残された文字の真意と赤の導
「な、に?」
ガンガンと心臓の動機に合わせ、締め付けられるような痛みを感じ、思わず頭を抑え蹲った羽花はその痛みに耐えるように目を閉じ動きを止める。
しかし完全に意識を逸らすわけにはいかず、微量の天力で相手の動きにアンテナを巡らせながらのその行動は非常に辛いものだった。
ーーーー片頭痛?…今、このタイミングで?
常日頃から頭痛を起こしやすい羽花は不規則に訪れる頭の違和感に特別驚くことはない。
「あ、またか」
いつもそう流し、あまりに症状が酷い時は薬を服用していた。
しかし頭痛に慣れっ子の羽花がこんなにも驚いているのには訳があった。
いつものじわじわと重さが増す頭痛とは違い、突発的な激しい頭痛。
眩暈を起こすほどの酷さ。
急に変化した体に羽花は恐怖を感じていた。
ーーーー天力を乱してはいけない。何が起こるかわからないのだから、絶対に。
痛みと戦いながら、その一心で天力を保つ羽花だが、一向に動きのない相手に痺れを切らせ、思わず瞼を上げた。
ガンッ
そして再び揺れる視界。
今度の彼女の症状は【地 に は い つく バ れ】
揺れた視界が誘ったのは、冷たい冬の地面だった。
顔面が雪に埋もれその冷たさに、感覚が麻痺するのを感じながら羽花は一つの間違いに気が付いた。
「……馬鹿か、私は」
ーーーー会話の有無が魔物のレベルを測る基準になることは代々伝わる書物に記載されていた。
それは間違いないと胸を張って言える。
しかし私はいつしかその意味を囚われた定規でしか測れなくなっていた。
誰が言葉での会話だと言ったのか。
他人との会話は何も口から出る言葉だけではない。
メモや文字による文章、アイコンタクト、ジェスチャー。
他者とのコミュニケーションの方法は数々あるというのに、何故そのことに今まで気が付かなかったのだろう。
相手は新聞紙を操る魔物。
新聞は文字通り新しい情報を得られる文字の塊。
文字ーーーー沢山の人を繋ぐ大切なもの。
その複数枚が一つの束となり、手にした者へ沢山の情報を与える存在なら、今それを目にしている羽花にだってそれは適用する。
まるで刑事ドラマの脅迫状のように新聞紙に並ぶ十万を容易に超える文字の羅列が切り取られ、羽花の視界に入り込む。
それを脳が処理した時、羽花の体はそれに従うかのように自由を奪われる。
「…の、こういうの、ばかりだなぁ」
羽花は先程とは違う意図で、ぎゅっと目を瞑る。
頭痛に耐えるためではなく、相手の攻撃を受けないために。
確証はない。断言するにはまだ早い。
けれど先程から目を閉じている時は全く襲ってこない相手の攻撃。
羽花は自ら視界を閉ざし、その代わり全身の至る所から全神経を尖らせた。
ーーーー景兄のおかげで、出来るようになったこと。
右に断片、上・斜め左下に視界を遮る大きな的。
それを抜けた先、約六メートルの距離にいる魔物。
魔物の向き、体勢、視界の方向。
その全てを視覚ではなく、残された他の感覚を頼りに突き進んでいく。
ーーーー冷静に、焦ることなく、一つ一つ大切に。
お兄ちゃんに教えてもらったこと。
残り三メートル。
体の向きを変えた魔物に合わせ、その小柄で華奢な体を軽やかに翻し再び背後に回り込んだ。
「花属性 」
からりと乾いた紙に触れ掌を回転させると、そこから徐々に立派な幹が姿を現す。
地面に触れる小さな音が聞こえ、目の前から力の気配が消えたことを確認し、羽花は長時間閉じていた瞼を開けた。
久しぶりの景色がゆらゆらと揺れ、ようやくはっきりと映し出した時羽花は膨大な力の在処に気が付き、目を見開く。
木に突き刺さったまま地面に覆い被さる新聞紙からは微かな力の残りを感じる。
「魔物が消滅したら、力も一緒に消えるはず…!!!」
羽花は勢いよく周囲を見渡す。
魔物の消滅は、自ら所持する力と連動している。
以前交戦した傀儡が消えたのもそれによるものだった。
雪の力に覆われていた傀儡は、その力の持ち主が消滅したことにより連動し跡形もなく姿を消したのである。
「あ、」
勢いよく振り返った先に待ち受けていたもの。
【朝刊新聞 進まぬ在外投票 死亡事故多発 太陽】
どうして、どうしてこんなにも沢山の文字が並んでいると言うのに視線に入るのはこれなのだろう。
羽花はこの空間にある新聞紙、全ての破片に天力により生成した枝を貫通させ、住宅の屋根を飛び走る。
紙吹雪のように細かいものを合わせると、その一つ一つに攻撃を作用せるのには膨大な天理気が必要となる。
本来ならば、もっと効率の良い対処の仕方があったのかもしれない。
それでも今の羽花には、最短で確実にこの場の全てに作用する術式はこれしかなかった。
体力の消費により激しく脈打つ鼓動。
目にした不吉な羅列によりザワザワと音を立てる鼓動。
先程大量に消耗した天力を回復させるハナを振り落とさぬよう、優しく支えながら羽花は全速力で移動する。
「嫌だ、嫌だ、嫌、だ!!!!!!」
第 異門。
そこに残された十九の情報。
ビリビリと破れる音を響かせ、細かく砕かれた存在は何かを祝福するように宙を舞う。
残された数文字は、その存在を際立たせるように風に吹かれても靡くことなくその場に留まっていた。
「もう、誰も、失いたくない!!!!!」
【朝 陽 死 ぬ】
最悪の事態が頭を過ぎる。
大丈夫、大丈夫。
羽花は自分自身にそう何度も言い聞かせる。
どんな時だって兄は嫉妬するほど飄々としており、どんな敵にだって冷静に戦ってきた。
羽花は今まで朝陽が劣勢に立つ戦闘を見たことがなかった。
いつだって守られるのは私の方で、
お兄ちゃんは優しく手を差し伸べ
「お疲れ、羽花ちゃん」と微笑んでくれるんだ。
お兄ちゃんが負けるはずない、負けるはずがない。
だってお兄ちゃんはーーーー
足の勢いに任せそのまま自宅へ駆け込んだ羽花は扉が跳ね返り狭まる隙間に体を滑り込ませ、靴を脱ぎ捨てるのもままならないまま家中を駆け回った。
「お兄ちゃん!!!!…っ、お兄ちゃん!!!」
何度叫んでも返事のない、自分の声だけが反響する空間。
「お姉ちゃん!!いないの!?お母さん!!……お父さん!!!」
誰の声も聞こえない冷たい空間に竦み始めた足が縺れ、激しく転倒する。
「いっ、」
勢いよくついた手が痺れ不快な感情が湧き上がった時、掌に感じるぬめりのある液体に気が付きそっと視線を向けた。
ぬめりのある赤い液は、羽花の広げた掌にベッタリと付着し、驚きのあまり掴んだ逆の腕を同じ色に染め上げる。
「あ、っあ、な……にこれ、血?」
震える足を必死に動かし、壁を支えにゆっくりと歩を進める。
羽花の辿る赤い液体は点々と行き先を表し、それらと同じように羽花の行先もまた壁に付けられた手形により表された。
「お、にい、ちゃ」
血痕が示す道標を頼りに辿り着いた、羽花が過ごしてきた大切な家と空の隙間。
辿ってきたどれよりも大きく広がる赤色の池。
その中心に横たわる、偉大な背中。
「っ、お兄ちゃん!!!!!」
空中に浮かぶ文字は
【時 より 後継者 先 すべき 優 標 亡くなった
的 は 今夜 25 に】
羽花は唇を震わせ、力の入らない体を屋根に付けた。
羽花の瞳は目の前の光景を受け入れず、その全てを否定していた。
座り込み、目の前の光景に目を奪われているうかは知らない。
真っ白な壁に映える赤い花。
そこに示された三つの単語。
【国民 ジャーナリスト ストレス社会】




