新たな扉-2
「だから私は、追いかけることをやめたの」
「やめた?」
マグカップを見つめながら振り返っていた茉莉はようやく顔を上げ、羽花と視線を合わせた。
「んーっと、正確に言うと………先回りしてやろう!!みたいな?」
にっこり笑った茉莉だが、羽花はその笑顔に何やら黒いものを感じ背筋が凍った。
「だって二人とも酷いんだもの。
せめて追いついてきてるか、たまに振り返ってくれても良くない?
どんどん一人で突き進んで行っちゃってさ。
一人は自信家で突き進んで行くし、
もう一人は恐ろしいほどの実力を持っているけれど何を考えているのか全くわからない。
そして、そんな二人に怯える女の子」
一、二、三と指を立てた茉莉は全てを握り潰すように拳を作り、不満を顕にした。
「そんなバラバラな四人が共同任務をしてごらんよ。
地獄よ、地獄。統一性なんてあったもんじゃないわ」
溜め息をつき、乾いた喉を水分で潤す。空になったマグカップの取っ手をなぞりながら話を続けた。
「だったら我が道を進んでいく彼らに出来ないことを出来るようになろうって思った。
人には得手不得手があるんだから。
どう足掻いても私は二人には勝てない。”力”ではね」
※ ※ ※ ※
「よし、俺が行ってくる」
ある日の任務中。
ここ数日の魔物大量侵入のため、四人での共同任務を命じられた茉莉達の前に現れた不思議な巨体。
恐竜のように大きく、鋭い爪、長い尾をもつそれは四人に気を留めることなく、住宅地を目掛け真っ直ぐに歩き出した。
魔物が現れて早々、空中に足場を作り駆け出した朝陽は敵に向かって一気に距離を詰める。
怖さ知らずの彼は、相手の大きさや情報不足に怯むことなく、まるで壁を相手にしている稽古の時のような身のこなしで一気に駆け上がっていった。
――まあ、朝陽の実力は相当だし放っておいても大丈夫よね。
相手の力を引き出すことを朝陽に任せた茉莉は、早速情報分析の為に相手の動きに集中した。
「っちょ、」
その時焦ったような声が聞こえ視線を動かすが、既に手遅れでそこに彼の姿はなかった。
「邪魔」
もう一人の男術者が、先に飛び出して行った同業と衝突し文句を言っているのが空中で行われているところだった。
二人は何やら揉めているようでよりにもよって魔物の目の前でお互いの体を押したり蹴ったり。
本気で怒っている景と、それらを躱しながら笑顔を見せる朝陽。
その余裕の笑みが、さらに景の苛立ちを募らせていることは本人も気が付いているだろう。
それでも面白がって”わざと”やっているのだ、あの男は。
まんまとその挑発に乗る景は、日頃必要最低限の体力しか使わない無気力人間である。
そんな彼が何故率先して、敵に立ち向かっていったのか。それは――
「寝る」
「え?景、もう寝るの?早くない?」
飛んでくる雷光を避けながら疑問をぶつける朝陽に舌打ちした景は、そのまま敵に向かい術を発動しようと姿勢を正す。
「ちょーっと、待て」
その二人の隙間に身を滑らせた朝陽は、ニコニコと人当たりの良い笑顔を浮かべたまま口を開いた。
「時にはゆっくり自分の実力を試すのもいいんじゃない?」
「邪魔だ」
二回目のその言葉に、朝陽は困ったように眉を下げた。
その光景を地上から見ていた茉莉は、自分の隣で固まっている一人の少女に視線を向けた。
「……優美?」
彼女の名は、蓮水優美。
朝陽の四つ年下の妹で、茉莉の弟:景と対になって生まれてきた女の子である。
彼女は自分から一歩踏み出すことを苦手としており、誰かがつけた足跡を正確に踏み歩くタイプであった。
「さすがに、あの二人の足跡は踏みたくないわよね」
苦笑した茉莉はもう一度、先程よりも大きな声で呼びかけた。
「っ、すみません」
ハッと我に返った優美は、急いで茉莉に顔を向け謝罪した。
深々と下げられた頭に困惑しながら声をかける。
「どうしたの?大丈夫?」
「は、はい。…ただ先程から防戦一択だな、と」
「え?」
急いで振り返ると。相手の攻撃を躱しながらも苦戦している二人の姿があった。
「雷属性」「風属性」
二人は各々が目の前の敵を倒そうと立ち向かっているが、なかなか相手にダメージを与えることは出来ていない。
それもそのはず、
「なんかいつもと違う?」
稽古中、任務中。あらゆる時間で二人の戦闘スキルはこの目で見てきた。
弟とは言えど年齢が違えば生活リズム違うため見る機会は少なかったが、朝陽とは赤ちゃんの時から一緒に過ごしてきた。
誰よりも一番近くで、彼の術式・天力・動きを見てきたからこそわかる。
いつもより動きにキレがないことを。
キレがないは表現が違うかもしれない。いつものダイナミックな動きではなく、なんとなく窮屈そうに感じてしまうのだ。
「確かに二十パーセントくらいでしょうか」
「おそらくね」
優美の推測の言葉に頷き、茉莉はもう一度交戦中のあの空間に視線を向けた。
「それを言ったら景さんも本領発揮できていないですね」
姉よりも、ずっと隣にいた優美が言うのだから間違いはないだろう。
その時茉莉は今まで相手に照準を合わせていたが、二人の動きに着目した。
体が温まってきたのか徐々に鋭い動きを見せる魔物に対し、こちら側は普段の動きが出来ず、相手と距離をとるので精一杯のようだった。
「正直、相手のレベルはそこまで高くはないわよね?」
「はい。言語の有無からしておそらく低級かと」
「両家が誇る実力者が二人がかりで挑んでいるのに、仕留めるどころか傷一つ付けられないってどういうことよ」
不可解な出来事に、茉莉は顔を顰めた。
その姿を静かに見ていた優美は自分の手元に視線を移し、指先を合わせた。
「……私も行ってくるわ」
茉莉は一向に優勢にならない二人を見て、意を決したように術を発動させた。
「はい」
視線を上げ、それを見送った優美はその背中と一緒にある一点を見つめていた。
「ちょっと、どうしたのよ」
相手との距離を詰める景に反して、距離を取り大きく息をしている朝陽に声をかけた。
「いや、ちょっとやりにくい相手だなってさ」
額から流れる汗を雑に拭い、朝陽は再び駆け出そうとした。
「ウエッ」
その首根っこを掴み止めたのは、魔物を真っ直ぐに見つめる茉莉だった。
「今から言うことを景にも伝えて」
短く端的にまとめた茉莉は、朝陽が理解したことを確認し敵に向かって駆け出した。
その場に一人残された朝陽はポツリと
「……え?」
そう呟いた。
相手の背後から音もなく忍び寄った茉莉は、相手の真上から一気に飛び降りた。
突然の乱入者に気がついていない魔物は、ただひたすら自分に立ち向かってくる景を攻撃の的に定めていた。
手を伸ばし真っ逆さまに落ちる彼女は、魔物の身体に触れた途端体制を変え、空中の結界に飛び乗る。
そんな茉莉の手が触れた箇所からパチパチと火花が散り、徐々に大きな炎へと変化していった。
突然の体の変化に、魔物は大きな体を振り回し暴れる。
そして視界を行ったり来たりする茉莉に気が付き、熱さで震える手を一生懸命伸ばし続けた。
しかし茉莉はその手を器用に避け、滑らかな動きで相手の視界を掻い潜る。
消えたり、現れたり。予期せぬ動きにすっかり翻弄された敵はなんとかその手に収めようと、必死に目を動かし続けた。
その時魔物の尾が真っ直ぐ上を向き、なにやら検索を始めた。
これはこの魔物の力により可能となった、天力の感知だった。
魔物は自分が有利に立つ未来を想像し、口元を緩めたが現実はそう甘くなかった。
鋭く周囲を辿るアンテナは、一向に彼女の天力を見つけることが出来なかった。
その事に魔物は混乱した。
視界をうろちょろするこの姿があるのに、なぜ彼女の天力が見つからないのか。
それもそのはず、この相手を翻弄する茉莉の動きは術式によるものではないのだから。




