思わぬ再会-2
「待ちくたびれたよ、後継者様」
若匡の結界内で床に手をつき、足を投げ出す少女は初めて対面する羽花に気後れすることなく声をかけた。
「え、私!?」
むしろ取り乱していたのは羽花の方である。
思いもよらぬ来客、そして突然の名指し。
羽花は今起きているこの状況が理解できず視線を彷徨わせる。
あの後、実際に交戦した茉莉から特徴を聞いていたためすぐに目の前の少女が誰かは分かったが、羽花と目の前の少女は今この瞬間が初対面である。
そんな羽花を横目で見た朝陽は、彼女の服の裾を軽く引き小さく告げた。
「落ち着け。態度で相手に舐められるな」
そっと離れる手を視線で追った羽花は小さく頷く。
「相手が敵なら尚更な」
羽花の迫花を軽く叩き、結界に近づいた朝陽はいつもの優しい笑みを浮かべ問いかける。
「それで?君はどうしてここに来たの?」
座り込む少女と視線を合わせるように膝をついた朝陽に返ってきたのは、求めていた答えではなかった。
「蓮水兄、か」
「そうだけど君は?」
「ねぇ」
少女は朝陽の問いに答える気はないらしく、指につけていた三日月を指先で器用に回しながら口を開く。
「どうして鳳莱の後継者は死んだの?」
その問いかけは誰に向けられているのか。
回転する三日月から視線を逸らさない彼女からはわからない。
しかし今の質問に明らかに体を強張らせた者がいた。
それに目敏く気が付いた少女は、躊躇いもなく直球を投げた。
「教えてよ、蓮水の後継者様」
羽花の頭の中には、あの日の光景が鮮明に蘇っていた。
自分の頬を離れていく大好きな温かい手、ずっと隣で見てきたコロコロと表情を変える顔。
大切なものは一瞬で姿を消す。
世界中のどこを探したってもうあの姿はどこにもないのだ。
「俺達の世界はいつだって死と隣り合わせ。
だから俺達は自分の命を懸けて、この世界の平和を守っているんだ。
自分の命はとっくの昔から、」
「貴方には聞いていないです」
ばさりと切り捨てられた朝陽は、苦笑し「すいません」と呟いた。
小さな体、大きな目。
まだ幼いその視線に見つめられ、羽花は恐る恐る口にした。
今まで何度も思い返し、自分を責め、自分を動かす活力としてきた言葉を。
「私のせいなの」
「羽花、」
「私が弱いから、私がもっと強ければあんなことにはならなかった。
もしなっていたとしても、翔を救うことが出来たかもしれない」
「………」
「全部、私の実力不足が招いた結果」
俯く羽花に駆け寄ろうと腰を上げた朝陽。
先程から黙り込み、事の行き先を見守っている若匡。
そして、
「まあ、別に後継者様を責める気は微塵もないけど」
表情を一切変えず、再び三日月に視線を移した少女。
「私が言いたいのは”何故そのようなことが起きてしまったのか”」
少女は三日月を右手の中指に嵌め直し立ち上がる。
「これだけ術者がいるのに、貴重な人材を易々と失う貴方達は」
核心を付かれ、全員が口を紡いだ。
「術者に相応しくない!!!」
その叫びと同時に彼女を覆っていた結界が割れ、気が付いた時には既に彼女は姿を消した後だった。
この緊急事態に一早く対応しようとしたのはやはり、
「追いますか?」
現若者世代最年長、味方の背中を優しく押し、その大きな温かさで周りを支える朝陽だった。
「いや、もう遅いじゃろう」
若匡は取り乱すことなくそう告げ、床に落ちたある物を拾い上げ呟いた。
「なかなかやりおるな」
※ ※ ※ ※
「あー、危なかった」
急な斜面を下りながら歩く二つの影。
大きな影は脇に抱えていた少女を地面に下ろし、肩を回す。
「あれ?髪飾りはどうしたんですか?いつもつけているのに」
男のその声に振り返った小さな少女は、苛立ちを露わにしながら答えた。
「あーあ、あれお気に入りだったのになぁ」
「何か?」
「んー、蓮水兄か鳳莱爺。
どっちかがアレに細工してたね、絶対」
「後継者様ではないのですか?」
男の問いに少女はお腹を抱え笑いだす。
「それはない」
「何故?」
突然笑い出したことに疑問を抱き、男はかけている眼鏡を押し上げた。
「そんな度胸も、柔軟力もないよ。後継者様には」
眼鏡の男は口角を上げ、息を吐く。
「そうですか」
その時二人よりも高く大きな影交錯した。
笑みを浮かべる二人、無表情の一人。
すれ違って数歩。
無表情の男は勢いよく振り返り、目を見開き声を漏らした。
「お前」
相手の反応により一層笑みを深めた少女は、言葉を口にすることはなかった。
そっと少女に身を寄せた眼鏡の男はゆっくりと腕を上げながら声を発する。
「鳳莱兄」
「は?」
住宅街に囲まれる一本道、下った先には景の通う高校があり人の姿も確認できる。
その状態で無闇矢鱈に天力を放出するわけにもいかず、景はその苛立ちも込め返事をした。
「あの女の子に伝えておいてくれませんか?
”お待ちしております”と」
言い終わる寸前、少女の肩に手を回し瞬時に抱きかかえた眼鏡の男は、地面に吸い込まれたように姿を消した。
二人が消えたコンクリートを眺め、舌打ちをした景は一言。
「影、か」
そう呟き、傾斜を上っていった。
三人の異能者が集まる先で、何も知らない生徒達は今日も部活動に励んでいるのだった。
「一、二、三、四!!!!」
彼らの掛け声が響き渡る平和な世界は、背を向ける景の耳にもしっかりと届いているのだった。
前回のリベンジを果たせなかったことにイラつきながらも帰路についた景は、乱暴に玄関の戸を開けた。
「わっ!びっくりした」
偶然外出のタイミングとぶつかり、驚く茉莉の横を通り過ぎると後ろからおかえり、という声が聞こえ素っ気なく返答する。
「じゃあ私も出かけてくるわね」
カツ、と彼女のヒールの音が聞こえ景は慌てたように声をかける。
「月に会った」
「え?月?」
壁にもたれる景はこれ以上答える気はないらしい。
茉莉は弟の言おうとしていることを必死に考えるが、どうしてもその意図は読み取れない。
「月なんて、この時間まだ出ていないじゃない」
「異門の」
二つ目のヒントを貰いようやく話の糸を掴んだ茉莉は目を見開いた。
「月ってあの子よね!?私達を狙っているっていう。
え、どこで?何があったの?」
「別に」
「別にってまた何かあったわけじゃな、」
「もう一人男がいた」
あの日、同じ場所にいた茉莉は景と同じ景色を見ている。
それ故に情報共有がスムーズだった。
「あの時の?」
「いや、眼鏡」
「まだ他にもいるのね」
「そいつが『待ってる』ってさ」
「え?」
そう告げると茉莉の静止の声を無視し、二階にある自室へと上がっていった。
一人玄関に取り残された茉莉の声は悲し気に空気を混ざりこんだ。
「待ってるって言ったって、私その人のこと知らないんだけど……?」
※ ※ ※ ※
「異門の封印には、正統後継者の天力が必要不可欠。
その日まで羽花には天力の質を上げる術を身につけてほしいのじゃ」
ある土曜日の昼下がり。
稽古場に呼び出された羽花は若匡と向き合い、異門封印という大きな任務に向けての稽古に励んでいた。
任務同行者の朝陽は対象となる異門の下調べに行っているらしい。
「質を上げる……」
「羽花は今自分の中を流れる天力を、そのまま使っているだけじゃ」
「はい」
「確かに対魔物の実践では天力量も必要かもしれぬ。
しかし今求められているのは”量より質”なのじゃ」
向かい合っていた二人は、若匡の指示で壁にもたれるように腰を下ろした。
手にしていた湯呑を床に置き、一息ついた若匡はもう一度説明を始めた。
「異門封印に羽花の力が必要なのは大前提。
しかしただ正統後継者の天力が必要なのではない。
正統後継者の天力の中でもより洗練された力じゃないと、この任務は成功せんのじゃ」




