巣立つ時、ここに来たる
「お兄ちゃん離れ、か。
それってどうやるの!?」
「え、それ一人っ子の私に聞く!?」
二人が盛り上がっていると、隣を通り過ぎたクラスメイトが声をかけてくる。
「何?朝陽先輩の話?」
「そうそう。いい加減お兄ちゃん離れしなさいって話」
すっかり朝陽のファンになっているクラスメイトは頬を赤く染めながら力強く口にする。
「え!!!必要ないって!!!
私が朝陽さんの妹なら絶対ブラコンになってるね!一生!!!」
「そ、そう?」
あまりの熱量にその身を引いた二人に気が付くことなく、彼女は興奮気味に話し続ける。
「~~~~~~~!!!
~~~~~でしょ?だから、~~~~で。
私にも三つ上のお兄ちゃんがいるけど喧嘩ばかりだよ。
もう顔を見るのも嫌なくらい!!」
「でも隣の芝生は青く見えるっていうし、佳代ちゃんのお兄ちゃんだってきっと」
「違うの!!!全然ッ、違うの!!!」
「あ……そう、なの?」
「だから羽花ちゃんはそのままお兄ちゃん大好きなままでいいと思」
「駄目よ」
その時、静かに話の行き先を見守っていたーーーーーいや、ただ単に彼女の熱量に嫌気がさしていた彩菜が口を開いた。
「このままじゃ、羽花が成長出来ないもの」
「え?」
羽花はその言葉に勢いよく振り返る。
「あ、まあ確かにそれもあるかもね。
お兄ちゃんと喧嘩するようになってから、佳代も自分でやること増えたし。
今までは電球も変えられなかったけど、お兄ちゃんに頼むの嫌だから自分で出来るようになったよ」
「ん?……まあ、それもそうなのか、な」
「それに頼んでいた時はお兄ちゃんの勉強の手止めちゃったりしてたから、お兄ちゃんの時間も無駄にしちゃってたし!!
ある程度の距離間の方がウィンウィンなのかもね」
キーンコーンカーンコーン
五時間目の授業開始の予冷が校内に響き渡り三人は急いで教室へ駆け込む。
自席につき、教科書を取り出しながら羽花は先程の二人の会話を思い出していた。
「……そっか」
何か納得したような、悩みが晴れたようなその顔を遠くの席から見ていた彩菜は前から回ってきたプリントを受け取りながらポツリと呟いた。
「やば。”結局人それぞれだ”って言うの忘れた」
時刻夜八時。
今日もこの第四異門に立つ羽花は魔物の侵入を見逃さないよう気を張りながら、天力の質について考えていた。
「私にはお兄ちゃんを無視したり、喧嘩したりは出来ない。
だからせめて、一人でも出来るんだってことを見せなきゃ」
初めて天力を出せるようになった時も、今まで立ちはだかってきたの様々な壁も。
数え切れない程沢山、朝陽に支えて貰ってきた。
だからこそ朝陽と距離を取っている今、一人でも成長できるってことを見せたい。
そんな思いが羽花の心の中にあった。
傀儡との交戦から数週間。
あの時から少しずつ練習してきた各技の向上。
習得した術式をまた一から細かく見直し、魔物との戦いでより的確に使えるよう日々鍛錬を重ねていた。
その時。
羽花は背後の気配に気が付き、微量の天力を放ちながら振り返った。
そこにはガサガサと音を立て、ゆっくりと飛び跳ねる案山子のような姿があった。
その体は人間が世の中のニュースを知るために用いるあの紙で出来ている。
「しんぶんし、しんぶんし、上から読んでもしんぶんし」
「しんぶんし、しんぶんし、下から読んでもしんぶんし」
ぴたりと動きを止めたまるで地面に蹲る子供のように体を小さく丸め呟く。
「かなしい」
羽花は決して自分から攻撃を仕掛けることはない。
明らかに相手が敵対心を燃やし、命を狩ろうとしている時は別だが、
基本的に魔物との交戦を好まない羽花は相手の動きを見てから自分の攻撃に入る。
しかし、ただ何もせずに相手を待っているだけではない。
相手がどのような不測の行動に出たとしても瞬時に対応できるよう、アンテナは常に張り巡らせ、万が一それを掻い潜り体に攻撃が当たったとしても致命傷を負わないよう、自身の体を天力で守っている。
いつ来るかわからない攻撃に気を張り続けるのはかなり神経が削られることだが、効くかわからない攻撃で消耗する天力量に比べると両者には天と地程の差があった。
数分間何も起きず、ただじっと”しんちゃん”を見つめていた羽花だが、突然立ち上がったそれにより気を引き締めた。
ちなみにしんちゃんというのは、名前もわからないこの魔物に羽花が勝手につけたあだ名である。
しんちゃんが立ち上がった瞬間、どこからともなく突風が吹き荒れ、勢いよく羽花の周囲に大量の新聞紙が吹き飛ばされる。
ーーーー微量だけど、確実に力が付与されている。
そのことに気がついた羽花はその紙を自らの手で祓うことはせず、術式による物理的攻撃の手段を取った。
「花属性」
羽花の体から生成された花びらの数は、彷徨う新聞紙に劣らない枚数を誇り、次々に切り裂いていく。
しかし羽花は、何故か一向にその力が衰えないことに疑問を抱いていた。
いつもならばこの術式に触れ、切り刻まれた時点で対象物は姿を消し魔物に吸収されるか、
そのまま勢いを捨て地に身を委ねるーーーーその二択だった。
けれど今回のこの攻撃は切り刻まれても空中にその姿を残したままで一向に消える気配がない。
それに切り刻むことで不利になるのは、むしろ羽花の方だった。
羽花の中で過去の、同じような経験が蘇る。
忘れもしない。
切れば切るほど数を増やし優位に立っていったあの女性。
祓うことなく易々と逃がしてしまったあの日。
初めて人間の本性を知ったあの時のーーーーー美蚊という魔物。
羽花は一度術式を解除し、天力で体を覆いながらぼんやりと佇むしんちゃんの背後へ移動した。
ーーーー美蚊の時もそうだった。
こういう時は魔物本体を狙った方が効率が良い。
過去の戦闘から得た情報を元に羽花は瞬時に自分の体を操り、魔物に手を伸ばす。
しかし触れる寸前のところで、その身を翻ししんちゃんと距離を取った。
その背中と己の掌が残り数ミリになった途端、その隙間に滑り込むように姿を現した巨大な、
「手裏剣…」
しんちゃんの背中に張り付いたそれは大きな羽を回転させ、その体を宙へ誘う。
しかしその攻撃は羽花にとって何のダメージもない。
空を飛べない人間には効果的かもしれないが、彼女は天力に愛された蓮水家の術者。
自身の天力で空中戦に足を踏み入れることなど容易なことであった。
もしデメリットがあるとするならば、それは少しばかり天力の消耗が激しいということだろう。
回転する四つの羽に見事命中した枝により、その動きは捉えられ、しんちゃんの体は地面に一直線に落ちていった。
勢いよく地面に叩きつけられるかと思ったその体は、まるでパラシュートのように広げられた真新しい新聞紙により優雅に着陸し、再び
「かなしい」
その声だけが聞こえてくる。
「何が、悲しいの?」
「……しんぶんし、しんぶんし」
先程も耳にしたその言葉に羽花は確信した。
ーーーー油断は出来ないけれど、会話の有無から恐らく低級若しくは中級の下。
この攻撃に手は焼いているが、攻撃事態にさほど命の危険を感じない。
「長期戦に持ち込んだ方が良いかな。
まずは情報を得るために、一度天力を温存させ……て」
その時グワンと大きく視界が揺れ、羽花は頭を抑え地面に膝をつく。
「な、に」
チカチカと途切れる視界の中、羽花の症状は正しく。
【あ た マ わ レ そ う】




