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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第二章 未熟者の挑戦
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テンサイ

 僕には”胎内記憶”がある。


 胎内記憶とは、赤ちゃんが母親のお腹の中にいた時の記憶のことで、三人に一人の割合でその記憶が残っていると言われているらしい。

 四歳をピークにその記憶は徐々に薄れていくと言うが、僕はどれだけ長い年月を過ごしてもその記憶が無くなることはなかった。


 無くなっていたらもっと楽な生き方が出来たのではないか、今となってはそう思う。

 僕の見た目は人間でいう幼稚園や小学校低学年くらいらしいが、人間と魔物の寿命は比べ物にならないくらいの差がある。


 人間の平均寿命はどうやら八十歳代、一番長生きしている者ですら百年そこそこだと聞いた。

 それは魔物にとっては赤子同然だ。

 何故なら魔物はその何十倍、何百倍ーーー不死の力を持つ者もいるため相当長い時間を生き延びていることになる。

 かく言う僕だって、もう人間の最高齢を優に超えているのだった。


 それだけ長い時間を過ごしても尚、消えることなく僕の体に残り続けるのは外の世界を知る前に聞いたある女の言葉だった。


「~、~~、っ、」

 真っ暗な空間で温かいものに体を包まれゆらゆら揺れていると、どこからか音が聞こえてきた。

 心地よい揺れに身を委ねのんびりしていると、徐々にその音は大きくなり僕の耳にしっかりと届いた。


「最悪だわ、なんで子どもなんか」

「ねえ、どうしたらいなくなるのかしら?」

「体もこわいし、迷惑よ」

 二種類の音が聞こえるが、はっきりと耳に入り込んでくるのはこの体の持ち主の女の声だけ。


 僕はどうやら既に言葉を理解できているらしい。

 だからすぐにわかってしまったーーーーこれは自分のことである、と。


 そして僕が外の世界に飛び出すことは望まれていないということを。


 それでも僕は日に日に外の世界へ飛び出す準備を無意識に進めていた。

 そんな時、この居心地の良い穏やかな空間に異変が起きた。


 激しい揺れ、体の芯まで凍るほどの寒さ、自分の体に流れてこない栄養。


 僕を殺すために母は大きくなったお腹を殴り、時には何かを突き刺していた。

 しかし魔物は種族によって回復力に差がある。母は幸か不幸か回復力が周りの比ではない程早かった。

 衝撃による絶命は無理だと判断した母は、次に自分の体内の温度を下げる力を使った。



 どうやら母は雪の使い手らしい。そんな会話がたまに聞こえてきた。

 力を使い、自分自身の体の温度を変化させることが出来るらしく、その力で僕を凍死させようとしたらしい。

 しかし残念なことにその力は僕に遺伝してしまっていた。

 僕の体は器用に周囲の温度の変化に対応していく。


 ゆらゆらと温かかった空間が、金属のように硬く冷たいものに変わっても僕の体に何のダメージもなかったのだ。



 そうして月日は流れ、僕が外の世界に飛び出す時間が近づいた時。

 焦った母は強行突破で、僕に栄養がいかないよう断水・断食を始めた。

 それでも僕の体は強かった。

 回ってこない栄養を無理やり母の体から奪い、僕の体は何の影響もなくすくすくと育っていった。

 日に日に弱っていく母を全身で感じながら。


 暗いトンネルを抜け眩しい光に包まれた時、妙に緊張したのを今でも覚えている。

 散々存在を否定され続けた僕でも、母は優しく抱き留め愛してくれるだろうか。



 人間界で言う助産婦さん、この世界でその立場の魔物に抱きかかえられた僕は初めて母と対面した。

 ーーーーああ、今まで聞いてきたあの声はこの人なんだ。この人が僕のお母、



 次の瞬間僕の体に衝撃が走り、地面に叩きつけられた。

 必死に謝る魔物をよそに、僕の視線はこちらを睨み付ける女の人に釘付けだった。


 どうやらお偉いさんが来て、さっきの人を責めているらしい。

 謝罪の声と叱責の声が混ざり合う中、鮮明に聞こえたこの言葉。


「どうして死なないのよ、気持ち悪い」


 その言葉はどうやら僕にしか聞こえていないらしい。

 もしかしたら口に出た言葉ではなく、血の繋がりのせいで脳内に入り込んできただけなのかもしれない。


 それでも僕はその言葉に胸が締め付けられ、次の瞬間大声を上げて泣き叫んだ。

 必死に宥めようと二人の魔物が近寄ってきたが、ベッドで横たわる女の人はそれから一度もこちらを見ることはなかった。


 あやす様にゆらゆら揺れる頭上では、先程途切れた声がまた繰り返されていた。


「大切な赤ちゃんを落とすなんてどういうことなの!?」

「申し訳ございませんでした」

「大体、何をどうしたらそんなことが起こるのよ」



 ーーーーやめて、もうやめて。その人は悪くないんだ。


 僕にはわかっていた。

 地面に叩きつけられる瞬間、魔物の手を雪の使い手である彼女の力で硬直させていたことを。

 だからその人は何も悪くない。指先一つ動かないようにされていたのだから仕方ないんだ。



 悪いのはあの女の人なん、いや。




「悪いのは、生まれてきた僕か」



 僕を殺そうと必死に過ごしていた彼女の体は酷くボロボロだった。

 ガサガサの肌、艶のない絡まった髪の毛、瘦せ細った体。

 出産だけでもかなりの体力を消費するはずで力なんてもうゼロに等しいはずなのに、それでも力を使ってまで振り払う僕は本当に望まれていないらしい。


 外の世界に飛び出して数分。


 ああ、神様。どうかーーーー「僕を殺して」。



 なんて罰当たりな願いだろう。生きたくても生きられない命があるのに。

 生まれる前に途絶えてしまう命だってあるのに。

 五体満足に健康に生まれておきながら、どれだけ失礼なことか。


 それでも切実に願ってしまった

 こんな仕打ちを受けるなら生まれてこなければよかった。

 この命を、生きたいと強く願う人の元へ連れて行って欲しかった。



 食べ物を与えられなくても、どんなに酷い仕打ちを受けても。

 魔物の血を引く僕の体はよほど頑丈に作られているらしい。


 餓死することなく、痣や火傷を負うことなく陶器のように綺麗な肌。

 それでも一つだけ僕には弱点があった。


 それは”心の弱さ”だった。

 魔物は基本的に『他人は他人、自分は自分』と相手に執着することはほとんどない。

 そりゃあ仲間が死ねば悲しむし、嬉しいことを共有したりはするけれど、何かあっても「そうか」と済ませてしまうくらいの心の強さを持っていた。



 だから僕が魔物であるなら、例え母から愛情を貰えなくても、そのせいで魔界で邪険に扱われても、

「まあ仕方がない」で済ませ、のうのうと生きていけるはずだった。

 けれど僕にはそれが出来なかった。



 その環境に日に日に心は切り刻まれ、冷え切っていくのを感じた。

 歳を取るにつれ、「死にたい」その思いは強くなっていく。

 それでも強靭な肉体をもつ魔物が、そう簡単に命を絶つこともなく。



 存在を否定され、殴られ蹴られ、火で炙られても、何の影響もなく時間は過ぎていく。

 そんな日々を繰り返している中、ある日偶然聞こえてきた情報。


「あー、それ知ってるわ」

「すごいニュースだよな、”後継者狩り”成功したんだってよ」

「✖✖✖様がだろ?また更に強くなるのかー、もう敵無しだな」

「馬鹿、それは盛りすぎだろ」


 僕は楽しそうに会話をする魔物達からの痛みを受けながら、その言葉に耳を傾けた。


 どうやら人間界にある、魔物を祓い世界を守っている二つの家柄。

 そこに何十年ぶりに生まれた天から正式に術者の跡継ぎだと認められた証を持つ正統後継者の片方が魔物によって殺されたらしい。



 魔物にとって人間は力を得るための大事な食糧。

 人間より術者、術者より正統後継者。

 より大きな力を得られる正統後継者は昔から、証が出現した瞬間から命を狙われ、過去の後継者全員が早々に命を落としている。



 死因は今回のような魔物による吸収、あるいは未だ解決していない謎の死。



 この情報を聞いた時、僕は嬉しかったーーーー自分と同じ境遇の人がいるんだ、と。

 僕は力を得ることに興味がないため人間界に足を踏み入れたことは一度もない。

 このことが、より他の魔物からの反感を得ていることは知っている。

 それでも絶対に行くことがなかった僕が初めて、自分から二つの世界を繋ぐ門を抜けた。



 僕の母は魔界でも割と上位にいる魔物らしく、必然的にその血を受け継いでしまった僕もそこそこの力を所持していた。

 だからこそ今回ばかりはその力をありがたく活用させてもらい、術者に見つかることなく人間界の偵察を始めることが出来た。



 門を抜け、初めて足を踏み入れた謎の塊がたくさんあるこの空間。

 後にこれは人間の子供達が遊ぶ娯楽の道具だと知った。


 夜のその空間で強く凛とした佇まいの一人の少女に、思わず目を奪われた。

 立ち振る舞いと、彼女の周りを映す瞳はまるで不協和音のようだった。



 正反対のその二つに思わず見入ってしまった僕は、彼女を眺めながら思った。



「孤独はまるで天災のようだよね」



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