僕のヒーロー
「返せ、返せ…!!!」
勢いよく背後に回り込んだ雪に気が付いた傀儡は、意識を戻し再び戦闘態勢に入る。
彼の脳内には『忌み子なんかに負けるはずがない』という自負があった。
傀儡は自身の体を貫こうと飛んでくる雪の結晶を一心不乱に払い続け、未だ姿の見えない二つの人形に対し声を荒げ叫んだ。
「マリオ、マリア!!!いづこに行きき、いでこ!!」
恐ろしい程の怒りを込められたその声にマリオは咄嗟に立ち上がろうと腰を上げる。
しかしそんな彼を引き留めたのは、同じく隣に身を隠すマリアだった。
「駄目よ、マリオ。今出て行ったら全てが水の泡になる」
「ッ、ごめん」
「それにあの人は、もう私達の主人じゃない。従う必要はないのよ」
その言葉にハッとしたマリオは、もう一つの姿に視線を移した。
「そうだよね。僕たちは雪くんについて行くんだ」
※ ※ ※ ※
「というわけなんだけど、出来そう?」
「はい、ご主人様」
「ご主人様の命ともあれば必ずとも成功して見せます」
身に沁みついたその言葉を口にすると、目の前の雪は困ったように眉を下げた。
「それ、」
「それ?」
「辞められる?」
「え?」
二人は不思議そうに顔を合わせ、雪を見上げた。
その視線に更に困った様子で頬を欠く雪は、視線を逸らしながら答える。
「ご主人様ってやつ。……あと、敬語も。
僕は君達のご主人様じゃないし、そもそもそういう上下関係みたいなの嫌いなんだ」
雪のその言葉に、二人はすぐさま反論した。
「そんなこと出来かねます。
私達は雪様について行くと決めたんです」
「そうです。そんなことおっしゃらないでください」
「それに上下関係を気にしておられるのでしたら問題ありません。
私達は傀儡様の付属品に過ぎない。
傀儡様は魔界でも最上位にいらっしゃいましたが、私達単品には何の力もない。言わば低級になれない存在です。
雪様ほどの上級魔物相手にそんな烏滸がましいことなんて、」
「僕が”上級”なのはこの体を流れる雪女の血のおかげだよ。
僕自身には何の価値もない」
「それでもそれは貴方の価値の一部じゃないですか」
「うーん、そうなのかな…?
まあ、最大限に利用しちゃってるしね。
それだけじゃなくてさ、僕は立場が上だからって偉そうに振舞うの嫌いなんだ」
雪は優しい笑みを浮かべながら口を開く。
「その人がその地位に行くまで凄く過酷な道を歩んだかもしれない。
僕達にはわからない苦しみがあったかもしれない。
その地位のせいで、今も現在も苦しんでいるかもしれない。
それでも、それは他人を見下していい理由にはならないと僕は思う」
「僕が思う一番かっこいいのは、僕のヒーローなんだ!」
雪は照れたように、それでいて幸せそうに笑った。
※ ※ ※ ※
「ヒーロー……」
マリオはポツリと、先程聞いた単語を口にした。
その声を聞いていたマリアもその時のことを思い出し口を開く。
「本当にかっこいいのは、
『どんなに偉くても、すごい力を持っていても、それをひけらかすことなく、周りと対等な立場で笑える人。
周りの皆を大切にできる人、周りを幸せにさせられる人』って言ってた」
”それが僕の憧れたヒーロー”
二人はふと視線を移す。
そこには存在を忘れられたように地面に這いつくばる一人の少女の姿があった。
「あの人が、雪くんのヒーロー」
マリアはその言葉を嚙みしめるように繰り返す。
「あの人って術者……だよね?どうして雪くんは、」
「それにただの術者じゃないわよ、彼女。
蓮水家七代目正統後継者 蓮水羽花」
「あー、”例”の正統後継者。
あれだよね?あの人一人で普通の人間の何倍もの力を得られるんだよね?」
「だから皆、正統後継者が現れたと同時に命を狙いに来る。
もう一人の後継者が亡くなったのもそれが理由」
「鳳莱家七代目正統後継者 鳳莱翔………か」
「うん。
どちらかというと彼の方が実力があったみたいだから先に狩られたのね」
才能の芽を、脅威な存在になる前に摘み取る。
それを実行した結果が今の現実だった。
その時木の陰に隠れる二人を吹き飛ばすかのような爆風が吹き、二人は目を瞑った。
新旧ご主人様の交戦。
どうやらその戦いがヒートアップしてきたらしい。
二人は傀儡の視線を搔い潜り、木の陰から出るタイミングを伺っているがなかなかその機会はやって来ない。
ーーーー早く、一秒でも早く、雪くんの頼みをい叶えたい。
二人はその思いから急ぐ気持ちを必死に抑え、耐える。
頼みの主が自分達の道を作ってくれるまで、二人はこの場でその戦いを見守るしかないのだった。
「ところでさ、」
まだその時ではないと判断したマリオは、再び声をかけた。
「魔物と術者は天敵だよね?」
「うん」
「そこに交友関係なんてありえないよね?」
「そうね、一度も聞いたことない」
「じゃあなんで、雪くんは後継者を守ろうとしてるんだろう?」
マリアはその言葉に耳を傾けながら宙を飛び交う雪に目を向けた。
「さっきのヒーローの話もよくわからないけれど、きっと雪くんが優しいからよ」
「そっか」
「私達だってその優しさを貰ったでしょう?」
「確かに。じゃあ雪くんの優しさであの人は守られているわけか」
「多分ね」
二人は横たわる後継者を一瞥し、視線を逸らす。
二人の視線の先には小さな体で何度も切りかかる雪の姿があった。
自分達には逆らえなかった権力も実力もある偉大な存在。
聞いた話によると、雪くんも上位魔物でありながら傀儡には一度も勝てたことがないと言う。
それでも彼は二人を、そして後継者を守るために立ち向かう。
その姿をマリオはしっかりと目に焼き付けていた。
そしてマリアもまた、絡めた左右の指先に力を籠め動きを止める。
ーーーー雪くん、頑張れ。
「僕はあなたみたいな人が大嫌いだ」
「忌み子ごときの戯言なんぞ屁でもない」
「あなたみたいに平気で人を見下せる人なんて大嫌いだ」
雪は傀儡の言葉に耳を傾けることなく攻撃し続ける。
「あの女みたいに小さな命を邪険に扱う人が大嫌いだ」
「お前みたいな忌み子には仕方のないことだろう。雪女こそいとほし」
「僕は、魔物が大っ嫌いだ!!!!」
心の声を叫び、雪は右手を傀儡に向けた。
先程から赤く染まっている瞳は、今も尚その色を保ち続けていた。
雪は自分の体内に眠る同じ遺伝子の彼女の力を全て集め、最後の一撃に出た。
ーーーーもう僕は、さようならだ。お姉ちゃん。
雪は心の中で自分の後ろに横たわる少女に声をかけた。
ーーーー僕の命が終わりに近づいているのがわかる。
本当はね、傀儡の攻撃を受けてからもう体が壊れ始めていたんだ。
でも僕はお姉ちゃんを助けたかった。
僕が憧れたヒーローを、今度は僕が助けたかった。
弱者にこんなことを言う資格なんてないかな。
でも少しでも、お姉ちゃんの人生のほんの少しでもーーーーおばあちゃんになった時「そう言えばあの時誰かいたような」くらいでいいから記憶の片隅にいられたなら。
「僕にはそれが本望だよ」
微笑んだその顔はこの空間にいる誰の目にも映らない。
彼の凛とし、怒りを含む背中からは想像もつかない程優しい表情だった。
「第五陣 雪崩」
これで最後だ、雪は体が悲鳴をあげ痙攣していることに気が付きながら、その最後の瞬間まで力を放出し続けた。
昨晩から降り積もった大量の雪の面が徐々に隆起し、この公園内にあるどの存在よりも高く君臨した時その技は完成した。
あまりの高さに見上げながら驚きを隠せない傀儡は、目を見開きながら声を漏らした。
「これほどの力…」
積もっている雪だけではここまでの壁が出来るはずがない。
それらに加え、自らの残りの力で出来る限り大量の雪を生成し、その全てを空に届く勢いで持ち上げるのには相当の力が必要だった。
そのことに誰よりもはっきりと気が付いていた傀儡はただ純粋に、雪の持つ力の大きさに驚いたのだった。
「うわあああああああ」
その叫び声と共に隆起した大量の雪は一斉に傀儡に向かって流れ始めた。
視界を遮るほどの白が一瞬にして地面を飲み込んでいく。
誰も彼のこの攻撃に逆らえるものはいない。
気が付いた時には辺り一面、再び白に飲み込まれている光景が広がっていた。
その雪の変化に押されるように身を投げ出したマリオ、マリアも静まり返った光景を目にし、ホッと息を吐き出した。
「これで終わりだ」
力の全てを使い、震える全身を感じながら倒れこんだ雪は、咳と同時に血を吐き出し、苦しそうに息を吸った。
「ど、うして…」
徐々に晴れる視界が映す光景に驚きの声を上げたのは、力を使い果たした雪でも、雪崩に飲み込まれた傀儡でもなく、
「いない、」
雪の指示で蓮水羽花の救出に向かっていたはずのマリオとマリアだった。
確かに雪崩に飲み込まれる寸前、横たわる彼女の姿を二人は確認し手を伸ばしたはずだった。
それなのに二人の手にはただ雪の塊が握られているだけで、そこにいたはずの彼女の姿はどこにもいなかった。
二人の困惑の声を聞き、雪は霞む視界で辺りを見渡した。
その時不自然なほどすっきりと晴れた視界で、笑みを浮かべる者が一人。
「調子に乗るなよ、忌み子」
手元の糸を手繰り寄せ、宙に浮かぶ人形を操る男は気味が悪い程残酷に、絶望する三人を見下ろしていたのだった。




