺さるこの矢により、リッチャーは自分の力を使えないよう封じられていた。



 羽花の名付けたしんちゃんという魔物の力。

 彼の力は、新聞紙による情報の全て。


 沢山の文字が羅列する紙から己の欲する文字を抜き出し、自由に並べ空中に提示する。

 その文を目にした者は脳がそれを処理した瞬間、自我を失い従ってしまうという物だった。


 つまりリッチャーはまだ最も有効かつ最大の一文字を使用していない。

 彼にとっての一番の必殺技。

 これ以外の攻撃を失ったとしても、それさえあれば頂点に君臨し続けられるほどの威力を持つ言葉。



「良かったよ。

 君があの言葉を出さないでくれて」


 朝陽は左腕を伸ばし、空気を握り締めるように指先を閉じた。

 何もなかった空間から突然現れた大量の矢がその手には握られている。


「形勢逆転だな」

 弓を構え直し、不敵に笑う朝陽に文字を掲示することは不可能。


 彼の力が流れている矢が、文字の効果を打ち消している。

 リッチャーは目の前の術者が徐々に弱っていく様が見たいあまり、その時まで大事に温めておいた一文字を思い浮かべ後悔した。


 勿体ぶらずに止めを刺せばよかった、と。



 他人の心を痛めつけ、その先にある輝かしい未来の何もかもを奪う。

 最恐で最悪な悍ましい一文字。






【死】




 を。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ