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破壊先に現れたし多彩な異世界  作者: 桜音愛花
第二章 未熟者の挑戦
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新:スタートライン

 羽花は静かになったリビングでぼんやりと考えていた。

 目の前には、先程から何度も視界に映した翔の写真がある。


 徹はご飯を食べ終えてすぐ仕事に行った。

 術者の存在は蓮水家・鳳莱家そして天睛班しか知らない秘匿の事柄だ。

 そのため任務に出ているから、人々の平和を守っているからと言って、そこに賃金が発生することはない。


 そもそも人々は魔物の存在も、羽花達術者の存在も知らないのだから無理はない。

 羽花達が日々、自らの命を犠牲にし体を張っているのは、誰にも知られることのないボランティアのようなものだった。


 高校三年生の景は冬休み中、本日仕事が休みの茉莉は自室に戻っていった。

「羽花、後でおいで」

 茉莉は二階に上がる前、そう声をかけた。



 羽花の希望で居間に残り、ぼんやりと考え事をしているのだった。

 人の数が一気に減った空間には心地よい水の音が、先程から響いている。


 洗い物をしている琴葉にお手伝いを申し出たが、

「任務で疲れているでしょ?ゆっくりしてなさい」

 そう断られてしまった羽花は渋々座布団に腰を下ろしたのだった。



 写真の中で笑顔を見せる翔。久しぶりに見た彼のこの顔。

 この家に入るのだって、翔がいなくなってから初めてのことだった。

 茉莉にも琴葉にも家に来ることを誘われてはいたが、どうしてもその勇気が出なかった。

 彼がいないことは頭ではわかっているけれど、それでも家に入って彼の存在が無いことが何よりも怖かったのだ。


「声も温もりも、感じられなくなっちゃったね」


 羽花は正座していた足を崩し、膝を抱え込み顎を乗せた。

 その問いかけは琴葉には聞こえていない。

 彼女は先程から変わらず、機嫌よく鼻歌を歌っているのだから。


「翔、私……」


 ――初めて違反を起こしたよ。


「強くなるって言っておいて、これなんだ」

 そうぼやいた羽花は、抱えている足の間に顔を埋めた。


 ――ねえ、翔ならどうしていた?

 その問いに答える声はどれだけ待っても現れない。

 答える者はあの日、姿を消した。

 たった一人生き残ったのは羽花なのだから。



『羽花!!!大丈夫だ』

 そう励まし、手を引いてくれる翔はどこを探してもいない。

 久しぶりに来たこの家で、それは嫌というほど実感した。

 何度も通ったあの部屋にはもう、人の温もりがないのだ。

 実感してしまうと、今まで気合で動いていた体が次第に勢いを失い、立ち止まってしまいそうになる。



 あの日から何度も足が止まりそうになりながらも、必死に動かし続けてきた。

 けれど今日初めて、立ち止まってしまうかもしれない。


 羽花は顔を埋めながら、力の限り瞼を閉じた。

 ――駄目だ駄目だ駄目だ。私はもう負けちゃいけないんだ、強くならなくちゃ。



「羽花」

 その時背中に優しく温かい温もりが触れ、羽花は静かに顔を上げた。


「おばさん、」

 そこには洗い物を終えた琴葉が優しく微笑みながらしゃがんでいた。

「たまには休んだっていいのよ」

 琴葉はソファに座るように促し、その隣に腰掛けた。


「ただでさえ精神的にやられる仕事だもの。心を休めるのだって大切な時間よ」

「でも正統後継者は私しか、」

 羽花はハッと息を呑み言葉を止めた。

 息子を亡くし辛い思いをしている人に言ってはいけないことを口走ってしまった、と咄嗟に思った。



「それは違うわよ。

 正統後継者は紛れもなく羽花と翔の二人よ」

「二人?」

「だから何も気張る必要はないわ。

 確かに今任務に行けるのは羽花しかいないけれど、翔だってれっきとした正統後継者なんだから。

 例えいなくなってしまってもその事実は変わらないわ」

 琴葉は優しい眼差しのまま、陽の光に照らされる写真を見つめた。


「それに翔は、何よりも羽花が大切だから。

 だから羽花が決めたことを絶対に反対することはないわよ」

「でも、明らかに間違っていることだったら流石に……」

 羽花のその言葉に、琴葉は声を上げて笑い、目尻に浮かぶ涙を拭う。


「それはないわ」

 その温かな手は、羽花の左手を優しく包み込んだ。

「あの子は自分が信じた道を突き進む子だから。

 大切な子が決めたことなら、何が何でもその道を作り出そうとするのよ。

 自分が先頭に立って」

「翔は、」

 俯く羽花は、自分の手を包む大きな手を見つめながら口を開いた。


「翔は私に『強くなれ』って言った。『幸せになってほしい』って」

「うん」

「だから私は負けないように強くならなきゃいけないと思った」

「うん、頑張っているの知ってるよ」

「でも出来ることが多くなるほど、私の幸せは遠のいて行った」

「どうして?」

「だって私は――」

 次の言葉を口にしようとしたその時、懐かしい匂いに包まれた。




「私は天力を持っていないから皆と同じ舞台には立つことが出来ない。

 けれど、皆がより輝けるように照らすことなら出来るのよ」


「ねえ羽花?」

「なに?」

「幸せは一つとは限らないのよ」

 羽花は体を離し、琴葉の目を見つめる。


「そうねぇ。

 例えば”結婚”だって、結婚しているのが幸せってわけじゃないでしょ?

 結婚して家庭を持つことが幸せな人もいれば、独身でも仕事や趣味、友達との時間が充実していてそれが何よりも幸せだと言う人もいる。


 幸せの形は一つじゃない。決まっていないのよ」


「決まっていない……?」

 羽花は琴葉の言葉を繰り返す。


「それに、私は術者ではないから堂々と言えるわ。

 もしも今まで長く継続してきてそれが均衡を保っていたとして、それに反してしまう時が来ても。


 それが、羽花が幸せだと思う道ならば胸を張って進みなさい」


「幸せも、道も一つじゃない。そうでしょ?」



『なんせ道は一つとは限りませんからね。

 他人の『正しい』が本当は『間違っている』かもしれない。

 あなたの信じた『正しい』こそが、未来を変えるかもしれませんよ』



『私が、蓮水家正統後継者としてこの世界を破壊します』



「ありがとう、おばさん」

 涙を拭った羽花の顔に迷いはなく、晴れ渡った笑顔で琴葉を見つめていた。

「ううん、これが”私達”の務めだから」

 羽花は両頬を強く叩き、意気込んだ。


「茉莉姉の所に行ってくる!!」

 小さな頃からずっと見てきた一人の少女の成長を、また一つ感じ取り琴葉は顔をほころばせた。

 その顔はまさに優しく子供を見守る母親の顔だった。


「行ってらっしゃい」

 元気よく飛び出していった羽花の足音が、壁を伝って小さく響き渡る。

 その音に耳を傾けながら、琴葉はソファから腰を上げた。


「フフッ」

 小さな笑い声は、笑顔を見せる少年の前で聞こえた。

「ねえ、翔?

 あなたが信じた大好きな女の子は強くなって、絶対幸せになるわよ」

 写真の前に腰を下ろした琴葉は、口元を緩めながら一人静かに口を開く。


「どんなに出来なくても、どんなに周りに差をつけられても、周りから厳しい目を向けられても。

 そんなあの子を信じた翔の目は正しかったわよ」

 琴葉は家の掃除をするべく立ち上がった。


「二人で一つのこの世界。

 離れ離れでも、二人はこれからも強い絆で結ばれているのね」




『強くなれ、羽花』


「うん、私強くなるよ。

 自分の信じた道を突き進めるくらい強くなる」


『誰よりも一番幸せになってほしい』


「私は、私の思い描く幸せを手に入れるよ」

 羽花は大きく息を吐き出し、新しい空気を胸いっぱいに吸い込んだ。


「だから、一緒に戦ってね。翔」


 コンコンと、ドアを叩く音が鳴り響く。


「はーい、どうぞ」

 中から聞こえたその声に、羽花は目を向け姿勢を正す。



 ――さあ、今日が本当の一歩目だ。

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