それぞれの主
「僕は弱いけどヒーローの為にこの力を利用する」
雪の小さな体は至る所から血が流れ、見るも無残な姿だった。
先程受けた攻撃により右目の視力を失い、左目も微かに見える程度。
まるで濃い霧に覆われているような視界にも関わらず、雪は怯むことなく傀儡を睨み付けた。
もう立っているのも不思議なくらいボロボロな体を奮い立たせ、雪はしっかりと地に足をつけ立ち続けた。
「僕は役に立ってから死ぬんだ」
その決意を聞いた傀儡は馬鹿にしたように笑い、手元を動かした。
「忌み子が死のうがどうだっていい。我々には興味のないことだからな」
目にも留まらぬ速さで左右の手を動かす傀儡は、視線を外すことなく口を開いた。
「そもそも誰の目にも留まらないお前はいてもいなくても変わらない。無意味な存在だろう?」
「とく消えたらずなれ」
ようやく顔を上げた傀儡が雪の顔を視界に入れた途端、その視界に映る顔に衝撃が走った。
雪は自分に向かい飛んでくる人形に気がつき、避けた。はずだった。
しかし殆ど失った視力と空間認知の誤差により避ける幅が足りなかった。
新たな鮮血が白い肌を流れていく様子を傀儡は口元を緩めながら見つめていた。
「さぞ痛きことならむ」
初めて感じる体の異変に雪は何度も持ちこたえながら、闘志を燃やし続けた。
それは『かつて自分を照らしてくれた太陽』のためだった。
その太陽が休んでいる今、僕は月となってこの暗闇を切り開く。
「第四陣 雪煙」
今朝まで降り続き積もった雪が一斉に宙に舞い、辺り一面が煙のように覆われた。
視界を遮られた傀儡は一瞬、人形を操る手を止め隙を見せた。
雪はその隙を見逃さなかった。
空中を舞う自身が生成した雪を頼りに周囲の状況を認識し、新たな攻撃へと体制を整えた。
身を低くし、高く空中へ飛んだ雪はそのまま重力に従って地面へと近づく。
「第五陣 |しもざらめ雪」
雪の伸ばした両手から大量の雪の結晶が放たれる。
傀儡に向かい一直線に進むそれはキラキラと街灯の光を反射し綺麗に輝いていた。
あまりの雪煙に目を覆っていた傀儡は頭上から近づくその結晶に気づいていなかった。
なかなか収まらない雪煙の様子を見るためうっすらと目を開けた時、その鋭い結晶が傀儡の肌に遠慮なく突き刺さった。
「っ、」
予想だにしない突然の痛みに傀儡は思わず顔を顰めた。
未だ晴れることのない視界、何十個もの結晶が皮膚を貫く痛み。
痺れを切らした傀儡は持っていた棒を勢いよく地面に叩きつけ叫んだ。
「忌み子ぉぉぉぉおおおおお!!!」
叩きつけられた人形達はだらんと力を無くし、地面に横たわった。
その光景を霞む視界で見つめていた雪はもう一度輝く結晶を飛ばし傀儡との距離を一気に詰めた。
そのことに気が付いた傀儡は自分の肌でその全てを受ける代わりに、自身の右手に全力を込め振りかざした。
距離を縮めていた雪は軽やかに身を翻しその動きを避け、空中に飛び上がろうとしたがある一点に目が留まり咄嗟に体を動かす。
グサッ
自分の肌を何かが侵入する異物感と鋭い痛みに雪はもう殆ど見えていない視界がチカチカするのを感じた。
自分の足元で蹲るように背を向けた雪に、傀儡は全体重をかけその棒を振り下ろしたことで、より深くより勢いをつけその小さな体を貫いたのだった。
雪は刺された傷口、そして口から流れる血に反応することなく手に掴んだそれだけは絶対に離すことはなかった。
「足、避けてよ」
低く嫌悪を露わにした声でそう告げ、今度は全身から先程より強度を増した結晶を放った。
傀儡は手にした棒を振り回しながら、必死にそれらを避ける。
避けながらある仮説が立つ。
「あいつ、変化してやがるんじゃ?」
見た目の大きな変化は無い。けれど奴の目の様子が先程からおかしいのは明らかだった。
いつからか彼の青い瞳は赤へと変わり、それに比例するかのように恐ろしい程の力を全身から放っている。
今までは何か重要な一撃の時のみ変わっていた瞳の色が、まるで初めからそうであったかのように。
あれはまさにーーー「雪女の目」そのものだった。
※ ※ ※ ※
魔物の寿命は長い。
俺が生まれるずっと前から魔界で話題の美麗な女性がいた。
彼女のその美貌は歳を重ねても変化することなく、魔界に住む全魔物を虜にした。
異性からは興味と欲望の視線、同性からは憧れと崇拝の視線を浴びる彼女のことを疎むものは誰一人としていなかった。
彼女はその美貌だけにとどまらず、魔物としても優秀で並外れた力量、周りを圧倒する攻撃術で魔界の上位へと上り詰めた。
そんなある日、魔界では彼女に纏わる衝撃的な出来事を知りざわつくこととなる。
「おいおいおい、聞いたかよ!?」
「あれだろ?雪女の!」
「あれ本当なのか?」
「でも大きな腹を抱えて運ばれたのを見たやつがいるんだよ」
「じゃあ本当なんだ」
「え?待てよ。それじゃあ」
"父親は誰なんだ"
しかしこの謎に答えはなかった。
後に知ったーーーー身に覚えのない懐妊だった、と。
腹の子は成長するに従って母親の力をどんどん吸収していき、9ヶ月を迎える頃には力の殆どを失いすっかり窶れた彼女の姿があった。
この世界の誇り・象徴を穢された俺達の矛先は存在しない父親ではなくすくすく成長し続けるお腹の子へと変わっていった。
かと言って、お腹の中にいるうちは俺達にどうこうする術はなかった。
母体に傷をつけては元も子もない。ただひたすら日に日に弱っていく雪女を見守り怒りを鎮めるだけだった。
彼女が己の身を犠牲にしても尚影響を受けることなく元気な産声を上げ生まれてきた赤子は、とても図太かった。
親からの愛が貰えなくても、周りの全員に無視されても生き続けた。
初めはあれほどの力を持つ雪女の血を引く赤子を恐れていた俺達も、忌み子に何も動きが無いことを知ると自分達が優勢であると赤子を見下し始めた。
※ ※ ※ ※
そんな時間が、数え切れない程過ぎた現在。
「なんで、こうなってるんだ…っ!!!」
なぜ俺が、魔界カースト上位にいる俺が忌み子なんかに苦戦しているのか。
本来ならば一撃で地に膝まずかせられるというのに。
「何が忌み子を変えた。何が、」
忌み子を強くした、その憎しみの声はあまりにも小さく誰の耳にも届かなかった。
自分より遥か下にいる下僕に負けるなど、傀儡のプライドが許さない。
彼は頭を整理するより前に、行動に出た。地面に散らばった棒を拾い上げ、荒々しく操った。
しかし何度動かしても、自身の攻撃が放たれることはなかった。
疑問に思った傀儡は、苛立ちを含めながら俯いた。
そこには傀儡の腕の動きに合わせゆらゆら揺れる棒から始まっている糸が、心もとなく吹かれていた。
「は、?」
未だかつてないその光景に思わず間抜けな声を上げる。
それもそのはず、彼の所持していた二体の人形は遠く離れた足跡のついていない空間に降り立っているのだから。
「なぜ、」
自分の手元にいたはずの人形がいつの間にか姿を消していたこと初めて知り、覇気なく呟いた。
「マリオ、マリア」
「はい」
名を呼ばれた二人は透き通った声で返事をする。
「力を貸して」
その声に二人は静かに顔を見合わせた。
同時に正面を向いた四つの瞳には、長年の主人よりも幼い顔で切ない表情を浮かべる少年の姿が悲し気に映しだされていた。




